第255話 約束の弓
7月23日日曜日。
救出作戦決行当日の朝。
僕達は岩戸島基地の転移施設へとやって来ていた。目の前に鎮座するのは柱付きの転移石だ。アカデミーの物より大分小さいが、それでも転移機能には問題はない。
「……本当に、良いんだな?」
小声で東雲に問い掛ける僕。彼女が魔種混交だという話は、僕や相葉達のみの秘密である。他の生徒達は知る由もない。その件について罪悪感を抱いている東雲だが、秘密を明かした所で悪戯に生徒達を混乱に陥れるだけだ。それならば黙って現状維持に徹した方が良いだろう。そういう訳で、僕達からの説得を受けた東雲は、渋々と秘密にする事を了承していた。
「大丈夫。――私も、皆を救いたいもん」
「……そうか」
東雲歌音は魔種混交だ。それは紛れも無い事実だが、同時に僕等の仲間でもある。
今は、彼女の意思を尊重しよう。
「――まずは、救出作戦に参加するメンバーから発表するよ? 事前に断りを入れてあるけど、直前になって気が変わったっていうのは全然アリだから、気兼ねしないで言って欲しい」
『……』
「それじゃあ、A組からは
「はひぃっ!」
確か、天使十紀亜と同じPTに居た女子だったかな? 後方支援タイプの術師だ。今回は本人たっての希望で作戦に参加する事が決まった。
「私ぃッ! 直接戦闘は苦手なんですが、スキル【空間転移】を持っていますので、人質の解放には役に立てるって言いますか……【存在希薄】持ちの、ク、クソ陰キャなんで! 隠密行動とか……フヒヒ、得意なんですよねぇ……?」
「あぁ、うん……前にも聞いたけど……」
「――ですので、是非是非ぃ!! 人質救出班にぃ!! 捕まった天使君がどんな目に遭ってるのか、考えてるだけでも妄想が捗るゥッ! イケメンの拘束姿とか、マ、マジ萌えじゃねッ!? フヒヒ……涎が溢れて止まらな〜〜いッ!!」
「……」
何だろう?
A組って変態しかいないのかな?
まぁ良いか……。
「えー……、次、B組の幽蘭亭地獄斎」
「ま、当然やな」
幽蘭亭は気負う事なく、そう言った。
「ウチの式神ちゃんは万能や。今回みたいな場面で、選ばん奴はいないやろ」
「……大した自信だな?」
「実力の表れっちゅー訳や。蒼魔はん。アンタの指揮にも期待しとるで? B組の生徒もぎょーさん攫われてもうたからなぁ。ほんま手の掛かる連中やけど、奴等に居なくなられると困るんや。……今回の作戦、絶対に成功させるで?」
気力充分と言った所だな。幽蘭亭は使える奴だ。作戦に参加して貰えるのは本当に助かる。
「次、C組の通天閣歳三」
「OK! 敵の陽動なら任せておきな! この俺のShoutで奴等の視線を釘付けにしてやるぜ!!」
「あー……程々にな? 程々に……」
コイツ、本当に分かってるのかな?
通天閣には事前に陽動を頼むと言っておいたが、陽動ってマジで危険だからね? しかも、メインは人質救出だから、陽動班にはそこまでの人員は避けない。敵との戦闘を避けつつ、上手い具合にヘイトを買わなきゃいけないんだ。
そこら辺の繊細な行動が、コイツに出来るかどうか……そこが第一に不安だね。
「――じゃあ、最後はD組。相葉総司と神崎歩。東雲歌音の三人が出る。……宜しくな?」
選出したのは、相葉PTの三人だ。
紅羽の奴は入れなかった。
アイツとは、事前に話してあるからな――
◆
「――へ? 参加しない?」
「そう。三人には悪いけど、私は止めとく」
「……」
「……何よ? どうかしたの? 鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしちゃってさ?」
「いやだって……普段のお前なら、止めても付いて来そうな所だと思ったからな……?」
「……私だって、自分の実力くらいは把握してるわ。悔しいけど、今回の作戦では付いて行っても足を引っ張るだけだと思う……」
……まぁ、否定はしないかな? 紅羽が弱いというよりも、敵が強過ぎるんだ。最低でも級長格の実力が無ければ付いては来れないだろう。特に紅羽は支援系でも無いしな? 連れて行ったとしても、役には立てないと思う。
……ただ、ソレを自覚している事自体が驚きなのだ。普段の紅羽なら「翔真が行くなら私だって!!」と、対抗心を剥き出しにするイメージだったからな。僕の正体が割れてから、紅羽の奴には良い意味で落ち着きが生まれていた。
特に変わったのは、此処だろう。
「――ま、アンタなら大丈夫でしょ」
紅羽は僕に対して全幅の信頼を置いている。
僕自身、不思議とソレが心地良い。
何だか、アッチの呉羽を思い出す――
何なんだろうな、この気持ちは――?
嬉しい様な、寂しい様な。
「……ちょっと待って」
「うん?」
言いながら、紅羽は
何の変哲もない白木の弓だ。
確か、神宮寺の得物と合わせたんだっけか?
「――これ、持って行って」
「……紅羽の弓を、僕が?」
「御守りよ。後で返しなさいよね!?」
「っと」
無理矢理渡された、白い弓。
しかし、不思議とソレは手に馴染んだ。
「……アイツとお揃いって言うのは気に食わないけど、中々良い武器なんじゃないか?」
「当たり前じゃない! 私が毎日手入れしてたのよ? 安物でも思い入れがあるのっ!」
言うだけあって、弓には大事に使い込まれた跡があった。こういう武器、僕は好きだな。
「これ……改造したら、神宮寺の弓と遜色ないレベルに強化出来るかも知れないぞ?」
「え? ……そ、そうなの?」
「アイツの武器って、ノーマル装備を限界まで強化して作った"無銘の弓"だからな。同じ事をやれば、そっくりそのままな弓になるさ」
「……まぁ、アンタがそうしたいって言うなら、止めはしないけど……」
「けど?」
「大事にしてよね! ……それだけ!!」
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