第241話 自存派代表・レイヴン


『――』



 狂流川のスピーチは、聞く者の心に大きな波紋を広げさせた。切実な訴えは皆に同情心を抱かせ、逆に、日本政府のやり方には反感を呼び込んでいた。


 ――上手いやり口だと思った。


 奴が何故絶対支配ドミネーションというスキルを授かっていたのか――その一端が、垣間見えた様な気がした。実際に、放送を見た者は迷っていた。何が正しいのか、何が悪なのか。狂流川の語った言葉が真実なら、ABYSSとは、封鎖されなければいけないものなのか?



「馬鹿馬鹿しい――」



 迷いが無いのは、この男。

 神宮寺秋斗だ。



「テロリストに正義がある訳無いだろう……この女は戯言を言って人心を掌握しようとしている……君達は、絶対に心を動かされるなよ?」



 吐き捨てる様に、そう言う神宮寺。しかし、ルミナスの代表・御子神輝夜はソレには納得出来ない。他の生徒達も、割り切れてはいない。


 その時、放送内で動きがあった。

 奥から一人の男性が、前へと出て来たのだ。


 背丈は190cmはあるだろうか? 長身痩躯。黒尽くめのスーツに身を包み、首には黒羽のマラボーを下げていた。パッと見、何処ぞのホストみたいな格好だが、本人の顔付きは至って地味である。歳は30代後半かな? 目の下の隈と良い、苦労人な雰囲気を感じさせる。



『……どうも。魔種混交・自存派の代表をしています、レイヴンです……彼女、狂流川さんには僕等の活動を手助けして貰っています……本来であれば、僕の口から事のあらましを説明した方が良かったのだと思いますが……生憎と口下手でして……本人の強い希望を受けて、こういった形になりました』



 淡々と、マイクで説明するレイヴン。口下手というか……華が無いというか……狂流川自身がスピーチを行ったのは正解だったのだろう。



『僕は鳥の魔物との混交です……こんな暑っ苦しい格好をしているので……分かり難いかも知れませんが……スーツの下には翼が生えています……当然、人間社会では生きていけません。魔種として産まれ……研究所で隔離されて生きて来ました……こんな事は氷山の一角なんです。日本にはまだ……解放されていない魔種が存在します……この放送を観ている貴方も……例外ではありません。魔素は身体に蓄積する……何れは貴方の子供も……孫も……魔物の様な肉体を持って産まれてくるのです……この、忌まわしいABYSSに頼り続けていれば――必ず……』



 ……言っている事は、最もだ。


 実際に、この世界は詰んでいる。ABYSSによって様々な恩恵が得られたのは確かだ。石油や天然ガス等の一次エネルギーは、二次エネルギーである電気やガソリンに変換しなければならない。そこでコストが生じるのだが――新たに見つかった三次エネルギー。魔素は、そのままの状態で意思伝達をし、最大効率で行使する事が出来る。人体に有害なのは分かっているが、人は利便性を捨てられない。恩恵に依存させられているから、決して、ABYSS探索を中断出来ない。ましてや、ABYSSの放棄なんて以ての外だろう。この世界の人類は、何れ滅びると分かっていても突き進む事しか出来ないのだ。



『……"自存"という、言葉の意味を知っていますか? 他の物に頼らず、自分自身で生きて行く事を指します……僕達は、ABYSSから卒業しなければならないのです……!』


「巫山戯た事を……ッ」



 心底不快そうに、神宮寺が舌打ちをする。

 

 コイツの目的は僕も知っている。ABYSS攻略を第一とする神宮寺にとって、アンチABYSSとも言うべき魔種混交の代表・レイヴンとは、反りが合わなくて当然だろう。



『ABYSSから放たれる魔素は、階層更新を進めて行く度に、強くなっていきます……! 日本は世界で一番ABYSSの深部に近付いている……! もう、一刻の猶予はありません……!!』



 レイヴンは腕を振り上げて演説する。随分と感情が篭っている。もしや、このタイミングでの決起の理由はソレが要因になっているのか?



『僕達の研究結果では、ABYSSの最深部。100階層を攻略した時、人類は死滅すると出ていました。これは……大袈裟な話ではありません! 実際にシミュレートして出た結果なのです!』


「……し、死滅……?」


「そんな事、言われても……」


『……』



 いきなりな話に、この場に居た全員が押し黙ってしまう。魔種混交のレイヴンは――嘘は言っていないだろう。実際にABYSSを攻略して世界を滅ぼした張本人が、僕の隣に居るからだ。



『……故に、強硬策を取りました……ッ』



 レイヴンは、自身の行いを悔いる様に。固く瞼を閉じ、腕をプルプルと震わせている。硬直してしまった彼の代わりに、後ろに控えていた狂流川が、再びマイクを取り出した。



『京都御所への襲撃……並びに帝様の拉致☆ でもでも! 幾ら日本の象徴だと言っても、こ〜んな肉塊じゃあ、切り捨てられてもおかしくないよね? 念の為にぃ、皇太子の天樹院君や、神奈毘の巫女である御子神千夜ちゃん! アカデミーの生徒を多数人質に生け捕ってま〜すっ♪』


「!」


「千夜さん……やっぱり!」



 スポットライトが当たった先には、御子神千夜と、攫われた1年生達の姿があった。彼等は一様に手枷をされ。猿轡を噛まされて、その場に連行されていた。


 ……いや、おかしくないか?


 何故、岩戸島で攫われた千夜が、既にアカデミーへと辿り着いているんだ?


 時間からして有り得ない。この辺の事象を上手く調べられたら、魔種混交への反撃の糸口が見付かるかも……?


 ……思考を横にやり、今は放送に集中する。



『こっちの要求は簡単だよっ☆ まずは〜全国の魔種混交を解放する事! それと、政府は今までの行動を謝罪する事! ……賠償金はぁ、百兆円くらいあったら充分かな〜? 最後はABYSSの権利放棄!! こっちは念書を用意して来てねっ! あとあと! Me'y達への攻撃はNGだよ! 大人しくしなかったら、人質を一人ずつ殺しちゃうから気を付けてね☆ 交渉は三日間で行うから。それまでに今言った三つを用意しとくことっ☆』



 ……何だ?


 何か違和感があるな、この要求?

 僕の気の所為だろうか?



『それじゃあ、色良い返事を待ってま〜す♪』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る