第217話 ルミナス① 榊原


 ――SIDE:榊原冬子――



 ……石瑠翔真は、大丈夫かしら。


 ルミナスと行動を共にしながら、私はその事ばかりを考えていた。あの時の彼は正気じゃなかった。直前に30階層を攻略していたのが切っ掛けかしら? ABYSS攻略で精神を病む探索者が出るというのも珍しい話ではないわ。アイツがそうならないという保証も無い……。


 けれど、石瑠翔真は私の目標なのだ。

 それくらいの事で、潰れて欲しくは無い。



「……鳳紅羽が、もう少しシャンとしていれば良いのだけれど――?」



 仮にも婚約者なんだから、夫を支えるとか、そういった事をやっても罰は当たらないと思う。あの女だって、別に石瑠の事を嫌っている訳じゃないのに、何だってあんなにも素直になれないのかしら? 私にはそこが理解出来ない。


 ……余計な気を回しているのかしら?


 らしくない。


 それもこれも全部、アイツらの関係が煮え切らないのが悪いんだわッ!!



「――此処で良いでしょう」


「!」



 生徒を先導していたルミナスのリーダーが、突然そんな事を言っては立ち止まる。



「あの……此処って?」



 おずおずと、菊田さんが相手に問うわ。


 黙って歩かされたと思ったら、辿り着いた先は山の中。勾配の付いた斜面を登った先には川があり、奥には滝が流れている。


 バーベキューでもやるつもり? 夜の山は薄暗く、生徒達は不安な顔を浮かべていた。



「私達は、2時間を掛けて此処まで来ました。山道を外れて歩きましたから、仮に岩戸島に詳しい生徒が居たとしても、真っ直ぐに下山をするのは困難でしょう。加えて、この暗がりです。遭難したとしてもおかしくは無い……」


「あ、あのー、御子神さん……?」



 鈴木一平が、顔を青くさせながら、ルミナスなリーダーに語り掛ける。本能的に嫌な予感を察しているのね? 憧れの女性と出会えて、テンションが上がっていたのが嘘の様……。



「貴方達には、これから自力で下山をして貰います。タイムリミットは午後の10時です。集合場所は言わなくても分かりますね?」


「え、えーっと、何処だ……?」


「寮舎区画ジャン! 覚えておくジャン!!」



 1-Cの級長PTが騒がしく喋っている……けれど、こんな時に一番騒がしい男は借りて来た猫の様に大人しくなっていた。


 通天閣藍良――名前から言って、ルミナスのメンバーの一人が、通天閣歳三の姉であるのは間違いないわね?


 弟の素行が気になるのか、派手目なお姉さんは常に通天閣にガンを飛ばしている。対する彼は、お通夜みたいにショボくれていたわ。



「……ただ下山するってのも芸が無いよな? アタシらは、生徒であるお前らを追撃する!」


「はぁ!? つ、追撃!?」



 驚く椎名さん。動揺は波紋の様に生徒達に広がり、騒がしくなる私達に、御子神輝夜が「静粛にッ!」と、声を発した。



「……当然、加減は致します。けれど、侮ったりはしないで下さい。私達は貴方達を殺すつもりで攻撃します。実際に殺したりはしませんが、近い所までは行うつもりです」


「な、何でそこまで……!?」


「人は、極限状態でこそ成長が図れるのです」


『!?』


「大事なのは、生と死の狭間に長く自分を置く事です。そうする事で、普段は眠っている第六感が活性化し、更なる力を得る事が出来る……」


「オ、オカルトですわ……!? そんな方法で私達は本当に強くなれるのですか!?」


「習うより慣れろ、だね……」


「強くなれなきゃ、それまでだろう? 嬢ちゃん。これがアタシらの教導だ。ルミナスを選んだ以上、覚悟を決めて貰うよ?」


「――」



 絶句する武者小路さん。

 気持ちは分かるわ。


 拒否する事が出来ない以上、私達は無理難題でも熟すしかないみたい。


 けれど、やっぱり腹が立つ。


 思った私は、御子神輝夜へと向かい合う。



「耐えて逃げる訓練って言ってたわよね?」


「……それが、何か?」


「――いいえ、逆に……倒してしまった場合はどうなるのか、聞いてみたかっただけよ」


『!』



 明らかな挑発に、目を大きくするルミナスのメンバー達。他の生徒も情けない。例え相手がプロ探索者だったとしても、萎縮してやる義理はないわ。それを奴等に教えてやる……!!



「……Good。その提案、俺も乗ったぜ……!」


「貴方――」


「Sisterだからって、何時迄もデカい顔をされるのは違うよな? Blue Girl……アンタの度胸が俺のHeartに火を着けたぜ……!!」



 一体、何を言ってるのかしら……?


 何やらテンション高めな1-Cの級長に引きながら、私は事の成り行きを見守った。



「My Sister……通天閣藍良!! 俺はアンタを超えて見せる……!! Hunting? 上等だ。逆にこの俺がYou達に地獄の旋律を奏でてやるぜ!!」


「……!」



 通天閣のエアギターに呼応して、西園寺六朗君が、けたたましくギターを弾く。


 何なの、この人達……?


 やっぱり、何度見ても意味が分からない。



「良いじゃない」


「フン、戦意喪失されるよりはマシだね?」


「……意気込みを語って頂けた所で、そろそろ初めましょうか?」



 御子神輝夜が、懐中時計を取り出した。



「現在時刻は18時12分。19時になったら行動を開始致しますので、それまでは自由に下山して下さい。私達の誰かを返り討ちに出来たのならば――その時は、満点を差し上げましょう」

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