第258話 陽動班① 蒼魔


 救出班と別れ、陽動班として敵が潜んでいるであろう、探索区へと向かった僕達だが――果たして、コレは陽動になっているのだろうか?



「OK! 次の曲行くぜー!! 契-Kizuna-!!」


「……」



 やっている事は、通天閣のソロリサイタルである。しかも、観客は0人。自存派のメンバーはそんなに多くないだろうし、その中の戦闘向きの奴等なんて雀の涙程しか存在しない。狂流川の力が無ければ、アカデミーを占拠する事なんて出来なかったのだろう。必然的にアカデミー内部はスカスカになる。人員が足りないから監視の目も甘くなるんだ。こうなると連中は占拠状態を維持出来ない。必然的に、僕等の役割は無用になってしまっていた。



「なぁ、通天閣……」


「イェェーイッ!!」


「……」



 芸人並みにテンション高ぇ……。


 やり辛いな。


 二手に別れたのは失敗だった……占拠されたアカデミーがこんなにもガバガバなら、陽動なんて最初からいらなかったと思う。予想では転送区に転移した段階で敵に見付かっていた筈なんだ。そこから二手に別れて僕と通天閣が暴れながら注意を引き付けるというのが当初の予定だったのだが、完全にスカされた状況だ。別に問題がある訳では無いけれど、このまま此処に居ても仕方が無い。通天閣の奴は――黙って置いて行きたい気分だったが、自分で歌わせておいて放置するというのは酷だろう。僕は溜息を吐きながら、もう一度奴へと向き合った。



「通天閣! 通天閣! ……オォーイ!?」


「what up⁉︎ 良い所でどうした、蒼魔!?」


「歌を止めて移動しよう! 見ろ! これじゃあ何の陽動にもなっていない!!」


「Hmm……確かに、オーディエンスの姿は見当たらないな? これじゃあイマイチ燃えねぇぜ」


「いや、結構ノリノリだったと思うけど……」



 僕は思わず、ツッコミを入れてしまう。



「恐らく、敵は別の場所にいるんだろう」


「really? 別の場所……」


「転送区は空だったし、探索区もご覧の有り様だ。残る場所と言ったら学習区だろう?」


「学習区には、救出班が向かっている……」


「そうだ。だから、急いだ方が――」



 僕が言った、その時だ。



「お歌、止めちゃうの――?」



 小さな女の子が、路地裏の影から僕等を見ていた。独特な格好をした少女だった。まるで絵本の魔女の様なローブ姿。黒い外套は物陰には良く溶け込み、だからきっと、彼女の事を見逃してしまったのだろう。


 ――アン=ブレラ。

 ――人を玩具に変える魔種混交。


 僕は相葉の言葉を思い出し、瞬時に紅羽の弓矢を取り出して、少女に向けて早撃ちする。


 が――駄目。



「チッ!」



 飛翔した矢がアン=ブレラに当たると、バネの様な挙動をして明後日の方向へと飛んで行ってしまう。スキル【メタモル】の効果だ。一瞬の内に矢を殺傷力の無いバネに変えた。恐るべきはその変化スピードだ。飛来する矢が駄目ならば、奴の防御は殆ど無敵と言って良いだろう。



「お前! 自存派のアン=ブレラだろう!? 僕等を待ち伏せしていたのかッ!?」



 言いながら、ジリジリと後退する僕。スキル【メタモル】の効果範囲は自身を中心とした半径30m。その範囲から出る為である。



「待ち伏せ〜? してないよ〜? 何だか〜皆が儀式の準備で忙しくしてるから〜、つまんないなって思って、一人でこの辺を散歩してたの!」


「儀式だと……?」


「うん。ほにゃららっていう長い名前の良く分からない儀式。確かー、グラウンドでやるって言ってたよー? 皆もそこに集まってるみたい」



 まさか――月産みの儀か?


 奴等が神奈毘の巫女に拘っていた理由……自分達で月産みの儀式を行う為だったのか?


 だが、一体何の為に――?



「それよりもー!! 私はずーっと、ずーっと退屈してたんだよ? やっと現れた侵入者さん。当然、私と遊んでくれるんだよねぇ……?」


「く……ッ」



 面倒な幼女だ。負ける気は無いが、正面からやり合うとなると、中々に厄介な相手だろう。相手してる暇なんて無いって言うのに……!!


 ――と、その時だ。


 通天閣の奴が、ズイッと前に歩み出る。



「……おい、一体何のつもりだ?」


「まだ、俺のリサイタルは終わってないぜ」


「はい?」


「此処は任せて先に行け。アンタはグラウンドに向かって、Sabbathを阻止するんだ……」



 ……サバトって。

 一応、和製の儀式なんだけどな?


 ――って、そうじゃない!!



「正気か? 相手は子供だが……かなりの強敵だぞ? 見た目で判断しているなら、止めておけ」



 僕の本気の警告に、通天閣の奴は「チッチッチ」と、舌を鳴らしながら反論する。



「Gehennaの歌は老若男女に通用する……! 魔種混交だろうが変わらねぇ!! いいからアンタはさっさと行きなァッ!! やるべき事があるんだろう!? Go straight!! 突っ走れよッ!!」


「――ッ!」



 叫び、学習区の方向を指差す通天閣。

 野郎……聞く耳持たずか。



「……そこまで言うなら行ってやる! ただし! 死んでも化けて出て来るなよーッ!?」


「行かせると思うかなー!?」


「ちっ!」



 駆け出した僕に向かって、アン=ブレラがスキルを行使しようとする。



「――Hey! umbrella Girl!! アンタにはもっとexciteな歌を歌ってやるぜ!!」


「……!?」


「まずはこっちに集中しなッ!!」



 ……上手く行ったのか? 遠ざかってしまった今では、通天閣がアン=ブレラを相手にどんな時間稼ぎをしているのかは分からない。


 あれだけ豪語したんだ。


 まさか、簡単に死ぬなんて事は無いだろう。僕は意識を切り替えて、儀式が行われるというグラウンドへと駆け出した。

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