第239話 崩壊配信


 生存者の救助は、僕と彼が受け持つ――


 そう言って現れたのは、いけ好かない金髪優男の神宮寺秋斗だ。この場合"彼"というのは僕の事を指すのだろう。奴に指図されるのは納得がいかないが、目の前で死に掛けている連中を放置する訳にもいかない。僕は神宮寺に頷きつつ、倒れた神崎達へと駆け寄った。



「神宮寺さん、その、あの人は――」


「分かっている。石瑠翔真であり、石動蒼魔でもある男――だろう? ……僕と彼は、少々付き合いが長くてね。心配しないで良い。君は大人しく休んでいると良いさ」


「は、はい……」



 背後からは、そんな声が聞こえて来た。


 全く、何をやっているのやら……?


 思いながら僕は、自身の魔晶端末ポータルから高級回復薬を取り出した。危機的状況下で、信じられるのはコイツだけ、ってね?



「う、んん……」


「大丈夫か、神崎! 神崎……!!」


「――」



 一瞬、意識を取り戻したかの様に思えたが、神崎から返事は無かった。受けた傷が大き過ぎたのだろう。肉体が治癒を優先しているのだ。


 それから僕と神宮寺は、東雲やルミナスの二人に応急手当てを施した。特にダメージが大きかったのは、プロ探索者の二人だ。治療をするのが遅かったなら、命を失っていてもおかしくはなかった。それくらいの重症だ。



「神宮寺――他の皆は?」


「此処が最後だ。後は一通り回って来た」


「――姉貴? 姉貴ィッ!?」



 遅れてやって来たのは、通天閣歳三と幽蘭亭地獄斎。後一人は……確か、西園寺六朗だっけか? コイツらも無事だったのか。神宮寺の口振りから、奴がコイツらを救ったのかも。所々負傷はしているが、命に別状は無いみたいだね?


 気絶した姉に、付き添う通天閣。

 西園寺も無言で佇んでいる。


 幽蘭亭は、負傷した体を押しながら僕等の方に近付いて来た。動けるとはいえ、その顔色はすごぶる悪い。彼女も大変だったみたいだね?



「……アンタ石動蒼魔か? アンタが此処に居るっちゅー事は、戻りの船が停泊しとんのか?」


「戻り? いや、そういう訳では……」


「なんや。そんなら、ウチの勘違いか。……全く、とんだ臨海合宿になってもーたなぁ?」


「……」



 その場に座り込む幽蘭亭。


 何て声を掛けたら良いのか分からない僕は、そのまま神宮寺の方へと視線を向ける。



「――来たか」


「え?」



 怪訝に思った僕だが、すぐに言葉の意味を理解する。神宮寺の視線の先には、御子神輝夜と相葉総司の姿があった。無事だったのかと喜ぶ僕だが、彼等の暗い表情を見て、声を掛けるのは抑えてしまう。



「――さて、戦況報告をしよう。岩戸島を襲った敵は六人。何も国家転覆を狙ったテロリストと思われる。施設に常駐していた特機の人間は一部を除いて全滅。アカデミーの教員数名は意識不明の重体となっている。また、学生達は八割程保護したが、一部の生徒は行方不明。恐らくは敵に拉致されたと見て良いだろう」


