第212話 大人達の会合② 輝夜


 ――SIDE:御子神輝夜――



「……朝廷の意? 己の立場を守る為、右大臣の命を聞いただけでは無いのですか?」



 私がキツく問うと、神宮寺秋斗は意外そうにしながら、次の瞬間には笑顔を浮かべた。


 虚飾に塗れた表情。


 彼の本心は何処まで行っても分からない。


 不気味だと。私は思いました。



「何か不都合が? 探索者が大政官の命令を聞くのは至極当然な事かと存じますが……?」


「しかし、貴方は片方にだけ入れ込み過ぎている。御自分の立場。影響力を鑑みるならば、バランスを取るのが普通では?」


「立場――ですか? はは、成程。"神奈毘の巫女"を辞退した方は、言う事が違いますね?」


「貴様ぁ……神宮寺ッ!!」


「いけません! 藍良さん!!」


「ッ」



 通天閣藍良――ルミナスの右腕たる彼女を止め、私は神宮寺秋斗へと顔を向けます。



「おや? 何か間違った事を言いましたかね? 貴女は幼い妹に全ての責任を被せ、御子神家を出奔した。神奈毘の巫女の責務が、どれ程に過酷かは、貴女も理解していた筈ですが……?」


「貴方は……全てを知っていて、今、このタイミングで階層を上げたのですね……?」


「僕は自分の責務を全うしただけですよ? それに……タイミング? あんなのは遅いか早いかの違いでしょう? 神毘……五穀豊穣を司る毘沙門天の代理なら、命を捧げる覚悟ぐらいは出来ていて当然だ。透塔神波流邪すけとうかんばるじゃ凶禍祓きょうかばらいの月産みの儀……以前は"目"だったそうですが、今度は何処を持っていかれるのやら……?」


「!!」



 私は思わず、テーブルを叩いて立ち上がっていました。対面する彼は何処までも涼しげで、何処までも他人を苛立たせる。



「あ、貴方の様な鬼畜が……ッ、何故、探索者の頂点などにいるのか……ッ!?」


「……分かりませんか? 答えは簡単……君達が余りにも弱く、だらしが無いからですよ」


『!!』


「政治? 外交? 馬鹿馬鹿しい……探索者の仕事は何ですか? 目の前のABYSSを攻略する事こそが、探索者の本懐だった筈。それ以外の行為は全て些事……そう、あらねばならないのです」


「……そういうお前は、随分と芸能活動に勤しんでるみたいじゃねぇか? とてもABYSS攻略を最優先にしているとは思えねぇんだけどな?」



 シド様が、神宮寺秋斗に切り込みました。


 実際、彼も御自分の行動を自覚しているのでしょう。肩を竦めて笑っています。



「確かに……現在の僕は、些か行動を制限されている。でもね? それもこれも全部、ルミナスやマイティーズと言ったトップクランが、僕等のレベルに追い付いていない事が理由だよ」


『!』


「誰が好き好んで"英雄"なんてすると思う? 僕はね? ABYSSに潜っている時が一番楽しいんだよ。メディアでの露出も可能ならば代わって欲しいと思っているんだ」


「……その、ABYSS大好きな神宮寺君が、岩戸島に来たのは何の狙いだ?」


「……まぁ、君達と大して変わらないんじゃない? 僕の方は差して興味は無いんだけど……」


「あん?」


「雇い主がね……石動蒼魔の情報を探って来いと、少しヒステリックになっているのさ。君達だってそうなんだろう? マイティーズもルミナスも、互いに伸び悩んでるみたいだしね? 此処等で大型新人を加入させて、再起を図りたいと思っている訳だ? はは! 他人の力をアテにする位なら、真面目に攻略をした方が早いって言うのに……君達ってさ、本当に怠惰だよねぇ?」


「ぐ……ッ」



 明るい笑顔で、刺されました。

 悔しいですが、反論は出来ませんね……。



「――おっと失礼。今日はこんな話をするつもりじゃ無かったんだ」


「何……?」


「50階層の階層主、魔神テスカルについての情報を持って来た。金銭と引き換えに攻略情報を売ってやるけど……どうする?」


『――ッ!』



 ……また、ですね。


 神宮寺秋斗は、度々こう言っては、私達に八尾比丘尼の攻略情報を売り渡しに来ます。


 その目的は不明。金銭を介した情報提供。額面通りに受け取れば、彼は金に取り憑かれた守銭奴の様にも思えますが、私達以上に稼いでいる彼が、態々情報を売りに来るメリットなんてあるのでしょうか? プライベートに於いても、彼は派手過ぎる生活を送っていません。むしろストイックと言っても良いでしょう。


 ――分からない。気付いたら私は、疑問をそのまま口にしていました。



「何故、そうまでして私達に情報を売りに来るのですか? 貴方はもう一生分の金銭を稼いでいるでしょう? 下手をしたら国家予算……いいえ、それ以上の金額を個人で保有している筈。態々攻略情報を売りに来るメリットが感じられません。一体、どういう了見なのですか?」


「ふむ……? どういう了見、か……」



 そこで、神宮寺秋斗は思案します。その姿はまるで言い訳を考える子供の様であり、私達に対する真摯さは、微塵も感じられませんでした。



「ちょっと、言い訳が思い付かないなー?」


「おい、真面目に――」


「……端的に言うとさ、僕はさっさとABYSSを攻略したいんだよ。出来れば、僕以外の人間の手でね? そうする為に情報提供をしている」


「何の為に?」


「何の為? それは勿論……御国の為さ」



 白々しい笑顔を浮かべながら、神宮寺秋斗は言いました。これ以上は喋らない。きっと、そういう意味なのでしょう。



「ならば――私達は要りません」


「!」


「目的も不明瞭な相手とは、交渉する気が起きませんからね? 持ち寄った情報は、マイティーズのみへと渡して下さい」


「……いや、ウチも要らないね」


「シド様……」


「今までは普通に受け取っちまってたけど、考えてみりゃ、コイツに良い様に動かされるってのもどうかと思うしな……? マイティーズは独力で階層主を攻略する! リーダーである俺が決めたんだ。他の連中には口出しさせねぇ!」


「……そう? それなら勝手にすると良い……」



 話は終わった。そう言わんばかりに、神宮寺秋斗はこの場から去って行く。



「使えない連中だ……代わりを用意しなきゃ」



 ブツブツと何かを呟いていましたが、私達の耳には届きませんでした。


 その背中が完全に見えなくなった頃。

 私達は、安堵の息を漏らします。



「――行ってくれましたか……」



 どっと、体が疲れてしまう。



「客がいなくて良かったぜ……学生は皆泳ぎに行ってるからな……? こんな所、俺達を尊敬している若者にゃあ見せられねぇよ……」


「ええ……全く」



 シド様の言葉に同意しながら、私は現在時刻を確認します。魔晶端末ポータルの数字には午後2時50分と表示されています。



「どうやら、休み時間も終わりの様ですね?」


「マジかよ? 休んだ気がしねー……」



 げんなりとする私達。

 学生達が待っていますからね?


 先達として、しっかりしなければ――

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