第228話 襲撃の予感


「今回は負けちゃったけど……でも、次は必ず勝てるさ! まだまだ対抗戦はいっぱいあるんだ。皆と力を合わせて頑張ろうっ!」


「……前向きだねぇ、君は?」


「お前が居るから前向きになれるんだよ。これからも頼むぜ、リーダー?」


「これからも、か……」



 世界は崩壊する――

 この日常も、何時かは終わるのか――?



「……」



 僕は、思わず黙り込んでしまう。



「……何だか、寂しいよな?」


「え?」


「臨海合宿だよ。名残惜しいんだろ?」


「あ、あぁ……」



 何だ、ソッチか。

 相葉の言葉に、内心ドギマギする僕。


 動揺を悟られるのも面倒だ。

 何か、別の話題を振っておこう。



「――そう言えば、結局ルミナスとは関われなかったね? 相葉って、最初はアッチの教導を希望してたんだろう?」



 クランを選択する際に、ジャンケンで紅羽に負けたんだっけか? 何にせよ、朴念仁の相葉が女性ばかりのクランに興味を持つのは珍しい。



「少し興味があったってだけさ」


「ふーん」



 然程興味の無い僕は、気の無い返事を返していた。話題は変えられたし、後はもうどうでも良い。そう思っていたのだが――



「なぁ、翔真……? お前、"神奈毘の巫女"って知ってるか?」


「神奈毘の巫女?」



 どうやら、話は続くらしい。


 神奈毘の巫女……神奈毘の巫女……はて、何処かで聞いた事がある様な……?


 考え。


 ややあってから、僕は思い出す。



「確か――御子神の家系の話だろう?」



 鎌倉時代に生まれた御子神の一族。ABYSSから放たれる"邪"を祓う為の巫女の事を言う。


 此処までの情報はストーリーガン飛ばしの僕よりも、現地人である相葉達の方が詳しい筈。


 相葉の奴は、何が言いたいんだ?

 僕が怪訝に思った時だ。

 相葉は躊躇いながらも口を開く。



「……俺ってさ。実は昔、公家だったんだ」


「へぇ?」


「……あんまり、驚かないのな? もしかして、天樹院から何か聞いていたか?」


「いや、単純に興味ない」


「あぁ、そう……」



 相葉は悲しそうな顔を見せる。


 いかん。少し正直過ぎたか? もうちょっと、オブラートに包むという事も覚えなければな。


 僕は内心で反省した。



「公家だから……同じく朝廷に出入りしていた御子神の話は、良く聞いていたんだよ。俺の親父は言っていた。『神奈毘の巫女は過酷な運命を背負わされている』――って。アレってどういう意味だったんだろう。今更ながら、気になっている自分がいるんだよ」


「それを、何故僕に?」


「翔真って、色んな事に詳しいだろう? もしかたら、何か知ってたりしないかなぁって……」



 おいおい、相葉さんよ……。

 僕は便利な猫型ロボットじゃないんだぞ?


 何でもは知らない。

 興味がある事しか、覚えていないんだ。


 とはいえ、態々僕を頼って来た奴をガッカリさせるのは忍びない。


 何とかこう……設定を思い出さなければ。

 僕が頭を捻っている時だ。


 ――横合いから、嫌な奴がやって来た。



「神奈毘の巫女は"邪"を祓う――邪とはなんだ? それは、ABYSSから漏れ出る魔素の事を言う」


「神宮寺――」



 突然現れた神宮寺は、焼いたトウモロコシを手に持ちながら、淡々と説明を続けていく。僕の方には一瞥もない。完全にガン無視である。



「階層主を倒す度に、ABYSSからは一定の魔素が漏れるんだ。漏れた魔素は下界に漂い、やがて異形を生み出して行く……神奈毘の巫女の役目とは、この魔素を"濾過ろか"する事なんだよ」


「濾過……ですか?」


「そうさ。漂う魔素を体内へと取り込み、無害な物へと濾過していく。この一連の作業を、過去の人間は"透塔神波流邪すけとうかんばるじゃ凶禍祓きょうかばらいの月産みの儀"と呼称した」


「――」


「儀式は10年周期で行われる。丁度今年がその10年。前回は5歳の千夜ちゃんを巫女にして行ったらしい。代償として、彼女は視力を失った」


「な――ッ!?」


「魔素って人間にとっては毒なんだよ? それを体内に留めるんだ。しかもその量は膨大。肉体に影響が出るのは当然だろう?」



 聞いてから思い出した。

 確かに、そんな設定だったと思う。



「神奈毘の巫女とは、言ってしまえば人身御供なんだよ。だから、姉の輝夜は出奔したんだ。アイツは自分の命が惜しくなって、妹に巫女の役目を押し付けたんだよ。しかし、妹は健気だった。それでも自分の責任を果たそうとしている……今年死ぬかも知れないと分かっていても、彼女は決して逃げないのだろう……」


「――ッ!!」


「あ! 相葉ッ!?」



 駆け出した相葉を追おうとした時、後ろから神宮寺が「放っておけ!」と、声を荒げた。


 溜まらず、神宮寺へと振り返る僕。



「お前、何であんな事を――!?」


「気付かないのか……? つくづく度し難いな、石動蒼魔……アレは千夜に惚れているぞ。分かり易く言うと、ルートに入っている。真実を伝えてやらない方が酷だろう……」


「相葉が、御子神に……?」


「此処まで察しが悪いと、流石に苛立つな? お前の鈍感はスキルの所為じゃない。お前自身が他者に興味を抱いていないから、気付ける事にも気付けないんだよっ!」


「う……」


「仲間だろ? 少しは関心を抱け! そんなんだったらお前、いつか絶対に後悔するぞッ!?」


「……」



 ムカつく。ムカつくが、しかし……正論なのは確かだった。コイツの事は嫌いだけど、正しいと思った言葉は受け入れた方が良いだろう。



「分かったなら、さっさと追い駆けろ!!」


「お前、さっきは追い駆けるなって……」



 言ってる事が違うんだがッ!?

 何なんだこの気分屋は!?


 抗議の声を上げる僕に、神宮寺の奴は口元に手をやりながら、思案した顔を見せる。



「……今、嫌な予感がした」


「は?」


「……パッシブ・スキルの【第六感】が、僕に囁いている。警戒しろ――ってね……」


「お前、そんなものまで取ってたのか……」


「分からない。分からないが――経験から言って、コレは敵襲だろう」


「――ッ!」


「何らかの脅威が近付いて来ている。君はさっさと相葉総司と合流しろ」


「……お前は?」


「僕は浜辺の生徒を集める。大部分は現地に残っていると思うけれど、全員が居るかどうかは微妙だな? 安全を確保したら、僕も各地に移動する。それまでは君が率先して動くんだ」


「な、何で僕が……?」


「他に頼れる戦力がいないからね」


「ルミナスやマイティーズは?」


「所詮NPCだ。強いと言ってもプレイヤー程ではない。期待するのは止めておけ」


「……分かった」



 ――神宮寺の言う事が、全部勘違いなら良いんだけどな?


 思いながら、僕はその場から駆け出した。


 嫌な予感は、僕自身も感じている。


 何故かは分からないが――匂うんだ。


 人ならざる者の匂い。


 魔種混交が――この島に来ている。

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