第218話 八尾比丘尼① 相葉


 ――SIDE:相葉総司――



「さて、と……それじゃあ訓練教導を始めようか? まずは――そうだね……A組の人達から順番に面談をして行こうかな?」


「面談……ですか?」


「そう硬くならなくても良いよ? 面談と言っても、ただのお喋りみたいなものだからね? 貰った資料から、事前に君達の情報には目を通しているけれど、実際にどんな探索者になりたいのかは、話してみなければ分からないだろう? 僕が行う訓練教導は、飽くまでも君達の自由意志を尊重しているんだ。個々人の伸ばしたい分野を伸ばせる様に、僕の知識や経験が活かせたら良いなって思っているのさ」



 言いながら、神宮寺秋斗はA組の生徒を手招きした。プライバシーに対する配慮だろう。俺達から少し離れた場所で面談するつもりだ。


 ……いきなり体育館の様な場所に集められたと思ったら、やる事と言ったら進路相談か。言葉通りなら今日の所は実戦訓練は無いらしい。少し残念な様な……ホッとした様な……。


 砂浜で出会った時から、俺は神宮寺秋斗に妙な警戒心を抱いていた。自分でも、何でこんな風に思うのか分からない。


 正体不明の嫌悪感。


 それを見極める為にも、一度手合わせをしてみたいという思いがあったのだけれど、今では少しホッとしている。


 ――何でだろう?


 自分で自分が分からない。

 こんな感情は初めてだった。



「次は、D組の――相葉総司君かな?」


「は、はい!!」



 呼ばれて思わずビクリとする。内心を取り繕いながら、俺は神宮寺秋斗の元へと近寄った。



「ステータスを見させて貰ったよ。君は[ディフェンダー]を選択したみたいだね?」


「は、はい」


「それは、何でだい?」



 ……何でと言われても。



「……PTで【タンク】をやれるのが俺しかいなくて、それで[ディフェンダー]になりました」


「理想育成ビルドは?」


「え?」


「自分の中で、こうなりたいというビジョンはあるんだろう?」


「――それは……強くなりたい、です……」


「それは願望だ。ビジョンじゃない」


「……」


「ビジョンと言うのは、もっと明確に。確かな形で先々を見越しておく事を言う」


「は、はぁ……」


「君に目標は無いのかい? 何でも良いから、本音を出して語ってごらん」


「お、俺は――」



 こんな事を言っても、通じないだろう。


 けれど、自分の願望。


 こうありたいと願うのならば、自身の答えはソレ以外には有り得なかった。



「――天樹院を、超えたい……」


「……」


「あ、そのっ! 天樹院というのはアカデミーの3年生で、その……っ!!」


「知ってるよ。説明しなくても大丈夫」


「あ――」


「天樹院八房を、超えたい?」


「は、はい……」


「試合で勝ちたいという事で、良いのかな?」



 俺は、静かに頷いた。



「……まぁ、今のままだと無理だろうね」


「!」


「彼の持つ【天帝眼】は対象の過去を見通すスキルだ。一見、戦闘では役に立たないと思われがちだけど、初見で敵の癖や行動パターンを見抜けるのは大きなアドバンテージになる」


「……」


「加えて、彼のパッシブ・スキル【森羅万象】コイツがかなり強力だ。自身を中心とした半径50m以内のスキルを任意で無効化する……これによって【天帝眼】を持つ天樹院君に真っ向勝負を強いられてしまうんだ。普通にやったんじゃあ、まず勝てないだろう」


「じゃ、じゃあ、一体、どうすれば――」


「うーん……必中効果を持つ遠距離スキルでチクチク削るのが王道かな? ただ、相手も案山子じゃ無いからね。言う程に易くは無いと思う」


「……」


「遠距離は苦手かい? なら、近距離で勝てる方法を探してみるか。こっちは【森羅万象】でバフを解除されてしまうけれど、アッチはバフを掛け放題だからね? まず間違いなく【神起】で自身のステータスを3倍にしてくるだろう」


「ステータス、3倍!?」


「そうだよ。ある程度の強者になればステータスを倍化させるスキルは持っているものさ。素のままの君じゃ絶対に敵わないね? だから、こっちも無効化スキルを覚える必要がある」



 言って、神宮寺さんは自身の魔晶端末ポータルを弄りながら、一つのアプリを起動させた。



「コレは、八尾比丘尼が開発した図鑑アプリだよ。スキルや装備。アイテムや資材など、様々なデータが記録されている。一応クランのトップシークレットだから、ダウンロードはさせられないんだけど……ほら、見てごらん」


「コマンド・スキル……【水鏡の盾】?」


「盾に写した相手の状態変化を無効化するスキルだね。アイテムを使用する事で覚えられるから、今の君にはピッタリだ。まずは、コイツを覚える事を目標にした方が良いよ」


「は、はい!」


「次は攻撃面だけど、こっちは装備に頼ろう」


「装備――ですか?」


「君は片手剣使いだよね? なら、バリアントソードがお勧めかな。攻撃力+70。出回ってる素材で作れる最強の片手剣さ。値は張るけれど、金額分の活躍は充分にしてくれるよ。レシピを渡しておくから、後で材料を見ておくと良い」


「――あ、ありがとうございます!」



 ――出て来る知識が、凄まじい。この人の言う事を聞けば、間違いなく今よりも強くなれる確信があった。


 これが、日本トップの知識と経験か。


 ……何だか、ちょっと似ているな?



「……あの、少し聞いても良いですか?」


「ん? 何だい?」


「その、石瑠翔真と貴方って……どんな関係なのかなって――」


「……」


「砂浜で目覚めた時、アイツは貴方を見て血相を変えた。……俺は、あの行動には意味があったんじゃないかと思えて、仕方が無いんです」


「……それで?」


「貴方と翔真は――もしかして、以前からの知り合いだったりするんでしょうか? それなら、あの時の行動も合点がいくというか……」



 俺は一体、何を聞いているのだろう?

 明らかに踏み込み過ぎだ。


 翔真と神宮寺さんが知り合い?


 仮にそうだったとしても、あの時の翔真の反応を見るに、良好な関係とは思えない。


 今俺は、藪を突いているのでは――?


 緊張に汗が背中を伝った、その時だ。



「――確かに、僕は彼とは面識があるよ」


「!」


「紅羽ちゃんから聞いてないかい? 僕は以前、彼の事を魔物から助けた事があったんだよ」


「それは――まぁ……」



 聞いている。聞いてるが――


 それだけ……なのだろうか?


 もっと他にも、ある様な……。



「……そんな目をされても困るなぁ? お友達が血相を変えて僕を攻撃したから、誤解しているのかも知れないけれど、僕と彼にはそれ以外の接点は何処にも無いよ。――本当さ」


「……すいません」


「分かってくれたなら、それで良いさ。面談は終わり。後で理解度チェックを行うから、今聞いた情報は自分の中で纏めておいてね?」



 俺は、神宮寺さんの言葉に頷きながら、皆の元へと戻って行く。



「次は紅羽ちゃんだね。――さ、おいで」


「は、はぃぃ……」


「……」



 緊張しながら前へと出て行く紅羽。俺は、その後ろ姿を見送りながら、答えの出ないモヤモヤを胸に抱き続けるのだった――

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