第259話 救出班② 幽蘭亭


 ――SIDE:幽蘭亭地獄斎――



「この……アホンダラがッ!!」



 押し倒してきた風太郎の顔面に蹴りを入れるウチ。コイツと組んず解れつなんて、冗談やないで!! まさか、田中や凛ともヤッたんとちゃうやろなぁ!? グループ内交際とかいっちゃんやったらアカン奴やろ!? 正気を失ってるとは言え……コイツ、何してくれてんのやッ!?



「――げぇ!?」



 アカン……足、掴まれてもうた……風太郎の奴は胡乱な目をしながら、ウチの両足を掴み、そのまま左右に押し広げる。


 や、やば……これ、むっちゃ恥ずかしい。股開かされて、パンツとかモロ見えやん……!?



「……ちょっ、だ、誰かー!! 誰か助けんかい! おぉーい!? ウチの貞操のピンチや!!」


「くっ……!」


「そんな事を言われても……!!」


「こっちだって手一杯だよー!!」


「な、なんやと……!?」



 肉の壁に遮られて良く見えへんが、相葉達も生徒達と戦っとるっちゅー事は分かる。せやから、全員手が空いてないっちゅー訳か!?


 アカンやん……!?


 目の前にはやる気満々でイキり立っとる風太郎がおる。力では勝てへんし、この距離で組み付かれたら招来式符も出来へんで……!?


 アレ? これ本当に終わった……?


 3歳の頃から陰陽寮に入れられて、陰陽術にべったりだったウチやで? 鬼才言われて周りの男共なんか寄り付きもせん。当然、彼氏なんかも作った事はあらへん。完全無欠の処女や。


 それが――



「……は? こんな形で喪うん……?」



 しかも相手は、雨宮風太郎!!


 別にごっつ嫌ってる訳やないんやけど、やっぱ仲間内は嫌やろ!? 後々めっちゃ気不味くなるやん!? 風太郎自身も男の癖に省エネで、胡散臭い奴やし、ウチの好みとは正反対や!!


 もっとこう、男らしいタイプがええ!!

 せめてそうやなぁ……大人の男!!


 ……蒼魔はんとか……そんな感じの――



「――!」



 風太郎の指が、ウチの太腿に触れる。


 あ、アカン!! マジでアカン……!!



「おいカッパァァッ!? お前式神やろ!? ウチの事はよ助けんかいッ!! ご主人様がピンチやでーッ!? キリキリ働けカッパァァァッ!!」


「ひ、ひぃぃ……む、無理です……!」


「何でや!? お前多少は戦えたやろォッ!?」


「ど、童貞なので……刺激が……」


「ほざいとんちゃうぞカッパーァァァッ!?」



 あわあわ言いながら、両手で顔を覆うカッパー。ほんまコイツ使えん!! 誰やコイツを式神にしよう言ったんは!? ――てかウチか!? 全部ウチが勝手にやった事やったわ……糞ッ!!



「!!」



 風太郎の手が、ウチのパンツに触れる――


 ず、ずり下ろす気やな……!?


 待ってという声が、掠れてまう。

 怖いんや。ビビっとる。


 アカン……これ、ほんまやばい。


 ほんまやばい。ほんまやばい。ほんまやばい。ほんまやばい。ほんまやばい。ほんまやばい。ほんまやばい。ほんまやばい……ッ!!



「……だ、誰か助け――ッ!!」



 叫んだ時や。



「――チッ、るせぇなぁ……」



 上から、女の声が聞こえて来た。


 そうして、次の瞬間――


 ――ゴン!! という音と共に、風太郎の体がだらりと伸びる。気絶したんか……?



「オラ、一年!! ボケっとすんな! さっさとコイツ等を片付けるぜッ!!」


「――りょ、了解やッ!!」



 クソ、いきなり現れてから偉そうに……。


 吹き抜けになった2階から、飛び降りて来たのは、鬼の生徒会副会長・我道竜子やった。


 我道――無事やったんやな?


 ウチの式神ちゃんを壊した憎い敵やけど、今のこの状況での参戦は、ごっつぅ有り難いわ!


 気絶した風太郎を退かし、立ち上がるウチ。



「ほな行くでェェ……!! 招来式符ッ!!」



 ウチは式神を呼び出した。生徒全員気絶させたる!! エロい奴等はお仕置きやッ!!





