第273話 我道竜子 好感度MAX


「暑っちぃなぁ……」


「あぁ……」



 ジリジリとした日照りが、肌を突き刺す。


 もうお盆の時期は明けたって言うのに、気温は一向に下がろうとはしない。地球温暖化という奴だろうか? このままじゃあ、世界よりも先に僕等の方が参ってしまいそうだった。


 ABYSS探索を一段楽させ、探索区に戻って来た僕達は、無人のカフェテラスに座わり、項垂れる様にして休んでいた。


 他の連中は外へ買い物に行ってしまった。

 現在は我道と二人っきりだ。


 ジャンケンに勝った者の特権――なのだが、こうも日差しが強いとなると、僕も一緒に行った方が良かったのかも知れないなぁ?



「なぁ〜、翔真〜?」


「あぁ……? なに……?」



 もう暑くてな。返事をするのも億劫だ。



「ちょっと、蒼魔の姿になってくんねぇ〜?」


「は? 何で?」


「……別に、なんでも良いだろう?」


「服、脱げるんですけどー?」


「私は別に気にしないぞ〜」


「あぁ? ……本気かよ?」


「なってくれたら、何でも言う事一つ聞く」


「……」


「……どうよ?」



 テーブルに突っ伏しながら、汗まみれの我道が上目遣いに僕を見た。正直、面倒だ。面倒臭い。しかし、我道が「何でもしてくれる」という交換条件は、滅茶苦茶魅力的でもあった。


 おっぱいとか揉ませてくれんのかなー?



「……あー、もう!」



 仕方が無い。

 少しばかり動いてやるか。


 僕は眼を閉じ、集中する――自分の中の"自分"を思い出し、それを表出化させるのだ。



「おっ!」



 我道が驚いた声を出す。身体が光った瞬間、僕は翔真から"蒼魔"へと入れ替わっていた。


 ――モルガンを倒してから、自然とこんな事が出来る様になっちゃったんだよね?


 もう酒に頼る必要は無くなった。


 自由自在に、蒼魔へ変わる事が出来るのだ。



「キッツ――……」



 まぁ、服は据え置きなんだけど……。


 ピチピチとなったシャツを、慌てて脱ぎ捨てていく僕。人目が無くて良かったね。上半身は裸。下はトランクス一丁になったとしても、誰にも迷惑を掛けないし、怒られない。



「――で? なったけど……?」


「!!」


「うぉっ!? 何だァァァ――ッ!?」



 振り向いた瞬間、我道の奴はロケットみたいな頭突きを僕の腹部に決めて来た。揉みくちゃになって、二人地面に倒れる僕等。



「や、やっと――やっと逢えたッ!!」


「重い、重いってオイ……」



 まるで、大型犬に伸し掛かられた気分だ。喜んでいるのは分かったが、加減して欲しい。



「って、オイ!? ちょ!? 何を――っ!?」


「……ふぅ」



 僕の静止も意に介さず、我道の奴は馬乗りになりながら、徐に自身の上着を脱ぎ捨てた。その瞬間、思わず目が釘付けになる程の豊満な胸元が露わになる。黒いブラに覆われたソレは、背中のホックを外す事で、胸全体を一段弾ませながら、ピンクの色を露出させる。


 ――時が止まるとは、この事か。



「ヤるぜ、蒼魔――」


「……」



 ……いや、ワイルド過ぎるだろう。

 何だその誘い方は。


 つか、何なんだこの展開ッ!?


 僕が何かを言う前に、我道の奴は僕の手を掴むと、そのままその手を自身の胸に押し当てた。柔らかい感触が、五指に広がる――今、僕は我道竜子のおっぱいを揉んでいるんだな……現実感の無い光景だったが、我がJr.は正直だ。コイツ、完全に即応してやがる……!! 東雲から受けた眷属化の呪いは既に効力を無くしている。故に、今は絶好調という事か……? 我が息子ながら、何と頼もしくも恐ろしい……ッ!!



「……はは、身体は正直だな? 私の体に興奮してるんだろう……?」


「いや、これは、その……」


「私はお前とヤりたい。お前が欲しい」


「!」


「お前も、私が欲しいんだろ?」



 蟲惑的に、我道が耳元で囁いた。

 何て……エロい!!

