第248話 蒼魔の記憶③


「終わった……」



 黄泉比良坂が、最後の階層主グランドガーダーを倒した。大量に流れるコメントを眺めながら、僕は唯々その事実に呆けていた。



「そうだ、実況板……!」



 配信内のコメントは早過ぎて追い切れない。僕は新しくタブを開くと、レガシオンのネット掲示板に目を通した。スレッドの反応は……まぁ、案の定というか、お祭り状態だったね?


 黄泉比良坂を讃える声が、大量に書き込まれている。中には戦略分析をしている書き込みもあり、情報としては有意義であった。


 配信の方では、勝利を喜び合う黄泉の連中の姿が映されている。……まさか、階層主を倒してソレで終わりという訳ではないだろう。何かしらのイベントが起こるんじゃないか? そう思って画面の方に齧り付いているのだが――特にコレと言った変化はなし……か。


 本当に、コレで終わりなのか? メインシナリオも終了しているし、レガシオン・センスは、これからどうなって行くのだろう?


 まさかサービス終了……。

 いや、そんな事はあり得ない!!


 仮にあったとしても、抗議してやるさ!!


 僕がそう考えていた、その時だ。



『!!』



 ――ビシリッ と。


 空に浮かんだ亀裂が、大きくなった。


 そう言えば、一体アレは何なのだろう?

 設定とか誰か知ってるのかなぁ?


 空の亀裂は、徐々にその範囲を広げていく。砕け散った破片は大地へと巻かれ、まるで大粒の涙の様にキラキラと下界に降り注いだ。


 その、幻想的な光景に思わず目を奪われた時である。――中空に、光が生まれた。


 宝石か太陽か……?


 そんな煌びやかな光を放つ丸い玉は、やがて弾かれた様にして分裂し、黄泉の面々のキャラアバターの胸元へと吸い込まれた。


 クリア特典か、何かかな……?


 ぼんやりと、そんな事を考えていた僕だが、メンバーの一人である野原花糸が、激しく苦しみ出した事により、事態は一変してしまう。


 彼女だけじゃない。


 のたうち回る赤城駿。苦しみ倒れる鼎夕。首を絞めながら涎を垂らす屋代美登里。頭を地面に打ち付ける倖田俊樹。身体を丸めて硬直する漆原刹那。悲痛な声で泣き叫ぶペトラ。痛みに耐えながらもメンバーに声を掛け続ける呉羽。


 ……異常だ……。


 何なんだ、この異常事態は……?



『――それが、進化の苦しみだよ』



 何だ? 誰かが喋っている?



『君達はこれから、上位存在へと進化する。古い肉体を捨て、別の世界に向かうんだよ』



 ……声は、御剣直斗のものであった。


 何だ? 何を言っている?

 何でアイツだけは無事なんだ?


 てか、早く仲間を助けてやんないと――!?



『……この世界は、もう終わりだ。楔として存在していた最後の階層主グランドガーダーを消してしまったからね? もう、長くはない。直に崩壊を始めるだろう……』



 言いながら、御剣の奴は天に手を翳す。



開け扉よ。道となれラグナード・ロード――』



 御剣の声に呼応するかの様に、亀裂から黄金色の転移光が発生する。光は黄泉のメンバーを包み込み、浮かぶ粒子は空の先に続いていた。


 まさか――跳ぶのか!?

 一体、何処へ!?



『――さぁ、行こうか。新天地へ。皆と一緒なら、怖くは無いさ……この先もずっと……』



 言い残して、御剣達は消えてしまった。

 配信には誰もいない100階層が映っていた。



「……ちょっと……良く、分からないな……」



 自分が観たものは、何だったのだろう?

 紛れも無い放送事故?


 黄泉のメンバーのあの苦しみ様は、演技とかそんなんじゃ無い筈だ。近年のVRヘッドセットは高性能だけれど、痛みをフィードバックする様には出来ていない筈……だとしたら、アレは一体何だったんだ……?


 それに、この公式配信。一体何時まで無人の階層を映しているんだろう?


 コメントも、気が付いたら止まってるし。

 もう、何が何だか分からない。


 掲示板の方も、見てみるか……?



[898:noname:2024/12/24(火)]

外、ヤバい

あの塔、なに?


[899:noname:2024/12/24(火)]

空襲警報?

何かサイレント鳴ってる?


[900:noname:2024/12/24(火)]

やばばwwwwwwww

体から棘生えて来たwwwwwww

俺死ぬかもwwwwww


[901:noname:2024/12/24(火)]

からだいたい

はれつしそう


[902:noname:2024/12/24(火)]

外ヤバい

外ヤバい

外ヤバい


[903:noname:2024/12/24(火)]

ABYSSある

頭ない

脳みそない


[904:noname:2024/12/24(火)]

世界バグってて草

この世界もゲームだよな?

俺の妄想だよな?

目が覚めたら普通に朝が来るんだよな?


[905:noname:2024/12/24(火)]

ねぇ、皆ゾンビ化してる?

俺、妹に腕食われてるんだけど


[906:noname:2024/12/24(火)]

905>>

現実を直視しろよ

お前に妹はいないから


[907:noname:2024/12/24(火)]

ごめんスレたてむりだわ


[908:noname:2024/12/24(火)]

もう終わりだから大丈夫


[909:noname:2024/12/24(火)]

907>>

乙乙


[910:noname:2024/12/24(火)]

やり取りにワロタ


[911:noname:2024/12/24(火)]

リア充爆発しろとか言ってたら

本当に爆発した件


[912:noname:2024/12/24(火)]

最高じゃん


[913:noname:2024/12/24(火)]

クリスマスに良いオチ付いた


[914:noname:2024/12/24(火)]

もうかきこめない

のうがいたい

きょうふもなくなる

それがこわい



「………………」



 ……何だコレ?


 見るところ、間違ったかな?



「外がヤバいって……」



 気になった僕は、恐る恐る締め切ったカーテンを少しだけ開いてみた。


 ……付近は何も変わってない様に思えるけれど、逆にその静寂さが恐ろしかった。



「外、出て見るか……?」

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