第221話 秋斗の目的


 ――SIDE:神宮寺秋斗――



 午前7時。


 人気の無い談話室の席に座りながら、各生徒の成績をノートへと纏めていく僕。果たして次代を担う探索者は現れるのだろうか? 雛でも卵でも構わない。その片鱗を感じさせてくれる"人間"が現れるならば、僕はそれで充分だった。



「……しかし、妙だな?」



 岩戸島基地に立ち寄ったのは、今年で3回目だ。例年に比べ、中の人員が少な過ぎやしないか? セキュリティが上がるという事は、同時に配置する人員も精査されなければならない。敢えて人員を減らしているという事か? 確かに、基地の設備は殆どが自動化されていた。


 ――だが、何故だろう? 僕の第六感は「そうではない」と言っている。



「生徒数100。教員数20。探索者30か……」



 人工島へとやって来たのは、合計150人。


 念の為、この数字は覚えておこう。



「常在戦場……プロの探索者ならば、僕が指摘しなくとも分かるよな……?」



 ――というか、分かれ。


 何の為に僕がトップクランとして芸能活動をやっているのか……どういう気持ちで攻略情報を流しているのか……良い加減、気付け。


 権力を得るなら朝廷の言う事だけを聞いていれば良いのだ。雑事を向かわせず、探索に専念させてやっているというのに、階層更新をせず、挙句、僕の情報はいらないだと? お前ら探索者失格だ。探索しない探索者にどんな価値があるっていうんだ!? 妹がどうこう、外交がどうこう、だったら探索者なんて廃業してしまえッ!


 ……僕が攻略しても、意味が無いんだよ。


 また、世界を彷徨う事になる。


 仲間も作れず。


 たった一人で、また!!


 ………………孤独は嫌だ。


 一人でも大丈夫だなんて、嘘だ。


 皆、嘘つきだった――


 僕は、そんなに強くない……ッ!



「……」



 僕は自身の魔晶端末ポータルの画面をスクロールし、現在最下位の生徒へと注目する。


 ――石瑠翔真。


 僕の勘が正しければ……というか、確実にコイツが石動蒼魔なんだよなぁ?


 不穏分子なのは間違いない。

 しかし、その行動が謎なのも事実だ。


 数千……いや、数万年を生きた僕が昔の記憶を失っている様に、コイツも記憶障害を発症していると見た方が自然だろう。


 ……利用、出来るか?


 腕が良いのは間違いない。僕よりは劣っていたが、前の世界ではランキング3位だった男だ。


 大事なのは――


 "超越者"か、そうでないのか。


 その一点だろう。


 アイツがレガシオン持ちなら、100階層に辿り着いたとしても意味がない。既に同類になっているって事だからな? しかし、解せないのは石瑠翔真の肉体を使っている事だ。明らかに他の連中とは違うのに、奴には"世界のルール"が適用されていると見て良いだろう。


 やはり、レガシオンを持っていない……?


 しかし、仮にアイツを"超越者"にしたとしても、僕の言う事を聞くかどうかは微妙だな?


 僕自身、アイツの事は嫌いだし。まぁ、完全な孤独になるよりはマシって所かな?


 本命はやはり――



「鳳紅羽……」



 彼女だろう。


 どうにかして、彼女を100階層まで連れて行きたい。同一存在による肉体の乗っ取り……その成功例が身近に居たのだ。ならば、"彼女"の意思を鳳紅羽に植え付ける事も可能だろう。


 黄泉の皆が"世界"に取り込まれる瞬間――僕は彼女の魂を自身の口の中へと隠した。同一存在である鳳紅羽。彼女に接触出来たのは偶然だ。塔から飛び出した一体の異形――彼がいなければ、僕は紅羽の存在に気付かなかっただろう。


 全ては必然か。

 運命か。


 口付けにより、彼女の魂は紅羽の体内へと移動した。弱々しく今にも消えてしまいそうな、微かな魂。だが、今では充分その力を取り戻せた筈だ。僕は敢えて紅羽に接触し、何度も何度も覚醒を促していた。未だ意識は表出化していないが、それも時間の問題だと思う。


 八尾比丘尼の神宮寺秋斗、か――


 八尾比丘尼……日本の民間伝承だ。人魚の肉を食べた事により、女は不老長寿を得て比丘尼となる。様々な人の死を看取り、八百歳を生きたという。……あの日あの場で、鳳紅羽は僕の事を"八尾比丘尼"の"神宮寺秋斗"と呼んでいた。事実はまるで違ったのだが――正直、その名は運命的だと思ったね。


 僕は神宮寺秋斗に成り代わった。

 本物は当に死んでるよ?


 一人の少女の勘違いから、全てを奪われる羽目になるとは、本物の秋斗も思うまい?


 顔を変え、姿を変え、性格を変え――


 別人になりきる。


 ロールプレイは得意なんだ。


 しかしまぁ……誤算だったのは、その地位の自由の利かなさだろう。こんな事なら、僕もアカデミーの学生として紅羽の近くに居れば良かった。今からでも変更は出来るけど、そうした場合、神宮寺秋斗この身体をどうするかが問題なんだよな? 結局は現状維持。まぁ、探索者の先輩として、彼女に接触する事は出来るんだし、そう悲観する事でも無いのかも知れないね?



「残された時間は僅かか……? だけど、だからこそ何気ないこの日常を、この一瞬一瞬を、大切にしなきゃいけないんだよな……?」



 石瑠翔真も、一度接触してみるか?

 可能性があるなら、全て試そう。


 

「レガシオン・センスのトッププレイヤーとして……恥じない行いをしなければな……」

 

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