第162話 謎の少女の来訪①


 芳川の件を武者小路へと説明してやると、彼女は「そういう事でしたら」と言って、PTリーダーを快く了承してくれた。


 送られて来た画像については、当然内緒である。アレは僕と芳川だけの秘密だからね。第三者に触れ回る様な事はしないのさ。話を終え、武者小路と共に教室の中へと戻る僕。


 すると――



「い、石瑠君!」



 待ってましたと言わんばかりに、三人の生徒が僕の元へと駆け寄って来た。


 あー……忘れてた。


 そうだよなぁ。PTを組むんだもんなぁ?



「えーと……菊田に安井に森谷君ね。ま、そういう訳だから。5月中は宜しく」


「う、うん。でも……良いの?」


「え?」



 不安がる様に、三人が僕へと訊ねてくる。



「私達、その……レベルが低いですし……」


「ABYSS探索でも石瑠君の足手纏いになっちゃうんじゃないかなって……」


「あぁ……」



 成程。そんな事を気にしていたのか。



「大丈夫。それも織り込み済みの編成さ」



 不安がる事は無いんだ。君達が足手纏いになるのは想定済みってね。言い方は悪いかも知れないけれど、下手に庇い立てするよりは現実を直視させた方がマシだろう。



「正直言って、君達はこの教室の中でも大分遅れを取っている。マンツーマンで基礎から教えないと不味いと思ってる」


『!』


「タンクとしてもアタッカーとしても中途半端な菊田。職業ジョブの特性を活かし切れてない森谷君。臆病で逃げ腰。すぐに支援範囲から外れてしまうヒーラーの安井。とてもじゃないが使えないよ。今回の編成は君達を強化する意味合いを持っている。足手纏いだ何だとかは、一人前になってから口にする事だね」


「一人前……」



 ボソリと呟く森谷君。

 まだ想像は出来ないかな?


 ――いいさ。具体的に言ってやろう。



「君達3人をD組のトップと遜色ない様に強化してやる。怖気付いている暇はないからね?」


「D組の――」


「――トップ!?」


「分かったら返事だ!! いいねッ!?」


『は、はいっ!!』



 背筋をピンと伸ばしながら、僕へと返事をする三人。元々真面目な性格をしているから、要領さえ掴めば直ぐに上達するだろう。



「高い目標を掲げましたわね?」



 近くで聞いていた武者小路が、僕に向かって話し掛けてくる。武者小路だけではない。付近では各PTの生徒達が僕達へと注目していた。


 もしかしたら、彼等への挑戦の様にも捉えられてしまったのかも知れない。そんな気は更々無かったんだが、競争を煽って成長を促進出来るんなら、使わない手は無いよね?



「……大した目標じゃないよ。何せ、この僕が直々に鍛えてやるんだからね? 他の皆も追い越されない様に精々努力したらいいさ」



 僕は周囲を見渡しながら「まぁ、無駄だと思うけど」と、煽る様に言ってやる。目に見えて効果があったのは東雲・鳳PTだ。血気盛んなメンバーが多い所為か、少し挑発してやれば簡単にやる気を上げてくれた。卜部・神崎PTはいつも通り。武者小路も不敵な笑みを浮かべつつ、何処か楽しそうな雰囲気を醸し出していた。


 ……分からないのは相葉だ。


 一人喧騒に取り残されながら、机に座って購買部のパンを黙々と食べている。


 本人が望んだ事とは言え、まるで僕が相葉をハブっている様にも見えて居心地が悪い。


 早い所、本調子に戻って欲しい。


 僕が願った、その時だ。



「……石瑠」


「うぉ!? ……な、何だ。高遠か」



 図体がデカい割に、気配を消すのが上手いんだよな? 後ろから声を掛けて来た高遠葵に振り返りながら、僕はそんな事を思ってしまう。


 此方の様子に構わず、高遠葵は黙って教室の外を指差した。……外に何かあるのだろうか? 要領が掴めず、訝しんでいると、彼女は漸くその重い口を開いてくれた。



「人が呼んでいる」


「……人?」



 簡潔過ぎる説明に、首を傾げる僕。



「行けば分かる。――いいから、行って!」


「あ、ちょ!? 背中を押すなって!?」



 再び教室の外へと押し出される僕。


 高遠の奴は入口までで、着いて来る気はないらしい……全く、勝手な奴だ。


 憤慨しながらも、言われた通りに待ち人を探す僕。それらしい人物は、と……っ!?


