第223話 最先端な男


「――げ、嫌な奴がやって来たよ……」


「……」



 神宮寺がこの場にやって来た事により、場の空気が張り詰める。あからさまに嫌そうな顔をするシド。分け隔て無く誰にも優しい印象だった輝夜が、キツく唇を結んでいるのは意外だった。……何と言うか、既視感のある嫌われ具合だね? まぁ、奴に関しては同情はしないけど。


 ――ていうか、ヤバくね?


 石瑠翔真の話だと、僕と神宮寺秋斗は不倶戴天の敵であり、接触=死。みたいな印象なんだが……対面しちゃって、大丈夫そう?


 警戒する中、神宮寺の奴はツカツカと踵を鳴らしながら、此方へと近付いて来る。シドの嫌味も。輝夜の圧も。奴には一切効いていない。


 此方のすぐ近くへと寄って来た奴は、僕の顔を見るなり、爪先から頭のてっぺんまでを不躾にジロジロと観察し始めた。



「……至って普通、か……」


「おいおい、一体何だってんだ!?」



 邪魔されたシドが、不機嫌そうに神宮寺へと突っ掛かる。対する奴は見向きもしない。



「――やはり感じない……か」


「おい、神宮寺!!」


「!」


「――のわッ!?」



 焦れたシドが神宮寺の肩を掴んだ時。奴は身体を回転せながらシドの背後を取り、足を引っ掛ける事で、シドをその場に転がした。



「お痛ってッ!? ……て、テメェ!?」


「――あぁ失礼、ゴミかと思った。まだ居たんだね? てっきり、己の無様な行為を振り返って、この場から退散したと思っていたよ」


「無様な行為だと……!?」


「国を代表するトップクランの二人が、学生相手に何を本気になってるんだい? それも二人掛かりで詰問とは……此れを恥と思わぬのなら、その感性こそが恥と知るが良い……」


『!!』


「問い詰めていた内容は、どうせ石動蒼魔に関してだろう? 他力本願とは情け無い……」


「……そういう貴方とて、彼の情報を欲していたのでしょう?」


「此方にもプライドはある。仮に欲していたとしても、無理矢理聞き出す様な真似はしませんよ。何より……無様でしょう?」


「神宮寺……前から思っていたが、テメェ、アタシらに喧嘩売ってんのか?」



 ルミナスの代表を馬鹿にされた事により、通天閣藍良が殺気立つ。



「喧嘩とは――同じレベルの者としか発生しない現象だよ? 君達とでは無理だ」


「――上等ッ!!」


「藍良さん!?」


「――槐も援護するっ!」


「おい、嬢ちゃん達!?」



 止める暇も無かった。


 通天閣藍良と、えんじぇと名乗った女性が、神宮寺の元へと駆け出した瞬間――


 彼女達は、揃って地面に倒れ込んでしまう。



「なッ!?」



 最初に疑問の声を発したのは、誰であろう倒れた当人である通天閣のお姉さんだ。何をされたのか分からない。脱力して動かぬ肉体。隣で倒れた槐も同様である。側から見ていた輝夜も、マイティーズの代表、シド・真斗も目を白黒させて驚いている。そのカラクリに気が付けたのは、その場では僕だけだった――


 ……成程……音波か?


 二人が駆け出した瞬間、神宮寺は自身の魔晶端末ポータルから己の弓を取り出し、弦を光速で弾いて見せた。生じた真空波が鼓膜に伝い、彼女達の三半規管を狂わせたのだろう。簡単に原理を語っているが、相当人間離れした芸当だというのは言うまでもない。


 やはり神宮寺秋斗――只者ではないか。



「……君達が僕に勝てる訳無いだろう? 無駄なんだから、止めてくれ」


「くっ……!」


「二日目の訓練教導なんだが――石瑠翔真カレの面倒は、僕が見る事にしたから……」


「は!?」


「な、何言ってんだ、テメェッ!?」



 神宮寺の唐突な言葉に、僕は勿論、教導予定にあったシド・真斗が異議を叫んだ。



「いけないかい?」


「あ、当たり前だッ!! ソイツはウチを指名してたんだよ!! 教導の途中からクランを変更するなんて……そんな勝手が許されっか!!」


「――しかし、何事にも例外はある。そこの彼は初日の教導を病欠していたんだろう? なら、教導の途中という言葉は使えないねぇ?」


「……言葉遊びでもしてんのか? だとしても、アカデミーに雇われているお前が、勝手に生徒を引っ張って来んのはおかしいだろうが!!」


「――アカデミーの生徒には、教導を受けるクランを選択する自由が与えられています」


「そうだぜ! でもって、ソイツはマイティーズを選んだんだ! 八尾比丘尼はお呼びじゃねぇってよ!? 振られてんだから大人しくしてろ!」


「……さて、それはどうかな……?」


「なにぃ……?」



 言って、神宮寺は僕へと向き合った。

 他の人間には聞こえない様。


 それは、小さな声量で発せられた。



「……聞きたい事があるんだろう? なら、僕と一緒に来い。君が……誇りあるレガシオン・センスのランカーだと言うのなら……このゲームを……本気でプレイしていた人間ならば……逃げ隠れなど、決してするな……いいな?」