「はぁはぁ、漸く終わった……!」


「手加減するのって大変だね……?」


「――ッ!」


「ん? どないしたんや神崎? ……おい!?」


「歩!?」



 折角終わったっちゅーんに、神崎の奴が倒れた生徒へと掴み掛かっとる。あら尋常な様子やないで……? なんや、訳ありかも知れへんな?



「針将仲路ィィ……ッ!!」


「ぅぅ……っ」



 ……どうやら、お相手は針将の兄妹の兄の方みたいやな? 方々で恨みを勝っとるみたいやし、アイツなら首掴まれんのも納得や。



「待て歩!! 相手は怪我人で――」


「関係無い!! この場を逃したら、何時正樹殿の無念を拭えるのか……ッ!!」


「――!」


「答えろ仲路ッ!! 貴様ァ、何故正樹殿を葬った!! 正樹殿が何かをしたのか!? 答えろ!」


「な、何を言って……ぐふっ!!」


「歩君、無理させたら死んじゃうよ!?」


「……ッ!!」


「……歩。気持ちは分かるが、今は救出作業を優先しないと……!」


「総司……」



 気が動転しとった神崎も、仲間である相葉の言葉で落ち着きを取り戻したみたいやな。隣にいる副会長さんは「何だ、何も無しか……つまんねぇの」と、相変わらずな暴君や。



「……貴様、梁田正樹の知り合いか……?」


「!!」


「……あの男……役に立たないばかりか……こんな連中を引き連れて来るとは……全く……使えぬ……男だった……な……」


「貴様ぁ……!!」



 ……火に油やな。


 掠れ掠れの意識で、仲路の奴は神崎を煽っとる。ぶち殺されるのも時間の問題や。


 と、その時や。



「待って……」



 針将百済――針将仲路の妹が、息も絶え絶えな様子で神崎に話し掛けた。


 ……こっちも酷い有様や。一度気絶しとったんが良かったんか、意識だけはハッキリしとったが、全身は男達の体液塗れ。股には血が流れとるし、一度ぶん殴ったからか、起き上がる事も出来ないグロッキー状態になっとるわ。



「兄は……意図して殺そうとした訳じゃない」


「何!?」


「誤解されても仕方がない……けれど……本当に、兄は……梁田君に……10階層を攻略しに行った皆に……事前に話を通していたの」


「!!」


「中学3年のあの日……各クラスは膠着状態だった……誰かが、10階層の階層主を倒さなければいけない……分かっていたけど……でも、誰も立候補はしなかったの……」


「梁田正樹と、その仲間達を除いてな……」


「な……に……?」


「……奴等の名誉の為に言っておく。梁田正樹とその仲間達は……謀略によって戦死したのではない。勇気ある探索者として、死んだのだ」


「ならお前に、責任は無いと――!?」


「……責任、か」



 仲路の奴は一拍置いて、こう答えた。



「それを決めるのは、我ではない」



 ――と。



「……ッ!!」



 最終的に、行かせるっちゅー判断を下したのは仲路って事や。そこに対する責任はある。けど、最後に決めたんは本人達や。気に入らない。断罪する言うのは相手の勝手や。所在の在り方はそっちで決めろ、言いたいんやろう。


 ウチもまぁ、A組の10階層攻略の話は知ってたで? 戦死者を出したんも有名な話や。色々と尾鰭が付いて、仲路が悪どい事やった、言われてもうたんやろなぁ? ――ま、それを否定しなかったコイツもコイツやで。贖罪のつもりだったんかも知れんけれど、振り回される方は溜まったもんやないわなぁ?


 ……神崎も、胸中は複雑やろう。嘘と決め付けて、仲路の奴を断罪してもおかしくはない。


 けれど――コイツはそんな男やなかったわ。



「歩……」


「……救出作業を、急ごう」



 仲路から離れ、そう呟く神崎。周りは気ぃ使ってんのやけど、アイツは痩せ我慢しながら、倒れた生徒を抱えていた。アイツと梁田……一体、どんな関係だったんかは知らんけど。少なくとも親友同士ではあったと思う。切り替えるのも辛い筈や。まして、説明されたんは仲路の口からやぞ? 信用なんて出来ひんやろう!?


 なのに、アイツは切り替えた。こうする事が、最も故人の名誉を守る事やと判断したんや。並大抵の精神力やないやろう……。



「あれ……終わった……?」



 欠伸しながら、目尻に涙を浮かべる我道。


 もう一人いたわ。


 並大抵の精神やない奴……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る