第264話 狂流川冥という女


 狂流川冥が、親殺しをしていたという設定は初耳だった。何でも彼女の両親というのが中々の屑だったらしく、日常的に虐待されて育った彼女は"痛覚"を無くしてしまったらしい。


 痛みが消えた彼女は、恐怖の対象であった両親をそのまま刺殺。当時12才だった狂流川は刑事責任を問われずに施設に預けられたのだとか。色々あって転移適正の高かった彼女はアカデミーに合格。現在に至るという筋書きだ。


 天樹院から齎された情報は、至極淡々とした物だった。聞いてる僕としても「へぇ、そうなんだー」程度の感慨しか湧かなかったのだが、暴露された彼女にとっては違うらしい。



「何でそんなことを言うの!? 何で!?」



 ――まるで子供の癇癪だった。


 狂流川冥の本質が見えたかも知れない。

 コイツは親のいない子供なんだ。

 だから我儘放題。周囲に迷惑を掛けまくる。


 親の注目を引く為に、わざと悪戯をする子供と何ら変わりは無いのだろう。


 求めているのは愛か?


 アイドルでは満足出来なかった――だからこその凶行か。……何というか、哀れだな。



「――やめて。やめてよ。何で私をそんな目で見るの? 私はずっと良い子にしてたのに……何でそんなに怒るの!? 何で私を打つのッ!?」


「!? な、何だ……!?」


「過去の思い出が、彼女の"トリガー"なんだよ」



 錯乱する狂流川はどうみても異常だった。今までが正常かと言われれば首を捻らざるを得ないのだが――誰が見ても。精神に異常を来しているのは間違いないと思う。眺める天樹院は冷静そのものだ。トリガーって言ったか……? お得意の【天帝眼】で何もかも把握しているのだろう。こうなる事も予測済みか!



「未だ彼女は、過去のトラウマを克服してはいない。少し刺激してやれば、行動不能に陥るのは"目"に見えていた」


「それじゃあお前、これを狙って――?」


「――さぁ、相葉総司に連絡を。今なら爆破の心配も無く、父上を解放出来る筈だ」


「……あ、あぁ!!」



 僕は通話状態にあった魔晶端末ポータルを耳に当て、相葉に現状をそのまま伝える。


 暫くした後――屋上から爆薬が積まれたドラム缶が投擲される。アレをやっているのは我道だな? 天高く投げられた数十のドラム缶は、我道の必殺スキル【龍虎砲】によって爆散した。



『蒼魔!! 帝を確保したぞ!!』


「……だとさ、天樹院?」


「――」



 普段無表情のコイツが、一瞬、安堵した表情を見せた。大胆な策を打っていたが、内心じゃあ、かなり心配していたんだろう。


 無事、救出出来て何よりだ。



「残るはコイツか――」


「くッ!」


「自存派のリーダー、レイヴン・ソード。御仲間は皆伸びてるぞ。諦めるなら今の内だが?」


「だ、誰がッ!? 諦めるものかッ!! この作戦を起こすのに、どれだけの代償を支払ったと思っている!? 僕等はもう引けないんだッ! 世界を変える為の行動を起こしたッ! 散っていった同胞達の為にも、僕は絶対に諦めないッ!!」


「……まぁ、ね」



 そりゃそうか。僕はレイヴンの啖呵を聞きながら、愚問だったと反省する。彼は彼なりに仲間達を助けようと努力をしていたのだ。それを狂流川なんかに唆されて、間違った方向に向かってしまった。被害者とも言えなくもない。魔種混交には気の良い連中もいるし、情状酌量とか、上手くやれたら良いんだけどなぁ……?



「――うるさい」


『え』



 その時、僕とレイヴンの声が重なった。右手に持った拳銃を己のこめかみに押し付けるレイヴン。「待った」と僕が叫ぶ前に、彼は自らの意思で引き金を引いた。――否。意思は違うか。殺したのは……狂流川冥の【絶対支配ドミネーション】だ。



「アハッ! アハハ……アハハハハハハハ!! 死んじゃったっ☆ 死んじゃったっ☆ 潰れたトマトみたいに死んじゃった――ッ!!☆ クヒ、クヒヒ、やった、やったやったやった――ッ!」


「……く、狂流川……」


「完全に壊れたかな……?」



 言ってる場合かと叫びたかったが、それよりも頭上の光景が更にやばかった。月産みの儀により発生した大量の魔素が、雲の様な塊となって空へと浮かんでいた。発光するソレは唸りを上げながら徐々に地表へと近付いて来る。



「な、何だコレ!? どうなってるんだ!?」


「彼等は、月産みの儀を行う事で、ABYSSに存在する魔素を根こそぎ枯渇させようとした」


「――は!?」


「当然、そんな事をすれば器となる巫女の肉体が保たない。だから、複数人の生贄を用意して巫女の負担を分散させようとした」


「生贄って……あぁ! だから檻に!?」



 僕は檻の中の生徒を見た。


 此処にいるのは殆どが2、3年生だ。皆あられも無い姿を晒していた。間違いなくヤられちゃってるな……あれが俗に言うレイプ目か。可哀想だし、リアルでは見たくなかったぞ。


 てか、姉さんもいるじゃん!?

 あの人、何でこう幸が薄いんだろう……?

 後で飯でも奢ってやるか……。

 

 文字坂に、姉さんの友達。


 隅っこには道明寺もいるんだが――アイツ大丈夫か? ピクリとも動かないのが心配だ。



「兎も角、ヤバいっていう事は理解したぞ!」


「理解ついでに言っておくと、あの雲が地表に落ちたら此処ら一帯の人間は魔物化するよ?」


「そうか」



 なら何とかしないとな――?


 僕はものを発動させた。

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