「――ッ!!」



 ――コ、コイツ……ッ!!


 上手い事言うじゃないか。そう言えば僕が断れない人間だと分かっているという事か?


 卓越した技量。

 豊富な知識。


 そして――レガシオンへの愛。


 まさかコイツ……世界ランカー!?


 だとしたら、この熱量にも説明が付く。


 僕の知ってるランカーで。

 僕並みの技量を持ち、

 僕並みの熱量を有するプレイヤー……!

 

 まさか――


 まさか、コイツの正体って……!?



「……決まりだな」



 勝ち誇った笑みを浮かべる神宮寺。



「はぁ? な、何で――!?」


「彼の事は僕が受け持つ。これは当人の希望だからね? 反対意見は許さないよ?」


『――』


「……大体、君等の教導はナンセンスなんだよ。何が"稼げる手法"だ。マイティーズは昨日、生徒達をABYSSに連れて行ってたよなぁ?」


「お、おぅ……それがどうしたよ!?」


「内容は、換金率の高い資材のレクチャーか? そんなものを1年生に教えてどうする? マイティーズの末端で金稼ぎをさせる為の訓練か? 情報というのは適切な場面で適時開示しなければ身にならない。君等のやっている事は、小欲を満たして、人間を怠惰にさせているだけだ。才能の芽を摘んでいるに等しい愚行だと、良い加減気付けッ!!」


「ぐ……ッ」


「シド様……」


「ルミナスも他人事じゃないからなぁ!? 何が求道だ! 訓練内容を調べたぞ!! 生徒一人一人の適性を見ずに夜間下山中の襲撃に対処しろだと……!? こんなクソ訓練で評価点を下げられた生徒は哀れで仕方が無いぞッ!!」


「私達の教導に、不満がお有りですか……?」


「むしろ不満しか無いねッ! 幾らなんでも大雑把過ぎる!! 君達は高々数十名の生徒達の能力調査すらしていない!! 長所を伸ばすとか、短所を補うとか、そういう事を一切せずに、いきなり戦闘訓練だ! しかも夜間! 夜間で何を学べと!? 勘違いした先輩気取りの教導程、無意味な訓練は無いだろう!!」


「……私達は皆、同様の環境に身を置く事で心身を鍛えて参りました! 私達のやり方を、貴方に否定される謂れは有りません!!」


「僕が否定しなかったら、誰が否定するんだよッ!? 前時代的なやり方を若者に強いるな! それで潰れた才能だって幾つかは居た筈だ!!」


「それは、自然淘汰……!!」


「済ますなァ!! 一言でェッ!!」



 神宮寺は足元に倒れたルミナスの二人を強制的に吊るし起こし、襟を掴んで立たせてやる。



「事実として――僕はお前らより強い」


『!!』


「何が求道だ。本当に強さを求めるのなら、今すぐ階層主と戦って来い! お前らがやっているのは唯の自己満足なんだよッ!! 身体を痛め付けるのが大好きなマゾヒスト……でも、命を失うのは惜しいんだよな? だから、何時でもどんな時でも先を行く僕の後追いしかしない……」


「それは……ッ」


「責務を全う出来ぬ屑め! 探索すら半端なら、お前が妹の代わりになれば良かったんだよ!」


「――」



 襟元から手を離す神宮寺。時間経過で回復したのだろう。蹌踉めきながらも、二人の女性は自身の足で立ち続ける事に成功する。


 ……何だか良く分からないけれど……神宮寺の奴は、随分と鬱憤が溜まっていたらしい。ルミナスとマイティーズの面々が、お通夜の様に暗く沈んでしまっていた。



「……君達には、散々苛々させられたが――しかし、それも今日で終わりだ」



 言って、神宮寺が僕を見る。

 釣られて、他の面々も僕を見る。



「……え?」


「次に、ABYSS攻略の最先端を走るのは彼だ」


『……え?』


「――指を咥えて、見ているが良い……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る