第268話 世界救済の第一歩


 一頻り騒いで、食べて。

 満腹感で落ち着いた頃である。


 僕は"本題"を切り出した。



「なぁ、お前達……これからどうするんだ?」


「……what's?」


「これからって……帰るだけやけど?」


「いやいや、そうじゃなくてだな」



 察しの悪い通天閣と幽蘭亭に苦笑してしまう僕。いや、此方の訪ね方が悪かったかな? どう言えば彼等に伝わるのだろう。皆は不思議そうな顔をして、僕の事に注目している。



「学校が休校になって、ABYSSが封鎖された。一月もあれば解放されると思うけれど、そこに通う皆の意識は変わってくると思う。今後も探索者を続けていけるのか、僕が知りたいのはそこだ。皆がどう思っているのか教えて欲しい」


『……』



 真面目な僕の言葉に、皆は暫し熟考する。



「……ABYSSが危険な代物やって事は、今回の件で良ぉく分かったわ。魔種混交……人を化物に変える魔素。その排出地点がABYSSなんやろ? 人様が手を出して良い場所やないのかも知れん。生徒でも、自主退学する奴は出るやろなぁ? 何せトップクランがあのザマや。この先、探索者っちゅー職業が無くなってもおかしくはないと思うで? 実際、立ち入り禁止にされんのが不思議なくらいの代物やからなぁ?」


「――不都合な情報を伏せて、朝廷が民に探索をやらせていたんだよ。その急先鋒であった右大臣・那須野隆道は自存派の手に掛かり死亡した。左大臣はまだ生きているけれど……僕の父上。帝の正体がアレだったんだ。彼等は二度と復権出来ないだろう。同時にABYSSの取り扱いは難しくなると思う。人道に配慮するならば封鎖し続けるのが自然だけど――」


「冗談じゃねぇ――! ABYSSが無くなっちまったら、私は何処で暴れりゃ良いんだよ!?」


「……暴れなければ、良いのでは?」


「――んだと神崎ぃ!? テメェ、私に死ねっつってんのか!?」


「それで死ぬのか……まるで鮪だな?」


「あぁん!?」



 言いながら、神崎はマグロ寿司を一貫ぺろりと食べて見せる。直後に熱い茶を飲み、一息。



「――鮪は、泳いでいないと死んでしまうらしい。戦いを止めた瞬間、死ぬと豪語した貴方はまるで鮪の様だと言ったまでだ」


「はぁ……? うん……? ――まぁなっ!」



 一体どの様に脳内変換されたのか? 我道の奴は自分が褒められたと思って御満悦だ。対する神崎も熱いお茶を飲みながら「ほぅ」と息を吐いては、至福な顔を浮かべている。


 ……話が少し、脱線したな?



「まぁ……正直、封鎖は無いと思う。今の日本で実権を握っているのは神宮寺だろう? アイツがABYSSを封鎖する訳は無いさ」


『……』



 僕の言葉に、事情を知る者は皆押し黙った。



「……あーん?」


「……なんや? どういう事や?」


「Hey you! 説明が必要だぜ?」



 問い掛けたのは、我道と幽蘭亭。そして、通天閣である。……此処まで来たら、コイツらにも一部始終を説明しとくか。この先もしかしたら、協力して貰うかも知れないしな?


 思った僕は、相葉達にした様に、僕の知り得る事を全て話した。自分が石瑠翔真であって、石瑠翔真ではない事。その正体が石動蒼魔である事を。――神宮寺秋斗との因縁を話した。



「……ほんまかい……?」


「OK!! 俺は全部信じたぜ、蒼魔!!」


「おどれは少しは疑わんかいッ!!」


「but!! しかしだな、Ghost Girl。此処に来て俺達に嘘を付く理由は無いだろう。それに、D組所属の相葉総司達が驚きもしていない……真実だと見る方が自然だろう?」


「そりゃ、そうなんやがな……? 世界崩壊とか言われても、スケールがデカ過ぎて、なんや、よう分からんくなって来たわ……!!」


「……んなこたぁ、どうでも良いんだよ……」


『へ?』



 呟いたと思ったら、我道は突然席から立ち上がり、僕の事を睨み付けた。


 え? なに? ……どういう状況?



「石瑠翔真……お前、お前だったんだな?」


「え? は、はぁ……」


「お前が、石動蒼魔だったんだ……!!」


「……まぁ、一応……」



 ……何か怖いな。


 これほどまでに、蒼魔だと主張する事に恐怖を覚えたのは初めてだ。我道の奴はギラついた目付きで僕の事を見下ろしていた。肉食動物が餌を見つけた時の様な視線である。何か、段々と寒気も感じて来たぞ?



「――我道さん、落ち着いて」


「!」


「怯えてるよ? 好感度マイナスだね?」


「……チッ!」



 天樹院の助け船(?)のおかげで、我道の方は大人しくなった。良かった……此処で決闘だ! とか言われたら、どうしたものかと考えちゃったよ。天樹院の奴はさり気無く僕に目配せをし、薄く笑ってみせた。


 何となく分かっていたけれど、アイツは全部知っていたみたいだな?


 やっぱり、天樹院には敵わない。



「――此処に一枚の紙がある。さっきまでの話を聞いた上で、協力してくれる人間には署名をお願いしたいんだ」


「署名って、何のかな?」


「ノートの切れ端……手書きか……」


「蒼魔、これって――」



 僕は、テーブルの上に紙を置く。

 横には一本のペンを転がした。



「――クラン立ち上げの、署名……?」



 文字を読んだ紅羽が、呟いた。


 そう、クランだ。

 僕達が作る新しいクラン。



「この世界を守る為に――此処にいる皆に協力して欲しい。皆で、新しいクランを作るんだ」



 言いながら、僕はペンを走り書きする。



「クラン名は――黄泉比良坂よもつひらさか!!」


「その名前――!」


「黄泉の世界をABYSSと仮定して。僕等はそこに立ち向かう! かつて100階層に挑戦した偉大なるクランの名前だ。僕はそれを拝借する。彼等と共に、この世界を救う為に――!!」



 そして、もう二度と失わぬ様に。

 これは僕の決意表明だ。


 同時に、の気持ちを取り返す。



『いいなぁ――』



 羨ましがるだけの自分とは、決別するんだ。


 この――新生・黄泉で……!!

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