第149話 2年生 クラス対抗戦開始


 5月12日金曜日。


 そんなこんなで迎えてしまった、2年生クラス対抗戦の当日である。本日は1年生と3年生は授業は無いのだが、HRは出なきゃいけないらしい。行かなきゃ欠席扱いになるのだとか――


 休む気満々な生徒は面倒臭いとは思うけれど、幸い皆はそこまで怠惰では無い様だ。教室に集まったいつもの顔触れを眺めつつ、僕は影山からの朝の説明を聞き流していた。


 ま、やる事と言ったら1年生の対抗戦と変わらない。今度はこっちが観客になるくらいだね?


 ……結局、我道との決闘は取り止めに出来なかった。藍那姉さんを説得出来なかったのだ。


 これ以上は言っても仕方がないと思い、僕も諦めていた感はある。決めるのは本人だしな? 外野がとやかく言うのも違うと思ったからだ。


 今は姉さんの健闘を祈るしかない。


 後の事は、後の自分が考えるだろう。



「では、以上です。各生徒は解散して下さい」



 事務的な連絡を済ませた影山は、そのままD組教室から退出する。残された生徒は仲の良いグループと合流している様だった。


 ――さて、僕も行くか。


 仲の良い生徒などいない僕は、一人でD組教室を出て行こうとする。いつもの事だから何の感慨も湧かない。むしろ清々としているね。


 ポケットに手を突っ込みながら、教室から出ようとしたその時だ。背後から「翔真!」と、僕を呼び止める声が聞こえて来た。


 ……何だよ、面倒臭いなぁ?


 億劫ながら振り返ると、そこには紅羽と武者小路が立っていた。……珍しい組み合わせだな? 思わず、怪訝な表情を浮かべてしまうぞ。



「翔真! その……競技場に行くのならば、私達と共に参りませんか?」


「え? 何で?」



 提案の意味が分からない。

 僕は武者小路に問い返した。



「何故って、それは……」


「武者小路さんがアンタの解説を聞きたいんだって! てか、女の子が誘ってるんだから、ソコは普通に『はい』って言いなさいよ!?」


「いきなり随分な言い草だね〜? 女の子って、まさか自分を含んじゃいないよなー?」


「はぁ? 何それ、小学生男子みたいな物言いね!? そんなんだからモテないのよ!!」


「そういう紅羽は歳上の男に上手く転がされてたみたいじゃな〜い? あんなのに引っ掛かるのは小学生の小娘くらいだろう? 流石は恋愛下手な尻軽女だねっ! 他人をなじってる資格が無い事くらい、良い加減気付きなよ〜!?」


「な、何ですって〜ッ!?」


「ちょ、ちょっと二人共、お待ちを……!!」



 いがみ合う僕等の間に入り、慌てて静止させる武者小路。……彼女に迷惑を掛けるのは僕も本意ではない。紅羽の奴も同感だったのだろう。僕等は互いに口をつぐむ。



「……その、お嫌でしたら良いのです。翔真は一人で観戦するのがお好きでしょうから……」


「……」



 もじもじとした態度で提案する武者小路。その背後では、紅羽の奴が物凄い目付きで僕の事を睨んでいる。言外に「分かってるんでしょうねッ!?」と、言っているのかも知れない。


 奴の態度には腹が立つが、武者小路を悲しませる事は、僕も余りやりたくないな。


 とはいえ、一人で観る対抗戦も捨て難い。


 視線を彷徨わせて悩んでいると、二人の背後に目が行ってしまう。其処には鈴木・宇津巳・番馬が此方を見詰めながらジッと立っていた。僕の答え如何によっては乱入する構えだろう。鈴木が盗塁の構えをしているのがその証拠だ。


 ――何だよ、最初から選択肢なんて与えられていないじゃないか。


 気付いてからの、僕の反応は早かった。



「……分かったよ。一緒に行こう」


「!」



 僕の言葉に、喜ぶ武者小路。

 

 そんなに対抗戦の解説が聞きたかったのかなぁ? 流石は武者小路。上昇志向が強い強い。



「……どうやら、話は纏まった様だな?」


「私達も一緒に行くよー!」


「神崎、それに東雲も……」



 ……別に構わないんだが、お前等が来ちゃうと相葉が一人になっちゃうんじゃない?


 僕の心配が届いたのか、神崎は翻って、後方へと佇んでいた相葉に声を掛ける。



「……総司。お前も一緒に来い」


「歩……俺は――」


「お前が一人で試行錯誤をしているのは分かっている。今までとは違った環境で己を鍛え直したいのだろう? だが、対抗戦の観戦までソレを持ち込む必要は無い。石瑠の解説は今のお前には役立つ筈だ。――違うか?」


「違わ――ない」


「なら来い。お前も別に喧嘩をしたい訳ではないのだろう? 意地の張り場を間違えるなよ?」


「……スマン、歩」



 謝る相葉に、神崎の奴は微笑で返した。


 何というか――神崎は本当、人間が出来てるよね? 余計な事を言わないの。欲しい言葉だけを言ってくれる。それも最高のタイミングで。


 本当、大した男だよ。





 でもって――コレはどんな状況だ?


