第229話 VS.アン=ブレラ①
――SIDE:相葉総司――
神奈毘の巫女が、人身御供だと聞かされた時、俺の身体は弾ける様にして、その場から駆け出していた。飛び出して何をするんだ? 彼女に会って何を聞くんだ? 迷い、躊躇いは堂々巡りを繰り返し、それでも俺は足を動かした。
ただ、前へ前へと進み続ける。
砂浜には御子神千夜の姿は無かった。BBQは自由解散だ。もしかしたら、もう寮舎区画に戻っているのかも知れない。
思った俺は、砂浜の反対方向へと駆け出した。走って走って……やがて、岩戸島基地へと辿り着いた頃。
ある違和感に――足を止めた。
「……何だ? 誰かが、呼んだ様な……?」
虫の羽音か? 耳に響いた微かな音。それは、基地施設の検問所から聞こえて来た。
検問所……。
そういえば、何で此処はこんなにも人が少ないんだろう? 教師達だってそうだ。初日以降は誰も姿を見せていない。てっきり、生徒の自主性に任せているのかと思っていたけれど……。
それにしては、徹底し過ぎじゃないか?
「……」
俺は意を決して検問所へと近寄って行く。
音は次第に大きく。
はっきりとその言葉が聴こえてくる。
『タスケテ-』
「……え?」
くぐもった声で、確かにそう聞こえた。
しかし、声の主は見当たらない。
検問所の窓はカーテンで締め切られている。
当然鍵も開いていない。
中も真っ暗だ。電気も点いていなかった。
「この中に、人が居るのか……?」
呟いた瞬間、窓のカーテンが微かに揺れる。
何かが揺らした?
何かが……?
「な……に……?」
思わず、息を呑んでしまう。
それは人だった。
一寸法師の様な、小さな男。
一体何時からそこに居たのか? まさか――合宿中ずっと中に閉じ込められていたのか? 虫の様に小さな男は、俺の姿を視認すると、必死に窓を叩き出した。叩く……と言っても、その姿。矮小さでは、窓には微かな振動も起こせやしない。閉じ込められたが最後、痩せ細った男には脱出する術が無かったのだろう。
一体どうして、こんな事に……?
俺が思った、その瞬間。
「いたいた! こんな所に隠れてたんだねー?」
「!!」
「あーん、可哀想……! 寂しかったよねぇ? 心細かったよねぇ? ――でも大丈夫! 今度はキチンと、失くさない様にしてあげるからねっ!」
緊迫した状況には不釣り合いな、能天気な言葉が横合いから響いた。見れば其処には、黒い帽子を被ったローブ姿の女の子が立っていた。その姿はまるで絵本に出て来る魔女の様。夏場という季節もあって、黒いカラーで厚着をした少女の姿は、ある種異質に映っている。
「えーっと、あったあった」
衣服を探り、何かを取り出そうとする少女。
ローブの隙間から、チラリと見える白い肌。
……もしや、あの中は裸なのか?
不埒な考えが浮かんだ時だ。彼女が取り出した瓶を見て、俺は自身の背中を凍り付かせる。
ソレは――人だった。
ぎゅうぎゅう詰めに入れられた。
小人の小瓶。
「はい、テレポート♪」
『……』
検問所の中に居た小人の男は、いつの間にか少女の小さな手に捕まえられていた。
「今日から此処が、君のお家だぞっと♪」
瓶の蓋を開け、男を中に詰め込んでいく少女。しかし、中身は既にいっぱいだ。もう人一人が入るスペースは無いように思える。
「ほら! 早く入る! んーしょ! んーしょ!」
「や、やめ――ッ!」
指で無理矢理押し入れようとする少女。その蛮行を止めようと俺が声を上げた時だ。
「あ、入った♪」
「!」
プチプチと、底の方の小人を潰しながら、少女は小人を収納した。やりきった表情を浮かべながら、彼女は瓶に蓋をする。
……今,何人が潰された……?
俺は恐ろしくて、指先が震えてしまっていた。目の前の惨劇はこの少女が起こしたのだろう。だが、こんなスキルは見た事がない。聞いた事がない。対処のしようがない。
――怖い。
俺は心底そう思った。
目の前の女紛れも無い外敵だ。ABYSSの外で遭遇した敵。他国のテロリストか? だが、幼女……幼子を他国が使うのか? まだ妖怪変化の類と言われた方が信憑性がある。
俺に、対処出来る問題か……?
だが、現実として接敵してしまっている。
コイツが俺を見逃してくれる手合いなのだろうか……? 分からない。目的が掴めない以上、俺には何もわからない。
今出来る事は、唯一つ――
「!」
「あっ」
――逃げる。逃げて逃げて逃げ捲り――この異常事態をトップクランの誰かに伝えるんだ!
幸い、この島には日本の三大クランが集結している。敵の戦力は未知数だが、彼等が敗れるとは思えない。急いで救援を求めようッ!!
そう、思っていたのだが――
「駄目だよー。逃げちゃ……」
「なッ!?」
俺は、巨大な手に鷲掴みされてしまう。
巨大? 否。違う――
コレは、俺が小さくなっているんだッ!?
「踏まれちゃったら危ないからねー? 安全な場所に仕舞っておこうねー?」
「――う、あぁぁぁぁぁぁ!?」
既に敵の術中だった!?
身体を衣服ごと小さくされた俺は、そのまま少女に宙吊りにされてしまう!!
再び、小瓶の蓋が開く。
下を見ると、先客の男と目が合った。
絶望した表情だ……。
俺もすぐに、あんな風になるのだろう。
ん……?
あの男の顔……何処かで……?
「――あ、相葉総司ィィッ!?」
「――し、針将仲路ィィッ!?」
「!」
驚いたのも束の間。
小瓶に入れられそうになっていた俺は、横からやってきた"掌"に捕まえられてしまう。
じょ、状況が理解出来ない……!!
風圧により視界が閉ざされる中、俺の頭上からは聞き覚えのある声が響く。
「どうやら、間に合ったでござるな?」
「き、君は――」
「相葉殿! 御無事ですか!?」
「千夜さん……それに、鶯君!?」
現れたのは1-Aの級長・御子神千夜と、彼女の護衛である鶯卍丸だった。
た、助かった……。
だけど、何故此処に?
俺の疑問を察して、千夜さんが口を開いた。
「神奈毘の巫女である私は、魔の気配には敏感なのです。合宿中、邪なる気配を何処かから感じていましたが――その正体は、貴女ですね?」
「神奈毘の巫女ぉ……? あぁ! アナタがそうなんだ!? へぇ〜! 可っ愛い〜♪ 丁度女の子の小人さんも欲しかったんだよね〜〜♪」
「……小人?」
「千夜様。問答は無用かと……あやつ、私見でござるが――かなり危険かとッ!!」
「……どうやら、その様ですね」
鶯君から、千夜さんへと手渡される俺。この小さくなった身体を見て、彼女は痛ましい目を向けていた。俺の事を心配してくれているのだろう。有難いが……しかし、胸中は複雑だ。
「アヤツ〜? 違うよー? 私は自存派北海道支部のアン=ブレラ!! 傘の魔物の混交なの! 今日は〜、お友達がい〜っぱい出来て、本当にハッピー♪ 皆で魔女のお茶会を楽しもうね〜♪」
「……気狂いでござるか。厄介な……」
両手にクナイを逆手に構え、アン=ブレラと名乗った少女と対峙する鶯君。
二人は――直後に激突した。
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