第161話 フィッシング詐欺


 武者小路が「此処ではちょっと……」と言うので、僕等は教室の隅に移動した。窓際に立ちながら教室内の生徒達の様子を観察する僕。概ね皆、新編成には納得と言った所かな? 断固拒否! みたいな生徒が出なくて良かったよ。



「それで? 話って?」



 正面を向きながら武者小路へと訊ねてやる。余り人には聞かれたくない。さりとてわざわざ教室を移動する程でもない。ならば、これくらいのさり気ない会話で充分だろう。



「PTリーダーの件ですわ。本来なら、私ではなく芳川さんが担当するのが相応しいのでは?」


「……何だってそう思う?」


「他のPTは相葉PTからの出向組が軒並みリーダーを務めています。仮にコレが総合力の高さでリーダーを決定していたとしたら、私と芳川さんは……悔しいですが、彼女の方が数値は上です。リーダー経験も同じだけあるならば、彼女が選ばれるのが道理だと思ったのですわ」



 芳川が選ばれるのが道理か。確かに、ステータスだけを見ればそうなるのかな?



「別に総合力偏重に考えている訳ではないけれど、臨機応変を求めるなら総合力は高い方が良いね? 武者小路の考えは半分当たってるよ」


「半分? では残りは?」


「僕は意外と当人の要望を汲むタイプって事さ。総合力を重視するなら、卜部だって番馬とリーダーを交代しなきゃいけなくなるだろ?」


「では、今回の編成は――?」


「芳川姫子の要望……だよ」



 言いながら、僕は芳川から送られて来たメール文章を思い出していた。アレは確か、部屋でゴロゴロしていた時だったよなぁ?


 ブーブーと振動する枕元の魔晶端末ポータル。漫画本を読み耽っていた僕は、気が削がれた感じがしたのを良く覚えていた。


 ――メールか? 面倒だな……。


 この時の僕は、そう思っていた筈。



[flom:unknown]

<突然連絡しちゃってごめんなさい。このアドレスは石瑠君のもので間違いは無いですか?>



 いいえ、違います。


 思いながら、僕は魔晶端末ポータルの画面を閉じた。


 再び鳴り響く振動音。



[flom:unknown]

<あ、すいません。芳川です。セイ君から石瑠君のアドレスを聞きました>


[flom:unknown]

<出来たら返信を頂けたら嬉しいです>



 ふぅ〜ん?


 今度は芳川の名前を騙ってきたか。


 詐欺にしては手が込んでるね?


 まぁいいや、放置放置。


 そうして、2時間が経過した頃――



[flom:unknown]

<あのう、石瑠君のアドレス……ですよね?>



 何だ? しつこいな?



[flom:unknown]

<忙しかったらごめんなさい。返信は手が空いた時でも結構です。それではまた>



 ……押して駄目なら引いてみろ作戦か?


 しかし、段々と気になって来たのも本心だ。


 ……仕方が無い。


 少しだけ、相手をしてやろうじゃないか。



[flom:石瑠翔真]

<待った>


[flom:石瑠翔真]

<本当に芳川? 僕を騙そうとしてない?>



 打った瞬間、メールが返って来た。



[flom:unknown]

<芳川姫子です! 本物ですよ〜!>



 本物、ね。


 偽物は皆そう言うんだよな〜?



[flom:石瑠翔真]

<悪いが信用出来ない>



 僕はにべもなく言ってやる。



[flom:石瑠翔真]

<このネット社会で不確かなものを信じる程、僕はお人好しじゃない。どうしてもと言うなら、君がフィッシング詐欺業者ではない事を僕に証明して欲しい>


[flom:unknown]

<ど、どうすれば……?>



 お? 何だ、やる気か?


 ――面白い。



[flom:石瑠翔真]

<取り敢えずは自撮りだね。本人確認の画像がなければ話にならない>



 ……こう言ってしまえば、大抵の業者なら諦めるだろう。芳川の画像なんて、奴等が急に用意出来る訳は無いからね?


