第256話 切なる願い


 ――SIDE:狂流川冥――



 ――約束の日が、遂に来た。


 胸の鼓動が、興奮で高鳴る……っ! こうして無事にその当日を迎えられた時点で、作戦の八割は成功してると言って良いと思う! 大人達は外国からの侵略に掛り切りになっていて、私達までは手が回らないみたい。三日だけ待つって言ったら、本当に待っちゃったのがその証拠だよね? おかげでたっぷり時間稼ぎが出来た。本当、アメリカ様々って感じ?☆ 呼応して他の国の軍隊も動いちゃったし、邪魔だった神宮寺秋斗は、こっちには来られない。予め情報をリークしといて良かったね!!



「やっほー! 元気ー!?」


「!? 貴方は……ッ!!」



 とある教室に監禁していた千夜ちゃん。声を掛けて扉を開けると、彼女は身を固くしながら誘拐犯へと厳しい表情を向けるのでしたー☆



「目が見えないのに、手足も拘束しちゃってごめんねー? トイレとか大丈夫だった?」


「……お気遣いどうも。それで、狂流川先輩は何用で私に会いに来たのですか?」


「もう本題に言っちゃう感じ? もう少し無駄話を楽しみたかったんだけれど――まぁいっか」



 言って、私は千夜ちゃんに近付いた。

 小さな声で、耳元で囁いてあげる。



「千夜ちゃんには〜ABYSSの邪気を祓って貰いたいんだよね? それも、今までみたいな中途半端なやり方じゃなくて――全部。ABYSSという存在を、丸ごと全〜部消して貰いたいの☆」


「そ、そんなこと、出来る訳が――ッ!?」


「えー? 本当に出来ない〜?」



 私は千夜ちゃんの服の隙間に腕を入れた。するするとお腹に指を這わせ、手繰った先の突起を摘む。思わず声を漏らした彼女を見て、私は自身の悪戯が成功した事に満足する。


 かと言って、手は止めないけどね……?



「魔種混交の人達ってー。ABYSSを研究してる人達が多いんだよ? 自分のルーツみたいなものだし、知りたいって気持ちは人一倍強いのかもね? それでね。その人達が言ってたの。神奈毘の巫女が祓う邪気……つまりは魔素なんだけどさ、これってABYSSが現世に存在する為に絶対に必要な栄養素なんだってっ!☆」


「!」


「ウケるよねー? 私達には猛毒で〜浴びたら魔物になっちゃう危険な代物が、ABYSS側からしたら酸素みたいなものらしいよ? でね。そこで考えたの。だったら、魔素を祓う事が出来る神奈毘の巫女の力さえあれば、ABYSSを無くす事だって出来るんじゃないかな――って!」


「それは……不可能です」



 千夜ちゃんは顔を逸らしながらそう言った。



「え〜? 何で〜?」


「巫女が邪気を祓うには、まず体内に魔素を吸引させなければいけません。器となる私の肉体では、ABYSSを消滅させる程の魔素を蓄える事は出来ないでしょう。やっても、途中で息絶えるのが目に見えています」


「でも、物は試しって言うよねー……?」


「――それならば、どうぞ御自由に。この身が囚われた以上、覚悟は当に出来ています」



 ……ふぅん? 怖がらないんだ?



「つまんないの」



 私は千夜ちゃんから手を離すと、そのまま近くの机に腰掛ける。もっと怯えた反応を期待してたんだけどなー? 当てが外れて残念っ☆



「安心して良いよ。千夜ちゃんだけに無理をさせるつもりは無いから。その目、儀式の所為で見えなくなっちゃったんでしょ? 酷いよねー。神奈毘の巫女なんて言っても、実際は生贄みたいなものだし……千夜ちゃん一人が頑張る必要なんてあるの? 私は、無いと思うんだよねー」


「……何を」


「千夜ちゃん一人が頑張る必要は無いんだよ。だって、此処には他にも大勢いるんだもの」


「ま、さか――」



 愕然とする千夜ちゃん。何をしようとしているのか、見当が付いたのかな? 私は含み笑いを浮かべつつ、その場でパチンと指を鳴らした。


 教室に入ってくる男子達。彼等は千夜ちゃんへと近付くと、そのまま彼女を抱き抱えた。



「な、何者ですかッ!?」


「心配しなくても大丈夫! 彼等は私の人質兼玩具だよー。面倒臭い雑務とかは全部やって貰っちゃってるの。――便利でしょ?☆」


「他人の意識を操って、言いなりにしているだけでは無いですかッ!?」


「ソレの何が悪いのー? スキルだって私の才能だよ? 有効活用するのは当然でしょ?」


「いいえ、違います!! 力を持つ者には同時に責任が生まれるのです!! 生まれ持った能力を正しく扱う責任が!! 貴方はソレを――」


「……そんな考え方だから、千夜ちゃんは悪い大人達に良い様にされて来たんじゃないの? ねぇ、言っちゃいなよ。本当は神奈毘の巫女なんてやりたくなかったんでしょう? 役目だからって嫌々やらされて来たんだよね? 生まれ持った力は自分の物だよ。好きに使って良いのっ!」


「――違うッ!!!」


「!?」



 男子生徒に連行される直前。

 千夜ちゃんは、私の言葉を強く否定した。


 ……何で?


