第269話 新生・黄泉比良坂
――SIDE:神宮寺秋斗――
押し付けられた総理の椅子など、何時でも蹴って構わない。そも、この世界は今年中に終焉を迎えてしまう。今更世直しをした所で遅いんだよ。一応、仕事だから真面目にやっているけれど、正直拘束されるのは苦痛だった。
しかし――彼女から呼び出しとは珍しい。
また何か、彼への相談事かな?
思春期の女子の相談に乗る。大人の立場でやるならば、これ以上馬鹿らしい事は無いと思う。けれど、今の僕にはそんな些細な時間が癒しになっているのも事実であった。
――皆に見られたら、笑われそうだ。
僕は口元を弛ませながら、待ち合わせ場所である転送区へとやって来ていた。現在は封鎖されている場所だが、探索者の力があれば、こっそりと侵入する事は出来るだろう。最も、エネルギーの供給は止められているから、侵入したとしてもABYSS転移は出来ないんだけどね。
「……しかし、何でまたこんな場所に……?」
疑問に思ったその時だ。
物陰から、一人の少年が姿を現した。
僕は彼の顔を見て、全てを察した。
つまりコレは――"やられた"という訳か。
「騙し討ちか……酷い事をするな?」
「こうでもしないと、お前は僕の誘いにはやって来ないだろう? 案の定、紅羽のアドレスを使ったら一発で釣れたな? 今は総理代行なんだろう? 少しは慎みを覚えろよ!」
「君に説教される謂れは無い!!」
現れた少年――石瑠翔真に言い放ち、僕は元来た場所へと戻ろうとする。
「おい!? 何処に行く!?」
「帰るに決まってるだろう? 何が悲しくて君と二人きりで話しをしなきゃいけないんだ? 時間の無駄だ。それなら、お望み通り僕は政務に戻るよ。まだ終わってない仕事が沢山あるんだ」
「本当に仕事を放って来たのかよ……?」
「僕には優秀な部下が付いているからね。一人きりの君とは違うのさ」
「……それは、どうかな?」
「?」
――何だ? ……笑っている?
気味が悪いな……? 僕はポケットに手を突っ込みながら、石瑠翔真へと振り返った。
「何が言いたい? 言ってみろ――」
「……お前の望みを叶えてやる」
「望み? ――っと!」
石瑠翔真は、懐から取り出した紙を僕の胸元に押し付けた。……ボロッボロだな。もう少し物を大事に扱えんのか、コイツは……。
呆れながらも、僕はソレに目を通す。
「探索者クラン……結成、嘆願書……?」
紙切れには新たに探索者クランを結成したいという旨が書かれていた。リーダーとして登録されるのは、石瑠翔真。他、参加するメンバーの氏名が記入されている。
「どうしてコレを僕に?」
「特機が機能を停止してるからだ。総理代行のお前なら簡単に受理出来るだろう?」
「まぁ、確かに……」
クラン名――『黄泉比良坂』か……。
僕は登録されるメンバーに目を通しながら、懐かしい気持ちを抱いてしまう。
・石瑠翔真
・鳳紅羽
・相葉総司
・神崎歩
・東雲歌音
・通天閣歳三
・幽蘭亭地獄斎
・我道竜子
そして――狂流川冥。
「……一つ、聞きたい」
「ん?」
「登録されているメンバーの一人に、"故人"が含まれているのはどう言った理由だ?」
「……」
用紙に記載れていた最後の一人。狂流川冥は、既に死んでいる。何故彼女をメンバーに入れたのか? 僕は彼の考えが知りたかった。
「――正直、深い理由は無い。ただ……」
「ただ?」
「アイツ――仲間に入れて欲しかったんだろうなって思っただけだ。僕も似た様な所があるから、何となく分かる。アイツのゴールは皆と一緒に遊ぶ事だったんだよ。仲良くなりたい。だけど、どうしたら良いのか分からなかった。子供なんだよな? だから……あんな死に方をしてしまった。狂流川冥が生きてたなら、きっと僕のクランに参加してたと思う。死んでたって、仲間外れにはしたくない。……それだけだ」
「……そうか」
僕は、狂流川冥を殺した事について、後悔なんてしていない。彼女を放置していたら、第二第三の犠牲者が生まれていただろう。悔いがあるとするならば、そう言った事態を引き起こしてしまった事にある。自存派のクーデター。天樹院八房を監視していればイベントは発生しないと思い込んでいたんだ。この点は、僕が甘かった。プレイヤーとして、最悪の対応だ。
「しかし、このメンバーとはな……?」
僕は記載された名前を見て、目を細める。
違う世界での自分。
異なった可能性を選んだ自分。
それらを総称して『同一存在』と呼ぶ。
彼等は僕が選んだ黄泉のメンバー。
その同一存在で固められていた。
鳳紅羽は、鶺鴒呉羽。
相葉総司は、赤城駿。
神崎歩は、鼎夕。
東雲歌音は、野原花糸。
通天閣歳三は、倖田俊樹。
幽蘭亭地獄斎は、屋代美登里。
我道竜子は、漆原刹那。
狂流川冥は、ペトラ=アンネンバーグ。
偶然、か……?
流石に
となると、これはもはや運命だ。
僕達は、巡り合う様に出来ているのかも。
そうであって……欲しいな。
「新しくクランを結成するという事は、ABYSSを攻略する決意が出来たという事か?」
「元から攻略する気ではあったさ」
「つまり、僕に協力すると?」
「……さぁ? それはどうかな?」
濁して来たな。
まぁ、良い。
どんな思惑かは知らないが、100階層にさえ到達してくれれば、何とかなる。
やる気があるのは、結構だ。
「……ABYSSの封鎖なんだが、僕の権限で、特別に君等は入れる様にしておくよ」
「! ……良いのか?」
「何れは一般解放するつもりだし。早いか遅いかの違いだろう?」
「だが、世間への風当たりとか――」
「僕には関係ないね。そも、僕に意見出来る存在が、この世界に居ると思うかい?」
「……傲慢だな?」
「事実だよ。ルミナスやマイティーズと言ったトップクランが不甲斐なかった分、君達には期待しているよ? ……期限は12月だ。それまでに何としてでも100階層に――」
「到達しろって言うんだろう? 分かってるよ」
彼は鬱陶しそうに、そう言った。
遂に叶うかも知れない。
僕の希望が。
僕の夢が。
新生・黄泉比良坂か……。
彼等の活躍が、待ち遠しいな――
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