「無事な人達は?」


「寮舎区画に置いて来た。八尾比丘尼のメンバーを護衛に付けているから、何かあったとしても、すぐに僕が駆け付けられる」



 神宮寺の説明を聞くと、輝夜さんの険しかった顔が、幾分か和らいだ様だ。



「指揮官と思しき翅付きは僕が葬った。他にも、地中にて生徒達を攫っていたアントリオンと呼ばれる化物や、船を破壊したナザリィと呼ばれる化物は、この手で退治している」


「……ウチらも気張ったんやけどなー? 最後の一手は神宮寺さんに決めてもろうたわ」



 あっけらかんと言う幽蘭亭。

 軽い言葉とは裏腹に、実に悔しそうだ。



「私達を襲ったキンキっていう怪物は、そこに居る蒼魔が倒してくれたわ……」


「――石動、蒼魔……」



 皆の視線が、僕へと集中する。

 大半の感情は"困惑"だろう。


 まぁ、それも仕方が無い。


 船に乗っていなかった人間が、何故か孤島に現れたんだ。怪しむなというのが無理だろう。



「……彼は僕の協力者だ。この臨海合宿にも秘密裏に参加してくれていた」


「それは、本当なのですか……?」


「嘘を付く理由が見当たらない。実際に彼は敵の一体を倒してくれてるしね。秘密にしていた理由は、輝夜様には分かるんじゃないかな?」


「引き抜き対策……ですか?」


「その通り。ルミナスもマイティーズも、彼を引き抜くのに躍起になっていたからね。彼の存在を知らせるのは止めとこうと思ったのさ」



 神宮寺の奴……尤もらしい嘘を吐く。ま、この場合は助かったから良いけれど……。



「あの、神宮寺さん……私達は、襲撃して来た敵の六体の内、四体を倒してるって事ですよね? 他の二体は何処に……?」



 心配そうに訊ねる紅羽。

 神宮寺は、頷きながら説明を続けた。



「転移施設に向かったのは掴めている。恐らくはABYSSの中に逃げ込んだのだろう」


「……千夜さんも、連れてかれてしまった。俺の力が足りなかったばかりに……ッ!」


「……」



 悔しそうに呻く相葉。薄々分かっていたが、やはり千夜は攫われてしまったのか。


 だとすると、今発生しているイベントは、やっぱりなのだろうか? 原作とは全く違う発生時期だが――そもそも、その原作というのが神宮寺の記憶から来ているものだから、ズレるのも当然なのかも知れない。



「奴等は、ABYSSに逃げ込んで何を……?」


「それに関してなんだが――全員、この画面を見てくれないか?」


『?』



 神宮寺が見せたのは、自身の魔晶端末ポータルの画面だった。そこには地上波のニュースと思われる生放送が流れていた。スタジオ内は慌ただしく、音声すらもブツ切りで良くは聞こえなかった。


 その時――画面が切り替わる。

 そこに現れたのは――



『ハロー皆〜!? ちゃんと見えてる〜♪』


「狂流川……先輩……ッ!?」


『今日はぁ、日本の国民の皆にぃ大大大ニュースをお届けする為に、配信を撮ってま〜す♪』


「な、なにやっとるんや、この人……?」


『Me'yちゃん無事だったんだ! 一体何処に行ってたの!? ……うんうん。聞きたい事は沢山あるよね〜? で・もっ! そんな事は置いといて――まずは私のライブを楽しんじゃおーっ♪』



 言って、ライブ衣装に身を包んだ狂流川が、アイドルソングを歌い始める。


 一体、何なんだこの中継はッ!?

 疑問に思ったのは僕だけじゃないだろう。


 この場にいる全員が。

 日本国民が困惑していた。



「……待って。この会場って……」


「Really? アカデミーの体育館……?」


「――天樹院」


『え?』



 相葉の言葉に、全員が画面内を凝視する。画面端。パイプ椅子に括り付けられた男は、確かに生徒会長・天樹院八房であった。その身体には無数の傷跡が残っている。何者かによって暴行を受けたのは明白だった。



「――待てや。じゃあ、この薄暗く写っとるギャラリーの後頭部は……」


「アカデミーの生徒達……って事!?」


「……微動だにせぇへん。っちゅー事は、コイツらも縛られてるっちゅー事やろう……!」


「気が狂っている……! 何を……一体、何をやっているのですか、この生徒はッ!?」



 狂流川の事を良く知らない輝夜さんは、心底困惑した様にそう言った。アカデミーの学生でも、奴が此処までやるのは予想外だと思うから、外様の彼女がこんな反応になるのは仕方が無い事なのかも知れない。


 コレは、まさか――


 ……嫌な予感がプンプンする。原作にあったメインストーリーの最終イベント。本来ならばその役を担うのは、そこで縛られている天樹院だった筈。――だが、現実はそうではない。



『皆〜! ありがと〜!!』



 歌が終わり、狂流川は視聴者に向かって再び語りかける。漸く、説明が始まるのか……?



『ライブ映像で察してくれた人もいると思うけど〜。此処はね? アカデミーの体育館! 同席しているのは生徒会長の天樹院八房君。それと、2・3年生の皆だよっ♪ 1年生は臨海合宿で欠席中! 残念だよね〜〜?』



 言って、泣いたフリをする狂流川。

 会場の空気は冷え冷えだ。



『……でね? 私が緊急ライブを開いたのには理由があって――ババーン! 今日は! この場で! 日本の闇を暴いちゃおうと思いまーすっ♪』


「……まさか」



 思わず零す、神宮寺。


 他の皆はピンと来ていない様だが、奴だけは嫌な予感を感じていた。



『――皆はぁ、魔種混交って、知ってる〜?』

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