第215話 トップクランのスピーチ


 ――SIDE:東雲歌音――



 翔真君が医務室に運ばれた後、私達は海の家で着替えを済ませ、事前に通達されていた集合場所へと向かっていた。


 場所は、岩戸島基地の正門前。


 特機管轄のこの基地は元は軍の駐屯地として機能していたみたい。無用の産物となったこの基地を特機が買い上げて転移基地を作ったの。だからかな? 基地の面積は私達が思うよりも遥かに広々としているよ。まぁ、流石にアカデミー程の敷地は無いけれど、各施設の移動に自動バスが設置される程度には、その面積は広いみたい。基地は大きく四つの区画に分かれていて、施設の人間が生活する寮舎区画。倉庫が立ち並ぶ食料区画。訓練区画に、ABYSS転移を可能とした転送区画が設けられているんだって。


 案の定、遅刻をしてしまった私達は、周囲から目立たない様に、先に列を形成していた皆の後ろに並びながら、ほっと一息を吐き出した。



「ギリギリセーフ……かな?」


「いや、若干アウトだっただろう」


「影山先生、睨んでるよぉ……」


「うぐ……」



 ヒソヒソと会話をする私達。

 これは、後でこってりと絞られるかも……?


 私が思った、その時だ。



「……それでは、訓練教導の説明を行います。教導に参加するクランは、日本三大クランの八尾比丘尼、ルミナス、マイティーズの御三方となります。生徒達は事前に提出していた希望通りに各クランの代表者の元へと集まって下さい」


「代表……」



 私は先生達の立つ前方へと視線を向けた。八尾比丘尼の代表は神宮寺秋斗さん。ルミナスの代表は御子神輝夜さん。マイティーズの……シドさんの方は、まだ医務室から戻って来てないみたい。マイティーズ所属の探索者が、シドさんの代理として生徒の前に立っている。



「それじゃあ、行こうか」



 総司君が号令を掛けると、私達は神宮寺さんの元へと整列した。D組だけじゃない。他の教室の生徒達も一緒だった。一クラス平均、2PTが各クランに集まっている。人数に偏りが出ないのは、希望を出した時点でPT数に調整を行われていたからかも知れないね? 私達D組は綺麗に分かれたから、その必要がなかったんだと思う。


 そんな中でも、希望者が一番多かったのが八尾比丘尼だった。次点でルミナス。最下位がマイティーズ。やっぱり、皆は英雄との触れ合いを望んでいるのかも? どうせ教わるなら、一番強い人に教わりたい――っていう考えかな?



「準備が出来ましたら、生徒達は各クランの代表者に従って下さい。訓練教導は午後の10時まで行われます。時間になりましたら寮舎区画に集合。改めて、クラス対抗戦についての説明を行いますので、時間厳守にてお願いします」



 影山先生が棘のある言い方で説明した。やっぱり、遅刻した私達の事を怒ってるのかも?



「各クランの代表、挨拶をお願いします」



 先生がそう言うと、まず初めに八尾比丘尼の神宮寺秋斗さんが口を開いた。



「知っての通り、僕が八尾比丘尼のリーダー・神宮寺秋斗だよ。八尾比丘尼の理念は一貫してABYSS攻略にある。探索者たるもの、他国に先立って到達階層数を伸ばすのは当然だからね。その先鋭として日ノ本のトップに立つのが、僕達"八尾比丘尼"だ。アカデミーの学生諸君には、高い自意識と共にABYSS攻略を行なって欲しいんだ。過酷なのは重々承知している。場合によっては命を落とすかも知れない」



 神宮寺さんは、力を込めて演説する。真剣な彼の様子に、他のクランを選んでいた生徒達も思わず気持ちを動かされてしまっていた。



「けれど――僕は思うんだ。そうやって自分を追い込んだ時に、人は初めて自分の中の枷を外せる……! 肉体を捨て、人間性を捨て、ただひたすらに上を目指す。そうして初めて、僕達は新たなステージへと進めるんだ……!!」



