第238話 VS.キンキ=ドウジ③


 ――SIDE:鳳紅羽――



 ずっと、違和感を覚えていた。

 目の前のコイツは何者なのだろう、と。


 確かに、似ていたわよ?


 話し方や考え方。何処か卑屈な性格も、アイツにそっくりだったと思う。接していて、良い奴なんだって事も何となく分かっていた。


 けれど、違う。

 感じた違和感は拭えない。


 認めなきゃって思う自分と。

 認められないって思う自分が同居してた。


 私がコイツを"石瑠翔真"だと認めたなら、本当のアイツはどうなっちゃうの? 誰の記憶からも消えちゃうの? そんなの可哀想じゃない。


 馬鹿で間抜けで。

 卑屈で卑怯で。

 劣等生だけど頑張り屋。


 それが、私の愛した"翔真"なのだから――


 忘れるなんて、絶対に出来ない。


 貴方を翔真だなんて――

 絶対に思えない。


 思っちゃいけないのだと、感じていた。

 他ならない、私だけは。


 絶対に――



「何よ……当たってたんじゃない。私の直感」


「えーっと……驚かない、のか?」



 目の前の男が、困った様に私に問う。


 多分、この状況は彼にとっても計算外だったのだと思う。おっかなびっくりと言った言葉がピッタリな様に、私の顔色を窺っていたわ。


 見た目だけなら、王子様みたい。

 なのに、中身は残念な彼。


 ――石動蒼魔。私を助けてくれたのは、そんな名前の男性だった。



「貴方が、ずっと"翔真"をやっていたのね?」


「え? あぁ――」


「……もしかして、入学式から?」


「――な、何で分かったんだッ!?」



 ……何でって、言われても。


 幼馴染だから、とか。

 そんな恥ずかしい事は言えないわ。



「別に。何となくよ、何となく……それで? 原理は分からないけれど、貴方は翔真と入れ替わって何をしていたの? 本物の翔真は何処!?」


「何処と言われても……此処としか――」


「はぁ?」


「……僕と石瑠翔真は肉体を共有している。ていうか、僕が借りてるって言った方が正しいのか……? 一応本人の承諾も得ているし、その本人だって消えた訳じゃないよ?」


「それじゃあ、出せるの?」


「え?」


「今此処で、翔真に変われるの!?」


「さぁ……? やった事ないから何とも……」


「何よそれ!?」



 石動蒼魔の無責任な言葉に憤る私。成程。この適当さ加減……確かにコイツは翔真に似ているわ……素がこの性格なら、そりゃあ入れ替わったとしても誰にも気付かれないでしょうね?


 私が呆れた、その時よ。



「余裕だな……? 敵を目の前にお喋りか?」


「……何よ、まだ居たのアンタ?」



 突然話に割り込んで来た、キンキとか言う化物。別に、コイツの存在を忘れた訳じゃないけれど、今はそれどころじゃないのよ!!



「威勢が良いな、小娘よ。――だが、依然追い詰められているのは貴様等だ。小童が変身したとして、その事実は変わらない……」


「……って、言ってるけど?」



 私は蒼魔へと視線をやる。



「……アイツがそう思うのなら、そうなんだろう? ――アイツの中ではね?」



 自信満々にそう言う、蒼魔。


 その言葉を挑発と捉えたのか、側で聞いていたキンキからは、殺気が溢れる。


 普通に考えて、恐ろしい相手よ? プロの探索者だって、二人掛かりでやられてしまった。


 けれど、何故だろう。


 蒼魔コイツが負ける姿は想像出来ない。



「――マキシマイザー」



 蒼魔の輪郭が蒼く光る……我道先輩との戦いで見せた、あのスキルを使用したのね?


 一瞬後には、隙が消えていた。

 まるで、スイッチを切り替えたみたい。


 これが彼の戦闘モードなんだわ。

 対峙するキンキも、その違いを感じている。



「――来い」


「――ッ!」



 始まったのは、肉弾戦の応酬。


 素手対金属。


 互いに無手ではあるけれど、圧倒的に不利なのは蒼魔の方。キンキが振るう打突をギリギリの所で躱していたわ。側から見たら防戦一方。けれど、私は知っていた。


 これこそがアイツの手。

 アイツの策な事を。



「……ッ、解せぬ!!」


「どうした、いきなり? 早く攻撃して来いよ」


「貴様、何故手を出さぬ!? まさか、臆したなどとは言うまいなッ!?」


「さぁ、どうだろう? 案外ビビっちゃってるのかも知れないよ? ほら、僕って臆病だしー?」


「戯けるか、道化めッ!!」



 激昂したキンキが、再び身体を【変形】させる。またあの剣の形態になるんだわ!!



「クカカカカカカカカ――ッ!! 貴様の考えなぞ、もはやどうでも良いッ!! 土手っ腹を貫いて、風穴を開けてくれるわァァ――ッ!!」



 目にも止まらぬ速度で、飛んで行くキンキ。



「元気だなー……?」



 対する蒼魔は、相も変わらず呑気だわ。

 本当に大丈夫なのかしら?


 心配になった、その時よ。



「エネルギー充填、80%って所かな……?」


「蒼魔……!?」


「離れてろ紅羽。少し、騒がしくする――」



 飛び交うキンキを意に介さず、蒼魔は腰だめに右拳を構え、を待った。



「クカカカカ――ッ!!」


「!!」



 決着は、一瞬。



「カカカ、カ――カタ、テ……?」


「真空白羽取り。そして――これがァァッ!」


「!!」


「ウルトラ蒼魔パンチだぁぁぁぁぁぁっ!!」



 右手でキンキの刃の先端を掴んだ蒼魔は、そのまま空いた左拳をキンキの背中に叩き込む。


 ――渦巻くエネルギー。凝縮された破壊の力が、一点に解放されて放出する。



「ギ、ギャァァァァァァァァァァ――ッ!!」



 捻れて縮み、膨張した蒼い閃光が、キンキの身体を包み込む。砂浜を抉って出来た破壊の痕跡は、遠くの海を割って行く。降り注ぐ雨を身体に受けながら、私は呆然と蒼魔を見た。



「……まぁ、こんなものかと」


「どんなものよ!? 馬鹿! 規格外!!」



 言いながら、私はその場にへたり込む。

 あの化物。あれじゃ跡形もない無いわよね?


 つまり――終わったって事?


 ……疲れた。腰が抜けそう……。



「そうだ――皆の治療をしなきゃ……ッ!」



 私が立ちあがろうとした、その時。

 横から、聞き覚えのある声が聞こえて来た。



「――いや、君は動かなくて良い。生存者の救助は、僕と彼が受け持つよ」

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