 受付でチケットを購入し、会場入りを果たした僕達だけど、問題となったのはその席順だ。特別競技場の一般チケットでは、指定席は存在しない。大まかな観戦ブロックを決めた後は、個々人が好きな席を決める事が出来るのだ。


 だからって、コレは無いだろォォッ――!?


 D組生徒の集団に取り囲まれながら、僕は心の中で叫び声を上げた。



「なぁ、この位置取りおかしくないか……?」


「えぇ? そう? そんな事無いと思うけど?」


「ちょっと、東雲さん!? 貴女、少し翔真にくっ付き過ぎじゃありませんの!?」


「そんな事ないよー? ね〜? 翔真君♪」


「お前なぁ……」



 僕が注意しようとした瞬間、右隣に座った東雲が顔を寄せて囁いてくる。



「……翔真君、呼び方戻ってるよねぇ? 私、名前呼びが良いって言わなかったっけ?」


「え、あ。え……?」


「おーい、球場でイチャつくなー」


「……鈴木。此処は球場ではないぞ?」



 番馬のツッコミに「似た様なもんだろ?」と、返す鈴木。目を離した隙に、東雲――いや、歌音の様子は普段通りに戻っていた。


 左に武者小路。右に東雲。下に神崎。上に紅羽か……完全に包囲されてるな。因みに、他の面子もちゃんと近くに居る。相葉は東雲の隣だし、鈴木や番馬は神崎の隣だ。残った宇津巳は当然紅羽の隣に座っている。


 場所がアレだとか。

 もっと隅っこが良いだとか。


 注文を付けたかったのだが――そんなの全部吹き飛んでしまったね……?


 僕は気を取り直して、手に持ったチュロスを食べながら、整列する2年生を観察した。


 中でも注目するのは、やはり2-A――



「我道竜子か……」


「生徒会副会長。やっぱり翔真君も、あの人に注目しているの?」


「しない訳ないだろう? 優勝候補筆頭だぞ?」



 東雲の言葉に、僕は「当然」と返答した。



「……ていうか、私良く知らないんだけど、我道先輩は何であんなに強いのよ? 2年生なのに、3年生を差し置いて最強って……何?」


「……強さの秘訣は知らないけれど、我道先輩は"天武祭"の優勝者だからね? 天武祭って言うのは生徒会が考案した武術大会の事で、常に開催されてる大会なの。毎日ランキングを競って、生徒同士が決闘場で戦ってるんだって」



 紅羽の疑問には、報道部の宇津巳が代わりに答えた。天武祭か。要するに"アリーナ"だね。原作では此処でプレイヤー同士が交流して腕試しが出来るんだ。……因みに僕は利用してない。



「決闘場……?」


「ほら、体育エリアの隅にある四角い建物。特別競技場よりは狭いけれど、あそこを使って先輩達は腕を競ってるんだって」


「そんな施設があるとはな……?」



 関心した様に、呟く番馬。



「一応、誰でも参加は出来るよ? エントリーすれば最下位から始められるの。ランキング順に戦って、勝てば景品も貰えるしね? 最も、大した内容じゃあ無いみたいだけど」


「それじゃあ、完全に腕試しって訳か……」



 ガッカリする鈴木。


 天武祭なんてバトルジャンキーしかいないし、参加しないに越した事はないんだけどね?



「まぁね……でも、相葉君なんかは興味がありそうな感じじゃない?」


「……」


「今は難しいかも知れないけれど、強くなったら、試してみるのも悪くないと思うよ?」



 おいおい……煽るな煽るな。


 宇津巳は気を遣って言ってるのかも知れないけれど、天武祭はそう甘くは無い。学年毎の区分けだって無いんだぞ? 2、3年生と当たったら、クラス対抗戦よりも悲惨な結果になっちゃうだろうがっ!?


 ――そんなこんなで、クラス対抗戦開始の時間がやって来る。


 合図を出すのは2-Aの担任だ。


 ……我道と、姉さんか――


 僕は事前に魔晶端末ポータルで確認していたクラス表のレベルを思い出していた。


 1.[2-A][武神] LV.43 我道竜子 [38F]

 3.[2-B][ブレイバー] LV.30 石瑠藍那 [29F]


 ……以前に比べて、その差は確かに縮んでいた。だが、それでもまだ足りない。


 我道を倒すには、まだ――


 僕の懸念とは関係なく、クラス対抗戦は進行していく。眼下に広がる構造体を見下ろしながら、僕は2年生の戦いを見守った。

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