 熱の入った言葉だった。人間性か……魔種混交の私が、欲しくても手に入れられないもの。自分からソレを差し出せるから、この人は日本のトップに君臨しているのかも知れない。


 私には無い価値観だった。



「――僕は、皆と共にソコに行きたい。今回の教導では、志を共にする探索者の一助になれれば良いなと思っているよ。一緒に、強くなろう。僕からの挨拶は、以上です」



 万雷の拍手と共に、神宮寺さんが一礼をする。次に挨拶をするのはルミナスのリーダー・御子神輝夜さんだった。



「……どうも、学生の皆様。ルミナスの御子神輝夜と申します。私達の理念は己を究める事にあります。探索者としてABYSS攻略に精を出すのは構いません。けれど、まずは足元を見るのが肝要かと。過ぎたるは猶及ばざるが如し。中庸こそが人の本質。心身を鍛え、己を振り返った時に、自然と結果は付いて来るのです」



 輝夜さんの言葉に、一部の生徒が騒ついてしまう。これではまるで、先に演説した神宮寺さんの言葉を否定してるみたい。……ううん、事実、否定している。ルミナスと八尾比丘尼の仲が悪いなんて噂は聞いた事は無かったけれど、現実として対立しているのは間違い無かった。



「探索者の探求と言うのは、何もABYSS内に限りません。己の内を探る事。それこそを人は"求道"と呼ぶのです。共に切磋琢磨し、技術の進歩を、成長を喜び合いましょう。……私からは、以上となります」



 ルミナスの演説が終わると、再び生徒達から拍手が注がれる。輝夜さんは階層更新をするよりも自分達が強くなる事に重きを置いてるみたいだね? 八尾比丘尼とルミナス……どっちの方針が良いかは、私には分からないなぁ。


 次はマイティーズの出番だけど、視線を向けられた代理人の方は、しどろもどろになって周囲を見渡していた。


 すると――



「あぁ、悪ぃ! 遅れちまった!!」



 駆けてやって来たのは、先程会った男性。マイティーズのリーダー、シド・真斗だった。



「えーっと、何? 挨拶中? おー! じゃあ中々良いタイミングだったんじゃねぇの!?」



 豪快に笑いながら、シドさんは並んだ生徒達を一望する。強面だけど、明るい性格だね?



「マイティーズのリーダーをしている、シド・真斗だ。マイティーズはデッカいクランを目指している。日本一デカいクラン。世界一デカいクランが目下の目標だ。その為には優秀な探索者がいっぱい必要だ。将来有望な奴は今の内に目を付けておくから、ウチを希望する学生は存分にその力を見せてくれよな? ……んで、一応説明しておくが、ウチの理念は"皆でハッピーになろう"だからな?」



 ……ハッピー?


 私達は、首を傾げる。



「幸せの定義ってのは人それぞれだ。一概には言えねぇが……俺達は"稼ぐ"事を第一としている。資材調達・技術開発・ABYSS攻略。それぞれの分野で活躍し、稼いで稼いで稼ぎまくる。下世話な話だと思っただろう? だがな? 俺は案外これがABYSS攻略の最大の近道だと思っている。人ってのはリターンがあるからこそ頑張れるんだ。俺達が金を稼ぎまくれば、それを羨んだ人間が俺達の仲間になってくれる。要は循環してるんだよ。良いスパイラルさ!」



 ……確かに、そうなのかも? 現実に今頷いている生徒もいるんだから、マイティーズの考えも否定は出来ないと思う。



「マイティーズは良いぞぉ! ガッツがある奴は是非来てくれ! 最低報酬は年収1000万! 昇給すりゃあソレが倍々に増えていくぜ!? 女の子にだってモテモテだ!! 労働環境についても、本人の希望に出来るだけ沿う! 今回の教導では、主に金の稼ぎ方……ABYSS内での効率的な換金術について教えてやるよ! 俺達と一緒に、探索者ライフをエンジョイしようぜっ!」

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