 だって言うのに――



[flom:unknown]

<わかりました>



 直後のメールには、そう書かれていた。


 数分後。


 画像添付で芳川姫子の顔写真が送られてきた。間違いなく彼女本人の顔である。


 だが――



[flom:石瑠翔真]

<不充分だね>


[flom:unknown]

<えぇ!?>




 僕は納得しなかった。送られて来たのは学生証にある顔写真。魔晶端末ポータル画面のクラス表からならこの程度の画像は入手出来るし、流出した画像を外部の人間が悪用しているというケースも考えられるのだ。



[flom:石瑠翔真]

<簡単に入手出来る画像じゃ駄目なんだよ。もっとプライベートな……例えば、風呂上がりにパシャリと撮った胸を強調した一枚みたいな感じ? それくらいじゃなきゃ僕は信用しないね>



 まぁ、流石にコレは無理だろう。


 最近はあの手この手の詐欺が横行してるから、こういう手合いには飽き飽きしていた。無茶な要求を突き付けて、奴等でちょいと遊んでやろうと思った訳だ。大体、芳川が僕にメールなんてする訳ないだろう? 大して接点も無いし、特に交流を深めたつもりもない。前提からして、この業者は失敗してるんだよ。


 半ば勝利を確信していた僕だが、返信されたメール文章を見て、思わず驚愕してしまう。



[flom:unknown]

<わ、分かりました……>



 メールには、そう書かれていた。


 ……は? 了承した?


 いや、諦めたのか?


 怪訝に思ったその時だ。手元の魔晶端末ポータルから再びメール受信の振動が鳴る。


 恐る恐ると開く僕。


 するとそこには――風呂上がりと思しき芳川が、バスローブ姿で胸の谷間を強調する画像が添付されていたァァァ!? すんごいっ!? 何だこのデカメロン!? ほんのりと上気した頬。耳の赤らみは恥ずかしいのかなァァァ!? 胸元に流れる水滴が眩しいっ!! 皆のママとか呼ばれているおっとり清純な芳川が、こ〜んなエロい格好してるとか最高過ぎるだろう!?


 ――正に永久保存版!!


 僕は急いで画像を保存し、相手のアドレス名を『芳川姫子』として登録する。



[flom:石瑠翔真]

<ありがとう……>



 気が付いたら、礼を打っていた。



[flom:芳川姫子]

<これで私だって信用して貰えましたか?>


[flom:石瑠翔真]

<したした>


[flom:芳川姫子]

<良かったぁ。実は、今度のPT編成について、石瑠君にお願いがあって……>


[flom:石瑠翔真]

<お願い?>



 芳川姫子の要望は簡単だった。自分をPTリーダーにはしないで欲しいという、そんな事だ。


 混み入った話になりそうだったから、僕は電話に切り替える様に芳川へとメールをし、芳川自身もソレに同意してくれた。



「――で? リーダーをやりたくない理由は?」


『……怖いの』


「怖い?」


『ABYSSに潜るのが、戦闘するのが怖いの』


「……対抗戦の後遺症か?」


『うん……身体は治ったんだけれど、またあんな酷い怪我を負うかも知れないって思ったら、体が何だか震えて来ちゃって……』


「……」


『ごめんね。皆も頑張ってるのに、私だけこんな情けない話をしちゃって……』


「……恐怖は、誰にだってあるさ」


『……』


「むしろソレが普通。時代の所為か、この世界では命の価値が軽んじられてるよね? 御国の為に。御家の為に。皆自己犠牲精神に溢れている。そうする事が正しいんだと、信じて疑っていないんだ。僕には正直、理解出来ないね」


『石瑠君、でも?』


「そりゃあそうだよ? 武家の僕でも理解は出来ない。芳川が怯える理由は至極最もさ。恥じる事なんて何も無いんだ」


『……けど、皆は勇敢に戦ってるのに……』


「皆は皆だ。同調し過ぎるのは良くないよ? もっと自分の心に正直になりなよ」


『……』


「とは言え、人手が足りないからね?ABYSSには潜って貰う事になると思う。階層主戦は――場合によっちゃあ僕も同行しよう。色々と確認したい事もあるから、気にしないで欲しい。暫くは一メンバーとしてPTに貢献するんだ。リーダーとか、そういう重た〜い役目は、やりたそうな奴がやれば良いんだよ」


『ごめんね、石瑠君……』


「いやいや、謝んなくて良いよ。今日は良い物を拝ませて貰ったし、むしろこっちが礼を言いたいくらいだね?」


『そ、それは――ううう……は、恥ずかしいから……早く消してね……?』


「うん! 消す消すー!」



 こうして、僕と芳川の電話は終わった。


 例の画像……?


 当然、壁紙にしてますが何か?

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