 何で分かってくれないのかなぁ、この子は?


 段々と苛々して来たなぁ。



「私は、自分の意思で巫女としての使命を全うしようとしています!! 大人達は関係ありません! 決めたのは自分なのです!!」



 千夜ちゃんは捲し立てる様に言葉を発した。その余りの剣幕に、私も男子達に命令をするのを忘れてしまう。



「最初は確かに怖かった……けど、この学校で日々を過ごしていく内に、私は自分こそが神奈毘の巫女で良かったと、心の底から思う事が出来たのです! アカデミーでの日々を守る為……探索者になるという、皆の夢を守る為に、私は巫女としての責務を全うします!! そこに第三者の意思は介在しない!! 貴方が言っている事は、私への侮辱以外に他ならないのです!!」



 それに――と。

 千夜ちゃんは言葉を続ける。



「……人は、一人では生きていけません。独りよがりな考えで力を行使したならば、いつか必ずしっぺ返しがやって来るのですよ……?」


「はぁ……しっぺ返し……?」



 頭の硬さに、私は思わず呆れてしまう。



「千夜ちゃんさぁ……この世は結局、やったもん勝ちなんだよ? 酷いなー。残酷だなーって思う事を幾らやったとしても、私に罰は降らなかった。そういう風に出来てるんだよ」


「……」


「だから、好きに生きて良いの。自分で自分を縛るだなんて有り得ないよ。ましてや他人の幸せなんか願っても、意味の無い事でしょう? 解放こそが幸せになれる近道なんだよ……?」


「幸せへの近道? 本当にそうでしょうか?」


「え?」


「雁字搦めな私よりも、自由に生きている貴方の方がずっと不幸そうに見えますよ。貴方は、幸せの意味すら知らない可哀想な人です」



 ……ウザ。



「執着するものが無いのでしょう!? 大切なものがないのでしょう!? だから平気で他人が大事にしていたものを壊せるのです!!」



 ウザ。ウザウザウザウザウザ――



「誰も愛した事がないから! 誰も貴方を愛さない! 虚飾に塗れた狂流川冥! 嘘偽りで愛されたとしても、決して貴方の心は満たされない!」


「……まれ」


「我が身を振り返りなさい! でなければ、貴方が欲しがっているものは、この先絶対に――」


『黙れッ!!』


「!!」



 スキル【絶対支配ドミネーション】を使用して、御子神千夜の口を封じる。人の気持ちを勝手に勘違いして、何をペラペラ喋ってるのかなぁ……?


 君の役割はそうじゃないよね?

 私に説教するなんて1億年早いと思うよ。


 不愉快だなぁ……。


 不愉快、不愉快、不愉快、不愉快!!



「……もう良いや、連れてって」



 私が指示を出すと、御子神千夜は教室の外へと連れて行かれてしまう。


 楽しかった気分が、台無しだった。



「違うもん……アイツの言う事は絶対に間違っている。じゃなきゃ不公平だもん……!」



 天樹院君が救われて。

 リューコちゃんも救われて。


 私だけ救われないなんて……そんな事ある?



「――無いよねぇぇぇ? 絶対に有り得ない!」



 ずっと見て来た。

 彼の事を。

 観察して――分かった事がある。


 彼は、ヒーローなんだ。


 アニメや漫画に出て来る、お姫様を助け出す絶対無敵のヒーロー。それが石瑠翔真なんだ。


 彼は優しいから。

 敵対した相手でさえ、救ってくれる。


 クラスメイトと争って。

 1年生同士で競い合って。

 全学年と試合して。

 生徒会副会長と決闘して。


 気が付けば、彼は皆を仲間にしていた。


 本人にその気が無くても、結果は必ず着いて来る。それってフィクションの中のヒーローと変わりないんじゃないかなぁ……?


 漸く見付けた、私のなの。


 救われない何て、有り得ない。


 だから――



「――私は悪い事をしているよ……!? 早く来てよ、翔真君……ッ!!」

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