第219話 臨海合宿・二日目


 ――目が覚めたら、見知らぬ場所にいた。



「何これ……? 何処此処……?」



 飾り気の無いベッドから起き上がると、僕は室内を見渡した。天井にはカーテンレーンが吊り下げられており、同様のベッドが三台設置されている。正面に設置された背の高い薬品棚を見るに、どうやら此処は医務室らしい。医務室に寝かせられているという事は、僕は熱中症か何かで倒れてしまったのだろうか?


 ズボンのポケットを探ると、そこには自身の魔晶端末ポータルが納められていた。魔晶端末ポータルを取り出し、現在時刻をチェックする僕。



「……朝の6時?」



 いやいや……。

 随分とタイムスキップをしてしまったね?


 臨海合宿の初日だよ?

 殆ど、寝て過ごしてしまったじゃないか。



「最悪だな……」



 皆は何処にいるのだろう? まだ此処の地理も分かって無いってのに、何だってイベントスキップしてんだよ?



「兎に角、移動してみるか……」



 此処に居てもしょうがない。思い立った僕は、さっそく医務室から出て行った。





 辺りを散策して数10分。どうやら僕の居る場所は、岩戸島基地の寮舎区画と呼ばれている場所らしい。朝の6時。早起きではあるが、活動を開始している人間が出てきてもおかしくはない時間帯だ。誰とも擦れ違わないのは、単に施設内に居る人間が少ないからかも知れない。


 施設内はオートメーション化が進んでいた。殆どの雑務は機械がやっているらしい。人の姿は無いが、廊下を進む清掃ロボットは良く見掛けていた。全体的に無機質な印象だ。


 皆は個室に泊まっているのだろう。


 入り口前までやって来たが、パスワード付きの部屋の扉がズラリと並んでいたので、そのまま僕は引き返していた。


 やる事も無いので、今は食堂へと向かっている。これまでに擦れ違った人間はゼロだ。本当は誰もいないんじゃないのかな? 僕が思ったその時だ。食堂に近付くに連れ、微かな物音が聞こえて来る。食器の重なる音と、話し声。人の気配がそこにはあった。



「此処もか……」



 食堂へと入ると、僕は立ち並ぶ自販機の山に思わず圧倒されてしまう。……成程。此処も自動化されているのか。自販機の種類は様々で、ラーメン、カレー等の主食系。たこ焼き、ポテト等のスナック系。栄養を考えた野菜ドリンクに漬物さえも完備されていた。


 此処まで徹底されると、逆に良いな。

 未来感があるわ。


 そうして、先客は各教室の生徒達……か。



「……早いな、翔真。身体の方は平気か?」


「――身体? あぁ、大丈夫大丈夫」



 ……身体が、どうかしたのかなぁ……?


 良く分からないけど、僕は反射で手を振っていた。コミュニケーション能力が欠如している僕は、相手に問い返すという行為を億劫がって省いてしまう。悪い癖だというのは分かっている。相手の言ってる事が分からないのに、分かったフリをするから会話の内容も薄くなる。治せるなら治したいのだが、癖になっているから、つい出てしまう。後になって「やっぱごめん! 今の何?」……なーんて声掛ける勇気は全然無いし、こういう所が駄目なのだ。


 話し掛けて来たのは、神崎だった。手に持った白いトレイには、まだ何も乗っていない。僕と同じ様に、今さっき食堂に着いたのだろう。



「……神崎一人で来たのか? 相葉達とは一緒じゃ無いんだな?」


「俺自身が早起きというのもあるが……就寝したのが、一人部屋だったからな」


「そのまま自由に行動出来たって訳ね。しかし、一人部屋か……贅沢だな? もしかして、この施設って部屋が滅茶苦茶余ってるのかな?」


「? どういう事だ?」


「いや、朝起きて来ても、人の気配が全然しなかったからさ。部屋だけいっぱいあるっていうのもおかしな話だなって、思っただけさ」



 言いながら、僕は食堂の入り口横に設置されていた、白いトレイを一枚持つ。兎に角、腹が減っていたからね。話は自販機から朝食を選びながら行いたかった。



「少人数で運営しているのは確かだな。昨日の夜、訓練教導で様々な場所を巡ったが、大人の姿は、数人程度しか見なかった」


「……人件費削減?」


「そんな理由では無いと思うが――」



 考えても答えは出ないか。神崎と僕は、朝食にトーストを選び、トレイに乗せた。パンに塗るのはマーガリンだ。一応、各種ジャムが選べたが、今日の所はこれで良い。



「Oh Shit! ピーナッツバターは無しか……」


「……ん?」



 隣を見ると、其処には通天閣歳三が居た。白いトレイにはトースト一枚と苺ジャム。コーヒー牛乳が乗っけてある。



「ん……何だ、石瑠翔真か……? こんな朝に出会すとはな……思ってもいなかったぜ……」


「あー……」



 ――もしかして、元気無い?


 疲れ切った表情を浮かべる通天閣。いつもとは違う様子に、流石の僕も気を遣ってしまう。



「……C組の級長が、一人で出歩いているのは珍しいな? 疲労している様だが、大丈夫か?」



 流石、神崎。相変わらず優しいな? 僕だったら、気付いていてもスルーしていただろう。こういう所に、人間って出るよね?



「no problem! ……とは言えねぇな。ルミナスには、ウチの姉貴が居るんだが、実の弟に対してSadisticで止められねんだ……昨日も、少し反抗しただけで半殺しの目に遭ったぜ……今日の訓練を思うと、気が重い……」


「ルミナスを志望しなきゃ良かったのでは?」


「馬鹿言え……そんな事してみろ。間違いなくGenocideだ……俺はまだ……死にたくねぇ」



 手近な席へと座る通天閣。

 何となく、僕達も近くに座ってしまう。



「気が滅入るな……Talk changeだぜ。翔真は昨日教導を休んでたんだよな?」


「あ、あぁ。そうだけど?」


「なら、対抗戦の概要も知らねぇって訳だ?」

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