 コイツ……こんな一面もあったのか!?



「我慢しなくて、良くねぇ……?」


「――」



 確かに。


 据え膳食わねば男の恥とも言うしな? 皆は僕の事を"冷静沈着な紳士の中の紳士"――とでも、思っているのかも知れないが……実は結構なドスケベである! エロい事には興味津々だッ!!


 しかし、それでも僕は迷ってしまう。


 何故なら僕はだから――


 果たして、我道で卒業して良いものかと……彼女の名誉の為に言っておくが、我道竜子という女はかなりの特上だ。本来、僕なんかが選り好みをして良い対象では無いだろう。それでも躊躇うのは、僕と彼女の温度差によるものだ。


 多分だけど……我道はかなり僕の事が好きよな!? でもさ! 僕の方はまだ"そこまで"なんだよ!! 我道の好きに比べたら、性欲しか抱いていない僕の好きは不純そのものだと思う!!


 こんな状態で、我道を抱いて良いものなのだろうか!? ――いいや、良くない!!(反語)


 やっぱりこう、お互いを好き合ってないと駄目なんじゃないかなぁ!? おっぱいを揉むとか、パンツの匂いを嗅ぐとか、そういう次元じゃないじゃん、これッ!?


 別にビビっている訳じゃないぞ――!?


 こういった事は慎重に慎重を重ねて、計画的に行わなければいけないのだッ!!


 こんな軽い――


 その場のノリなんて、絶対に嫌だァッ!!


 シャワーだって浴びてないんだぞ!?

 ロマンチックな風景もない!!

 初めてが外でってのも問題外だ!!


 もっとこう、落ち着ける空間が欲しい!!

 分っかんないかなぁ、この童貞心ッ!?



「おい……全部声に出てるぞ……?」


「――え?」



 ジト目で僕を睨む我道。



「何か、萎えちまったなぁ……」



 言って、我道は僕の上から退いてくれた。


 そのままブラをして、上着を着る我道。

 おっぱいが収納されてしまった……。

 助かったような……残念なような。



「――少し、焦り過ぎたな」


「焦り?」


「最近のお前を見てるとよー。なんつーか……怖えんだよ。気が付いた時にいなくなってそうで……後悔とか、したくねーっつーか……」


「……」



 ……ううむ、恐るべし野生の勘。


 僕が居なくなる事は皆には伏せている。だって言うのに、我道の奴は直感で何かを感じ取っていたのだろう。


 だからこその、あの行動か――



「頼むからよぉ……頼むから、居なくならないでくれよ。私は――お前の事が好きなんだ。初めて敗北した時から、ずっとずっと、お前の事を想っていた……! 毎日……毎日だぜ!? 頭ん中はソレばかりだ……!! こんな馬鹿みたいな状態で、お前が消えちまったらよぉ……!」


「……消えちまったら?」



 呟いた瞬間、我道は僕を抱き締めた。

 力強い抱擁だった。


 決して離さない。


 彼女の想いが伝わる様だった。



「……そんな事、怖くて考えられねぇよ……」


「……」



 我道の手が震えている。

 本当に僕を失うのを恐れている様だった。


 直接的な好意の表現は、我道らしかった。

 僕には決して出来ない事だ。


 その勇気――少しだけ分けて貰おう。



『――』



 唇と唇が重なり合う。一瞬驚いた顔をする我道だが、すぐに彼女は身を任せてくる。永遠の様な接吻を経て、僕等は互いに身体を離す。



「蒼魔……」



 戸惑う我道に、僕は言う。



「善処する!! 今はそれしか言えないね!!」


「……お前、乙女の唇を奪っておきながら」


「仕方ないだろう!? 未来の事なんて誰にも分からないんだ!! ただまぁ、そうだな……我道とヤるまでは消えたくは無い……かなぁ?」


「――なら、ヤったら消えんのかよ?」


「んー……まぁ、その可能性はあるかも……」



 言った瞬間、我道は笑う。



「ばーか! だったらヤらせねぇよ!! 一生悶々としてろ!! このクソ童貞野郎っ!!」

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