第263話 明かされる嘘


 ――SIDE:天樹院八房――



 僕は、人よりも喪失した人間だった。


 薄い感情。薄い肌の色。


 何もかもが希薄なこの世界で、僕は物心付いた時から母を亡くしていた。父と呼べる存在は居るらしい。だけど、尊いあのお方は、息子であろうとも気軽に会う事は出来ないという。


 僕の周囲を取り囲むのは、気持ちとは裏腹な事を言う信用出来ない大人達ばかり。そう言ったものに敏感だった僕は、周りからしてみれば扱い難い子供だったと思う。


 環境が変わったのは、一人の男が僕の護衛に付いた時である。名前は――忘れた。この時の僕は心の中を閉じていたし、この男とも長い時間を共にしていた訳ではない。


 印象には残っているが、それだけだ。


 男には息子がいた。

 名を"総司"と言うらしい。


 僕の事をちょこまかと追い掛けて来る、うざったい子供だった。僕自身が歳の割りには擦れていたからか、年相応の彼との交流は少し新鮮だったと思う。護衛の男も実直で、周囲には居なかったタイプである。――次第に、僕は彼等の事を気に掛ける様になっていた。


 特に興味が抱いたのは、彼等の関係性だ。


 父と子――


 そうか。


 親子とは、こうあるべきなんだな、と。


 僕は彼等に学んでいた。


 同時に、浮き彫りとなる自身の異常。

 父上は僕の事をどう思っているのだろう?


 母はいない。

 僕には父上しかいない。


 けれど――父上は――



「さぁ、太子様……御勤めの時間です……」


「……」


「どうぞ、荒ぶる父君を慰撫して下さりませ」


「……」


「さぁ、早く」



 さぁ、さぁ、さぁ――!!


 大人達が、僕へと詰め寄る。そんな事をしなくても、僕は自身の役目を理解しているというのに……彼等は僕が逃げ出すとでも思っているのだろう。伸びた"触手"に身体中を弄られながら、僕は視線を外へとやった。


 そうして――彼と目が合ったんだ。



「……ッ!」



 幼い瞳に、畏怖の表情が浮かび上がる。行われた乱行に恐怖した彼は、物音を立てながらこの場から逃走した。――当然、他の家臣もソレに気付く。帝の身体は秘匿されていた。この事を知り得るのは朝廷の中でも一握りの権力者だけである。彼は消される運命にあったのだ。


 ――しかし、結果は違った。


 その日、総司の父である護衛の男は、ある一計を僕へと頼み込んでいた。ソレは、己の命を犠牲とした芝居である。家臣達は目撃者の存在を知ってはいたが、それが誰であるかは未だ分かっていなかった。なので――ソレを敢えて確定させる。僕自身が護衛の男を解雇する事により、殊更ソレを印象付けようという策である。



「……我が息子・総司には、全てを忘れるように暗示を仕掛けて来ました。抵抗も少なく、すぐに言葉通りとなりますでしょう」


「何故、そこまでして息子を庇うの?」



 男は驚いた顔を見せた。思えば、彼と会話を交わすのはこれが初めてかも知れない。



「協力する代わりに……答えて欲しい。父とは何? 父にとっての息子とは――何?」


「私にとっての総司とは……希望です」


「希望……」


「はい。例えこの命を代償にしても、惜しくは無い……息子は、父にとっての息子は、人生をそっくり賭けても良い。大事なものなのです」



 男の言葉は、僕には良く分からなかった。

 けれど、ずっと引っ掛かっている。


 男は死んだ。


 息子を庇い、最終的には自害と見せ掛けられて、朝廷の暗部に謀殺された。


 家も散り散りだ。

 これで本当に良かったのか?

 守れたと、胸を張って言えるのか?


 僕には男の考えが分からない。けれど、彼の言葉は、今をもってしても鮮明に思い出せた。


 僕が父上を庇う理由は、ソレだ。


 あの尊き光に、魅せられたから――


 だから――





「――だから?」


「言いなりになっても構わない。君の様な外道にも僕は黙って従うさ……父上の生存する可能性が1%でもあるならば、僕は必ず挑戦する」


「……へぇ? チャレンジ精神豊富だねー☆ でも分かるかなー? それって、他人の家庭だから言えた事だよね? 天樹院君のお家はそんな暖か家族じゃないでしょ? むしろ毒親――虐待されて育った子供が、希望を捨て切れずに親に縋り付いてる様にしか思えないんだよねー?」


「――かもね。けど、それで良いんだよ。喪ってばかりの僕が初めて執着出来たもの……それが親だったんだ。善悪はさておき、僕はそれに救われた……親を斬り捨てた君には、一生理解出来ない感情だと思うよ?」


「…………はぁ?」



 狂流川冥は顔を歪めた。

 やはり、此処が彼女の"弱点"か――



「――見たの? 天樹院君……」


「僕だけ家庭環境を抉られるのは癪だからね」


「最っっっ低ぇ……」


「……」


「何だ? 何の話をしてるんだ?」



 困惑した様に蒼魔君が問う。狂流川さんは自分では話したがらないみたいだね?


 なら、僕が教えてあげよう――



「彼女はね、自分の両親を殺してるんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る