第246話 蒼魔の記憶①
気分は正に、
誰も助けてはくれない。これは、僕自身が行わなければいけない事だった。
事情を説明すると言っても、何処まで説明すれば良いのだろう? 疑問に思った僕だったが、もう色々と面倒だったし、そんな情報の小出しとかいう高等テクニック、微調整なんて無理だと判断した僕は、洗いざらい全部をぶち撒けるつもりで三人へと向き合っていた。
……此処に居るのは、僕がこの世界にやって来て、最も多くを過ごして来た仲間達だ。
当然。好感度だって、高い……筈。
彼等が僕の言葉を信用しなかったとしたら、そりゃもう誰に何言っても無駄だと思う。
だから――全部を話す。
僕が並行世界から来た事も。その世界が滅亡してしまった事も。化物になって、この世界に飛んでしまった事も――全部、全部である。
ぶつ切りだらけな記憶だけれど。
それでも、思い出せる事はあるんだ。
まずはソレを、話して行こう――
◆
――その日は、クリスマスイブだった。
実家から徒歩30分位の距離にアパートを借りていた僕は、平日昼間に働きもせず、家に引き籠りながら、ネットサーフィンを楽しんでいた。典型的なオタクの生活って奴かな? 普段ならレガシオンにログインしている所だけれど、その日だけは公式の配信サイトを観ていたよ。
プロゲーマー集団・黄泉比良坂。
日本最大規模のレガシオンの攻略クランが、遂にABYSSの100階層を攻略するからだ。
此処までの道のりは長かった……。
僕もソロで90階層までは行ったんだけどね。途中、公式大会に出たり、出た大会で不審者に利き手を刺されたりと、散々な目に遭って、攻略進行が遅れてしまったんだ。
ま、別に競争してた訳じゃないから良いんだけど……それに、色んなゴタゴタがあったおかげで、僕は黄泉の連中と多少なりとも繋がりが出来ていた。
世界ランキング第4位のロリっ子。ペトラ=アンネンバーグとは何でか知らないけれど、良く現実でエンカウントするし、向こうも懐いてくれているから、悪い気はしない。
第5位の漆原刹那さんは、最初怖い人かと思ったけど、知り合って以降はゲーム内で出会う度に必ず顔文字を送ってくれる。……何か、距離感が良いんだよな、あの人は。
第2位の鶺鴒呉羽は――
『――私、好きです……貴方のこと』
……アレは一体、どういう意味だったのだろう? 好き、空き、隙……好き?
……まさかね?
不審者から庇ってくれたお礼と言って、彼女は僕を色々な店に連れ出した。てっきり、食事だけで終わりかと思っていたのだが、気が付けばデートコースの様な場所を周っていたのだから、現実っていうのは不思議だね? でもって、別れる間際に言われた言葉が――コレだ。
……大丈夫。
……分かってる。
こんな引き篭もり駄目人間な僕が、あんな可愛い大学生に好意を持たれる訳がないじゃないか? 不審者から庇ったから? ソレで好かれたって……? いやいや、ラノベかよ? そんな簡単に好きだ嫌いだとか有り得ないだろう? 僕の方が年上なんだよ? 人生経験は僕の方が上! しかも、鶺鴒呉羽って言ったら黄泉比良坂の中心人物じゃないか。プロゲーマーとしても、モデルとしても活躍している。世間でも大人気の女性だ。CMにだって出演してるんだぞッ!?
そんな彼女が……僕を?
いやいや。
いやいやいやいや。
有り得ないって。
下手な妄想は止めておこう。
違った時の、ダメージが大き過ぎる。
「……」
動画配信を眺めながら、僕は彼女について考えていた。映像には黄泉比良坂の代表である第1位の御剣直斗が、鶺鴒呉羽に手を貸してやっている場面が映し出されていた。
その他にも、仲間同士で協力しながら探索を続けて行く姿が配信されている。地獄の様な道中でも、黄泉の連中は実に楽しそうに探索を続けていた。仲間同士の結束というか、信頼関係が窺える。彼等が視聴者に人気なのは、こう言った所も要因になっているのだろう。
「何でだろうな……?」
モニターを見詰めながら、僕は一人で呟いていた。一人の方が良い。他人と一緒に居るのは気が重い。僕は、一人じゃないと生きていけない人間なんだと、自分自身で思っていた。
けれど――
「何で僕は、此処にいる……?」
仲間と協力する黄泉の連中を見て、僕は自身の価値観に変化が生じている事に気が付いた。
多少なりとも、連中と交流を持ってしまったからか? 一緒にABYSSを攻略出来なかった事が、この上なく寂しい事だと思えてしまう。
映し出される、黄泉の面々。
同時接続数は100万人を超えていた。
彼等は実に、生き生きとしている。
薄暗い1DKで。
僕は一人で膝を抱えた。
「羨ましい――……」
呟いた、その時だ。
遂に彼等は、100階層へと到達したのだ。
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