第260話 儀式の時


 アカデミーの学習区は一般的なマンモス校と比べてもかなり広い。校舎自体は然程でもないが、併設されている施設が多い為、無駄に土地が広かったりする。本来ならば体育館とグラウンドは隣接しているのが常なのだが、立ち並ぶ関連施設……主に訓練用途に絞られた建物が多く密集している為、その距離は若干離れて見える。平時ならば気にならない距離だったが、この時の僕はソレが遠くに感じてしまう。



「――」



 グラウンドには自存派と狂流川。そして、檻に入れられた生徒達が居た。檻の前には木で造られた祭壇があり、その両隣には篝火が燃えていた。祭壇に立つのは鎖で手足を拘束された御子神千夜だ。巫女装束に着替えた彼女は、手に祓串を持ち、一心不乱に舞を披露している。


 既に始まっていたか。


 透塔神波流邪すけとうかんばるじゃ凶禍祓きょうかばらいの月産みの儀……!


 舞を踊る度に、紫の粒子が千夜の身体に吸い込まれる。コレが魔素だ。浮遊する粒子は塔からやって来ていた。ABYSSから生じる魔素を千夜が体内に吸引しているのだ。


 だが、この量は尋常じゃないぞ!?


 夜空を埋め尽くす程の粒子。満月をバックにした光景は、まるで世界の終わりの様だった。


 世界の終わり……?


 突如、記憶が蘇る。確か、あの日の空もこんな感じじゃ無かったか……? 紫色の輝きに埋め尽くされて、皆は魔物になってしまった。



「……まさか」



 僕は思わず駆け出した。


 先に救出班と合流するつもりだったが、コレを放置していく訳にはいかないだろう……!!



「狂流川ァァ――ッ!!」


「――あっ♪ ……て、何だ。おじさんか……」



 叫ぶ僕を視認すると、狂流川の奴は喜色の笑みを浮かべ――すぐにガッカリとした。見付かった僕は当然周囲の自存派には警戒される。一触即発の空気が漂う中、狂流川の奴は余裕の態度で前へと出て来た。



「石動蒼魔さん――だっけ? 部外者が何の用? こっちは大事な儀式の真っ最中なんだけど?」


「……お前等、この儀式が何をする為のものか分かっているのか!?」


「そんなの知ってるに決まってるじゃーん」


「ABYSSを無くす為の儀式だよ。月産みの儀で限界まで魔素を祓う。そうすれば、栄養分の無くなったABYSSはすぐに消失する。僕等の様な魔種混交は産まれなくなるんだ」


「アンタ、中継に出ていた……?」


「自存派のリーダー。レイヴン=ソードだ。君がキンキを倒した蒼魔君だね……? 悪いけど、僕達の邪魔はさせないよ」


「――!」



 言って、懐から拳銃を取り出すレイヴン。


 今この時も千夜は舞を踊っている……その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。恐らく、自分の意思で儀式を行なっている訳では無いのだろう。狂流川に操られているのか……? 檻の中の生徒達もピクリとも動かない。皆、動きを制限されていた。それでいて意識はハッキリとしているのだろう。目は口程に物を言う。彼等の怯えた目付きが、その証左となっていた。



「ABYSSを無くすって事が、どういう結果に繋がるのか、分からないのか……?」


「分かるさ。アレが無くなれば人は自らの足で歩かざるを得なくなる。下駄を履いていた今までが異常だったんだ。異世界の資源なんて必要ない。この世界に住む人間は、この世界の物でやりくりをすれば良いんだよ!!」


「だから……! そうじゃなくて……!」



 ――駄目だ。レイヴン=ソードは何も分かっていない。ABYSSが無くなるという事は、世界の修復機構が完全に機能不全を起こすという事である。……即ち、世界の崩壊だ。前提となる知識が無いから、こんなおかしな事を初めてしまったのだろう。哀れだが……本気でやっているから始末におけない。


 ……語った所で、もはや無意味か……?


 口下手な僕が彼等を上手く説得出来るとは思えない。そもそも、僕はコミュニケーションが嫌いなんだ。苦手ではなく――


 養豚場の豚の様に年端も行かない生徒達を全裸に剥いて檻に入れ、怪しげな儀式を行う連中だ。……もう、対話なんか必要ないだろう。


 ――面倒だ。

 ――色々ともう、面倒だった。



「どうした? 何を言いたい事でもあるのか?」



 付近を仲間達で固めたレイヴンが、僕に向かってそんな事を言う。ぬる過ぎるな、コイツ。


 銃を構えたなら、さっさと撃てよ。

 お前との会話も、もう飽きた。


 ――邪魔だよ。



「――ッ!!?」



 ――疾風。


 一陣の風となり、僕は集団へと特攻した。

 敵は多数の魔種混交。


 ――だから何だ?


 武器なんか必要無い。近付いては殴って、近付いては殴っての繰り返しだ。単純作業で吹き飛んでいく敵達。「な、なんだコイツは!?」「早過ぎる!!」「レイヴンさん、早く指示をッ!!」「うわぁぁぁぁッ!?」……くだらない。三下の様な叫び声を残して、目の前の敵は消えていく。視線の先には怯えた表情を浮かべるレイヴンと、にやけ面をする狂流川が居た。



「なん、なん、なん……っ!?」


「へぇー? やっぱり強いねー、あの人……」


「く、狂流川さん!? どうすればッ!?」


「やだなー☆ 落ち着いてよレイヴンさん。こういう時の為に、彼を用意してたんじゃない♪」


「か、彼って、まさか――」



 ……何か喋っている様だが、もう遅い。


 射程圏内だ。


 獲るぞ、狂流川――



「――ッ!?」



 その時、僕は直感で回避を選択する。


 真横に飛んだ次の瞬間。飛来して来た何かが轟音と共に地面を抉った。舞い散る砂埃越しに見たクレーターは大きく、もしも回避が間に合わなければ、致命傷を負っていたのは確実だ。


 煙が晴れ、飛んで来た人物の正体が見えた。


 ……成程。そう来たか。



「――出番だよ、天樹院君……☆」


「……」



 現れた白髪の少年は、僕に向かって構えを見せた。その手には何も握られていない。


 完全に無手。

 無手同士の対決である。



「天樹院――……」



 ――敵は、天樹院八房。


 元々、レガシオンではラスボスを務めていた男だ。敵対したとしても、ソレが普通。むしろ今までがおかしかったんじゃないのかな?


 ただ、正常な関係に戻っただけ――


 それが分かっているって言うのに。


 何故だろう?


 僕は、この展開に苛立ちを覚えていた。

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