第207話 階層主・魔神ギルタブリル②


 ――SIDE:鼎夕――



 ……終わった、か。


 落下する石瑠翔真を眺めながら、僕は内心で呟いた。レガシオンの亡霊。ランキング3位。


 遂に……遂に倒したぞ……。



「ハハ、ハ……ハ……」



 念願だった筈なのに――大して嬉しくないのは何故だろう? あの人を超える。それが、僕のレガシオンでの目標だった筈なのに……。


 それなのに――何故?



「……オワッタノカ……?」



 呟きが風へと流され――直後に、真下から爆発音が鳴り響いた。明らかな異常。けれど、僕の肉体は脱力しており、その奇襲に対応する事は出来なかった。



「――残念。翼は無くても飛べるんだよォ!」


「!!」



 身体の至る所を焦げ付かせながら、石瑠翔真は吼える。


 疑問と硬直。


 その隙を、ランキング3位は見逃さない――



「チェイサーッ!!」


「ッッ!!」



 すれ違い様に片手剣を煌めかせ、二翼を切断する彼。途端に肉体はコントロールを失い、僕の肉体は自由落下を始めてしまう。



「堕ちる気分はどうだ!? 胃が迫り上がって最悪だろう!? お前も一緒に味わえ――ッ!」



 僕の腰に抱き着きながら、石瑠翔真は勝ち誇った様な笑みで笑っていた。


 洒落臭いッ……!!



「即死の魔眼か!? なら、魔除けのリングだ! 対策してるに決まってるだろう、ばーかッ!」


「クッ……!!」


「ハハハ! どーした!? 怒ったのかー!? なら、殴り掛かってこいよ!? 格の違いを見せてやる! ほらどうした? ビビってんのか天才君! ガキンチョにはレガシオンは難しいかな〜?」


「ナメ、ルナァァ――ッ!!」



 嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴――ッ!!


 僕は誘われるままに拳を突き出し、その一撃を躱される。二撃、三撃と繰り返すが、一向に攻撃は当たらない。これがプレイング・スキルの差なのか!? そんなの、絶対に認めない!!


 認められない――ッ!!



「擦過ダメージ、ありがとう――!!」


「――ッ!?」


「そしてコレが、必殺のォォ――ッ!!」



 マキシマイザー!?

 効果時間はとっくに切れた筈――!



「アッ!?」



 発動時のエフェクトが無かった――!?


 まさか、さっきのはブラフ?


 コイツ、スキル発動時間をズラして――



「ウルトラ・翔真パンチだァァァ――ッ!!」


「ゴガァァァァァァ――ッ!?」



 蒼い光と共に、膨大なエネルギーが僕の腹部を貫通する。地面へと激突したソレは辺り一面を真っ白に染め、僕の意識もそこで途切れた。





 ――SIDE:石瑠翔真――



「いてて……」



 何とか、何とか勝ったぞ……やはり人型の敵は苦手だな……樽爆弾を起爆させ、爆風で上昇する作戦が上手く決まって良かったよ。こっちも安くないダメージを貰っちゃったけれど、おかげで擦過ダメージも稼げて、マキシマイザーの威力を底上げ出来た。


 結果は――見ての通りだ。


 ギルタブリル……いや、鼎夕の肉体は崩壊を始めていた。探索者と階層主が出会したのだ。この結果は、避けられない事だったのだろう。


 やるしか無かった。

 やらなければ、殺されていた。


 分かっている。


 分かっているけど、でも――




「浮かない、顔だね……?」


「!」



 意識が戻ったのか!? 鼎夕は僕の方を見詰めながら、たどたどしくも言葉を発した。



「勝ったのはアンタだ……胸を、張りなよ」


「お前! 何でだ!? どうしてこんな事に!?」


「――何故? どうして? ……そんな事、知るもんか。僕の方こそ教えて欲しいよ……」


「――ッ!」


「僕は……僕達は、皆でABYSSを攻略しただけなんだ……100階層。レガシオンの……完全クリア……なのに、あんな事が起こるなんて……」


「何だ……? 一体、何が起こったんだ!?」


「……」


「鼎ッ!!」



 魔神の肉体は、その半分が光と共に消失していた。もう、会話をするのも限界なのだろう。



「こうして……アンタと会話するのは……初めてだな……? 想像よりもガキっぽかったけど、腕は……僕の憧れのままだった……」


「な、何を――」


「……知識が、流れて来るんだ……」


「……知識?」


「僕等がこうなった理由……同一存在は、同じ世界には存在出来ない。だから、世界の修正力が、僕等に別の役目を与えたんだ……」


「――」



 血を吐き出しながら、鼎夕は僕に何かを伝えてくれていた。その意味は分からないけれど、彼の言葉を遮る事は出来なかった。



「並行世界からやって来た人間には、必ず対となるキャラクターが存在する……アンタの、その肉体と一緒だ……僕等は弾かれちゃったけど、アンタは上手くやったみたいだね……?」



 上手くやった? そう、なのか……?

 気付いた時から、僕は翔真になっていた。


 黄泉よもつの連中は、違かったという事か?



「上に行く程、"守護者"は強くなって行く……登るんだったら、気を付ける事だね……」


「守護者? 階層主の事か?」


「……」


「おい、鼎……?」


「僕の……力……あげるよ……あの人に、対抗……には……無理……だからね……」


「――鼎ッ!!」



 呼び掛ける声に、反応は無い。


 鼎夕は、死んだのだ。


 光となり。

 ギルタブリルの核となる魔晶を残し。


 消えていった――



「……」



 ポケットの中の、魔晶端末ポータルが振動する。恐らくレベルが上がったのだろう。


 ――力をあげるよ。


 鼎の言葉が、僕の脳裏に蘇る。



「いらねぇよ……馬鹿……」



 呟きは風に消されてしまう。荒涼とした大地を一瞥しながら、僕は転移石へと歩き出す。


 その感情は――いつまでも晴れなかった。

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