 ――瞬間、時が止まった。


 教室の外にはが立っていた。


 比喩ではない。


 それくらい、彼女は別次元で美しかった。


 が僕を呼んでいた人物なのかは分からない。けれど、その廊下で一際異彩を放っていたのは事実だった。


 窓際から照り注ぐ陽光を受け、錦糸の様な長い白髪が輝きを放つ。美しく均整が取れた顔立ちは『ヴィーナスの誕生』で知られるブクローの絵画を思い起こさせた。この世の物とは思えない幻想的な光景に、周囲に居た生徒達は思わず息を呑んでしまう。白く細い体は唯々儚く美しい。身に付けた制服からアカデミーの生徒だという事は推察出来るが、それ以外の情報はプレイヤーの僕ですら持ち得てはいなかった。


 この子が、僕を呼び出したのか?


 半ば確信に近い推測だった。


 だが、勇気が持てない。

 話し掛けられない。


 これは僕がコミュ症だからとか、そう言った理由は関係が無い。事実、周囲に居る生徒達だって此れ程の美貌を前にして誰一人粉を掛ける事は出来なかった。住んでいる世界が違う。存在が違うんだ。話し掛けるなんて、畏れ多い。皆が考えているのはそんな所だろう。


 僕も一緒さ。だから分かる。


 この美しいキャンパスに"自分"という異物を入れる訳にはいかない。……事実はどうであれ、此処は曲がれ右をするのが正解だった。


 ――筈、なのに……。



「……あ、来てくれたんだ?」



 花が咲いた様な声を上げ、少女は僕へと近寄って来る。うぉ! 何という愛らしさだ……!? 背中に天使の翼が生えていないのが不思議なくらいの美しさ! 感動で肌が粟立っている!? 僕は生まれて初めての感覚に戸惑いが隠せない!



「遅くなってごめんね? 用があるって聞いたから、こうして教室の前まで来ちゃったけれど、迷惑じゃ無かったかな?」


「え、あ、え――」


「? どうしたの、翔真君?」


「い、いやその、あのその――」



 目の前まで顔を近づけて来る少女。


 ほわぁ〜〜ッ!?

 良い匂いナリ〜〜ッ!!


 ――って、浮かれてる場合じゃないよな!? 何だってこの子は僕の事を知っているんだ!? 僕のファン……な訳ないか。


 口振りから知人の様に接しているけれど、僕と彼女には、一切面識は――



「…………んん?」


「?」



 ……いや、よく見ると……似ている。


 似ているぞ!?


 女子制服に身を纏い、ソレも激烈に似合っていたから、思わず挙動不審になってしまったが、まさか……コイツ――!?



「………………天樹院、か?」


「? そうだけど?」



 可愛らしく小首を傾げる天樹院。そうだけど? じゃねェェ――ッ!? 何だって女装して来てんだコイツはァァ――!?


 業が深過ぎるッ!!

 人によっては脳が破壊されるぞッ!?



「前に君が言ってたでしょ? 僕と会話をしてると目立つんだって。解決策として変装をしてみたんだけれど――どうかな? 似合う?」


「だ、だからってお前、女装なんて……っ!」


「……気に入らない?」


「――い、いや」



 ……何で僕は、首を横に振ってんだ?


 いかん、頭がバグる!?


 何か別の話題に変えなければ――ッ!!



「……じょ、女子制服なんて、ど、どうやって調達したんだよ……?」



 言ってしまって、後悔した。


 興味津々か、僕ゥッ!?

 掘り下げてんじゃねェェェェ――ッ!!



「これでも生徒会長だからね? 制服を一着用意するくらいは何て事ないさ」


「ふ、ふーん……」



 説明を聞きながらも、僕の視線は自然と天樹院の太腿に向かってしまう。これが本当に男の脚なのか? 白タイツ越しだが、筋肉質な感じはまるでしない。それにこの、ヒラヒラのスカート。中はもしかして、女性物の――



「……気になる?」


「ふぇ!?」


「一応、下着の方も拘ったんだよ? どうせやるなら完璧の方が良いでしょ?」


「か、完璧って……?」


「……」



 天樹院は、答えない。

 代わりに、妖しく笑って見せた。



「君にだったら――いいよ? 見せても……」


「え? え? え?」


「個室に行こっか? 誰にも邪魔されない場所。生徒会室なら、二人っきりになれるけど?」


「ん? ん? ん?」



 僕は頭が混乱してしまう。


 個室? 個室で下着を見せてくれるのか?


 下着……? 下着ってパンツの事だよね……?


 天寿院のパンツ。


 略して天パ。


 ……いかん、頭が馬鹿になっているッ!?


 このままでは取り返しの付かない事になってしまう!! 僕は"天樹院ルート"から逸れるべく、断腸の思いで話の軌道修正を試みた!!



「……は」


「?」


「話って、何だ……?」



 僕が問うと、天樹院は少し残念そうな顔をしながら話を本題に移してくれた。



「それを聞きに僕が来たんだけれど、まぁいいや。こっちからも聞きたい事はあったしね?」


「……」


「君が我道さんと決闘をするって言う話を耳にしたんだけれど――本当かい?」


「!」



 天樹院の瞳が、僕を覗き込む。

 嘘偽りは許さないという構えであった。


 

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