第232話 VS.ナザリィ=クラーケン①


 ――SIDE:幽蘭亭地獄斎――



 なんや、気分悪いわぁ……寒気っちゅうんかなぁ? ゾクゾクっとしたものが踵から背筋まで通る感覚や。今晩はB組の1位決定っちゅーんで目出度い席の筈なんやけどなぁ?


 どうにも調子が出えへん。



「……? 何処へ行く、幽蘭亭?」


「お肉食べないのデスカー?」


「あー……なんや、ちょっと散歩や。適当にその辺、彷徨いてくるわ」


「……何なら、僕も着いて行こうか?」


「いらんいらん! ガキやあるまいし、風太郎は鈴達と楽しんでればええんや!」


「体調不良……という訳では無さそうだな?」


「誰に言ってるんや、鈴〜?」


「オウッ! でしたら、早くに戻って来るデース! ユーランテイは今日の祭りの主役ですからネー。一緒にいないと寂しいデース!!」


「ふ……なんや、主役言うたら個人成績2位の田中も良くやった方やで? ま、ウチには敵わなかったみたいやけどな?」



 ウチが「にしし」と笑ってやると、田中の奴はドリンク片手に「次は負けないデース!」っと、張り切りおった。……ほんま、元気なやっちゃで。会話も程々にその場から離れるウチ。


 適当にぶらつく言うたが、実の所、向かう場所の見当は付いていたんや。


 こう見えて、ウチは陰陽寮の総括やからな? 陰陽師は対魔を生業としとる。せやから普通の人間よりも鼻が効くっちゅー事や。


 数十分は歩いたかなー?


 向かった場所は、帰りのフェリーが停泊しとる岩戸島の埠頭やった。辺りは暗く、人の気配も感じひん。……まぁ、此処までは予想通り。


 此処までは――な?



「……なんでやねん」



 ウチは思わず目を疑った。


 いや、妙な気配は感じとったんよ? それこそ、この臨海合宿では"魔"の気配がギョーさんあった。てっきり、土地柄の問題かと思っとたんやけど――まさかまさかや。



「船、ぶっ壊れとるやん……!? なんや、魚雷でも直撃したんか!? 明日からウチら、どうやって東京に帰れっちゅーんやッ!?」



 まさか「泳げ」何て言われへんよなぁ!?


 うーわぁ……ちゅうか、コレ気付いてんのウチだけ!? 異常過ぎる異常事態やん!?



「――あら? 学生……?」


「……は?」



 声のした方に顔を向けてみると、其処には亜麻色の髪をしたべっぴんが、半裸のまま残骸漂う海の中を泳いどった。なんや、反射する月光と良い、妙に絵になる光景やったわ。ウチが女で良かったわぁ。男やったら心奪われてたかも知れへん。目の前のべっぴんからは、魚類の妖の匂いがプンプンしとる。大人しゅうしとるんやったら、普段みたいに見ないフリしといたるんやがなぁ……?



「流石に、船を潰されたんはアウトやろ……」


「あら? あらあら? もう現状を把握しちゃったの? 聡明な子ね――貴女、私と戦う気?」


「……退路を断ったっちゅー事は、なんや、如何わしい事を考えとるんやろ? 今後どうなるかはさておき、海に囲まれたこの島で、海上に居るアンタを逃すのは得策や無いわ……」



 仮に、替えの船が有ったとして。この女が健在なら、乗っとる間にウチらの船は轟沈されかねんのや。分かり易く、首根っこを掴まれた状況っちゅー訳やな?


 ――なら、ウチが取る行動は一つ。



「アンタを倒して、状況を大人に報告する」


「……へぇ?」


「それが、ウチに出来る最善策や……」


「ウチ? ねぇねぇ、貴女って何て名前なの?」


「はぁ?」



 なんや? 緊張感もない……。



「な・ま・え! 名乗りもしないで戦うのは美しく無いでしょう? 折角、探索者と殺し合うんですもの。お互いに殺した相手の事は覚えておいた方が良いと思うわー?」



 能天気に物騒な事を言う姉ちゃんやな……?


 ――ったく。



「ウチは幽蘭亭地獄斎や」


「ユーラン……え? それって名前……?」


「呪い避けや。陰陽師は言葉に気を遣う。ウチのエセ関西弁も似た様な理由でやっとる事や」


「ふぅーん……? まぁ良いわ。私はナザリィ。ナザリィ=クラーケン。クラーケン種の魔種混交って言えば分かるかしら?」


「魔種……? いや、知らんわそんなん」


「あら。それじゃあ貴女、大した立場の人間では無いのね? 少しガッカリしたわ……」


「――喧嘩売っとるんか、コラ」



 舐めとるなー、コイツ。

 少し、脅したろうかな?



「知っとるかー? 神宮寺秋斗。日ノ本一の探索者。アンタが言う大した立場の人間や。この島に来とるんやで〜? あの男に見付かったら、アンタは一貫の終わりや! どや? 怖いか? ちょっかい掛けたタイミングが悪かったなー?」


「……」


「他にもなぁー、マイティーズのシド=真斗。ルミナスの御子神輝夜が居るんやでー? 襲うタイミングとしては最悪や。魔種なんたら……魔物の類か何かやろうけど、知性があるにしてはお粗末やったなー? ABYSSから誤転移して来たんやろう〜? 逃げ帰るなら今のうちやでー? 他にも強い奴はギョーさん居てはるからなぁ?」


「それって、例えば?」


「へ? 例えば――……まぁ、一年やったら御子神千夜やろうなぁ? 姉はルミナスの代表やし、護衛がおるから披露する機会は滅多にあらへんけど、剣技の方も一級品や言われとるで?」


「へぇ……? 御子神……でも、その子って今はアンが対応してるみたいなのよねー?」


「は? ……アン?」


「――私の仲間。だから悪いけど、もうやられちゃってると思うわよ?」


「仲間やと……?」


「他にも、シド=真斗はネクロが対応してるし、神宮寺秋斗はアントリオンが足止めしてる。御子神輝夜は――さっき、アンの所に向かったみたいだし、時間の問題だと思う」


「じ、時間の問題……」



 なんやコイツ、遠くの状況が分かるんか?


 今の言葉が本当なら、連中、相当に準備して襲って来とるな? 何かの組織……狙いはウチらか? それか、トップクラン!? どちらにせよ、アカン雰囲気がプンプンやッ!!



「ねぇ、他には? 他に強い人はいないの?」


「それは――石瑠翔真とか――」


「あぁ、その子ね……」



 ナザリィとか言う女は、くすりと笑いながら、ウチに衝撃的な事を口走りおった――



「――その子なら、もう死んだわ」


 

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