第261話 蒼魔VS.天樹院①
天樹院八房には、特定の型なんて存在しなかった。扱う武器は何でも良い。ただ、奴が振るえばソレ等の得物は無敵の刃となり、絶大な強さを誇っていた。――武芸百般? いいや違う。言った通り奴には術理なんて何も無い。天衣無縫の名の通り、奴は奴であるから強いのだ。
故に――無手でも関係ない。
「く……ッ!?」
稲妻の様な拳が空気を裂き、僕の肉体へと殺到する。一撃一撃が途方もない威力を持っており、石動蒼魔の肉体であろうとも、まともに喰らえば死を覚悟せねばならないだろう。
実際に、既に数発は掠っている……!!
直撃こそしていないが、衣服が破れ、流血する程度のダメージは負っていた。ポタポタと滲んでいく血だが、構っていたら御陀仏だ。今は全力で奴に反撃する事だけを考えていた。
攻撃を回避する度に、奴の中の誤差が修正されていく。正確無比な攻撃はスキル【天帝眼】による物だろう。相手の行動パターンを参照し、未来予知じみた動きを可能としているのだ。パッシブ・スキル【帝の血】によって、敵対する日本人に全ステータス-70%のデバフを付与して来るのも凶悪だ。別の世界の日本人だが、しっかり僕の肉体にも作用してしまっている。体が思うように動かない……ッ!!
更に、奴自身はスキル【神起】で能力値を3倍に引き上げている。我道の【極】と似た効果だが、制限が無い分こっちの方が厄介だ。僕と天樹院には総合値による差は殆ど無いと思う。むしろ、若干負けているかも。蒼魔の姿でいる時は、翔真の時の10倍のステータスを得られるんだけどなぁ? 奴には関係無いってか……!?
「天樹院……天樹院……ッ!!」
地面を這い、転がりながら僕は天樹院に呼び掛ける。形振り構ってる余裕は無い!
「お前、意識があるんだろう!? 天樹院八房様ともあろうお方がぁ! あんな糞ビッチ!! 狂流川冥なんかに操られる訳無いもんなぁッ!?」
「――ビッチ……!?」
外野が苛立った声を上げるが、気にしない。
気にならない。
僕はお前と話してるんだよ、天樹院……!!
「黙ってないで何とか言えよッ!! 何でアイツに協力する!? 何でこの僕がァッ!! お前と戦わなきゃならないんだよォォォォ――ッ!?」
「――ッ」
言った瞬間――天樹院の動きが鈍る!!
僕はしめたと思った。
番外戦術こそ、石動蒼魔の真骨頂――!!
「とあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」
「ッ!?」
僕は地を這う様に地面を駆け出し、天樹院の背後を取る事に成功する。そのまま背中に組み付き、首を絞めながら拘束してやる。無我夢中に暴れる天樹院だが、甘い甘い。こうなった僕はアナコンダよりも激しく締め付けるぞッ!?
「だ、騙し討ち!? さ、最低――ッ!!」
「ハッハ――ッ!! 勝てば良かろうなのだ!! 幾ら天樹院が強くてもなぁ!? 人間工学に基づいて研究された格闘技の最終兵器・サブミッションには勝てないんだよぉぉぉ――!!」
『!!』
チョーク・スリーパー・ホールドは完全に極まっている!! 頸動脈を圧迫し、天樹院を昏倒させるのも時間の問題だァッ!!
「く――ッ!」
「暴れているなぁ、天樹院……ッ!? 世界広しと言えど、お前にチョーク・スリーパーを掛けられる男なんて僕しかいないだろうッ!?」
つーか、めっちゃ良い匂いするなコイツ!? 抱き着いてると不思議な気分になってくるわ!
俄然、離したく無くなるぜェェ――ッ!!
「――良いの天樹院君!? そんなんで負けちゃったら、お父さんも死んじゃうよッ!? それで本当に良いのッ!?」
「――ッ!!」
「ッ……お父さん……だとぉ……!?」
狂流川の奴は、叫びながら手元に持った黒いリモコンを天樹院へと翳して見せた。瞬間――拘束を引き剥がそうとする力が、あり得ない程に倍化する。……痛てぇ! このままじゃあ、腕を潰されるか……!? 思った僕は、即座に天樹院を解放しながら奴との間合いを取り始める。
――成程。読めて来たな……?
僕は痣の付いた腕を摩りながら、狂流川へと視線を向けた。……どうやらアイツは、本格的に死にたいらしい……殺気の篭った目で見てやると、奴は勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
「狂流川――お前、やったな……?」
「――プ、ククク。アハハ! アハハハハッ!! アーッハハハハハハハハハハッ!!」
「……」
「――はぁ……本っ当おかしい……! あんなに最強だった天樹院君が、気持ち悪い肉達磨みたいな父親を人質に取ったくらいで、何も出来ずに降伏しちゃうんだもんねー?」
目尻に涙を浮かべながら、狂流川は笑っていた。僕は内心の怒りを押し殺しながら、ポケットの中で
まさか僕が、こんな手段を使うなんてな。
頼むから、伝わってくれよ……!
「――天樹院がお前の言いなりになっている理由はソレか。帝を人質に取ったんだな……? それで、その肝心要な帝はどうした? このグラウンドには来てないみたいだが……?」
「当ったり前じゃん! あんなデカいの態々運んでなんていられないよ☆ 今頃は何処かで息子の勇姿でも眺めてるんじゃない? あ、でもでも! アレにそんな自我はないか〜? 何で義理立てしてるのか、私も不思議に思ってるんだよねー」
狂流川が、天樹院へと視線を向ける。
「――ねぇ。そこら辺、本当はどうなの? 何で私の言う事を聞いてるの? あの父親はさぁ、天樹院君の事を犯してた、最低なゴミクズ野郎じゃない? あんな肉塊に情が移るものなの? 私はそれが不思議なんだよねー? ……いっそのこと、このリモコンを使って、あの父親を爆破してあげた方が君の為になるんじゃない……?」
「……」
「ねぇ、答えてよ――天樹院君?」
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