第148話 姉の目にも涙
結論から言うと、僕は天樹院には会えなかった。昼休みに3-Aまで足を運んだけれど、奴は教室にはいなかったのだ。その行方も先輩方は知らされておらず、曰く「いつもの事」らしい。奴が唐突に消えるのは日常茶飯事で、クラスメイトは気にも掛けたりしないらしい。
不在ならば仕方が無い。僕が探していた事を天樹院に伝えて貰う様に先輩へと頼み、その場は一旦諦める事にした。
昼休みが終わり、次は授業探索――と、行きたい所だったが、今回も僕はパスをした。
帰って、D組の新編成を考えたかったからだ。
クラス対抗戦は明後日だ。
定めていた期限まで時間が無い。宿題は早めにやるのが僕のモットーだからね。
それに、気になる事もある。
石瑠邸へと帰宅した僕は、玄関口で靴を脱ぎながら、左側に設置された下駄箱を開ける。
姉さんの靴は無い。
まだABYSS探索をしているのだろう。
……足掻いているな。
だが、努力が身を結ぶかと言うと厳しいだろう。学生の一夜漬けじゃあるまいし、対抗戦直前にABYSS探索を強行しても大した効果は出ない。悪戯に疲弊するだけだ。2年生にもなって、その程度の事が分からない姉さんでは無い筈だ。明らかに入れ込み過ぎている。我道との一件が、姉さんから余裕を無くしている様だ。
……今からでも遅くはない。決闘を取り止めよう。早目に帰宅したのは、ソレが理由だ。最も本人が帰宅してなければ意味はない。
玄関口から居間へと向かうと、洋風の椅子に手を当てていたマリーヌと出会う。その隣には夏織もいた。どうやら、二人で仕事の話をしていた様である。僕の存在に気付くと、二人は綺麗な御辞儀をしながら「お帰りなさいませ、翔真様」と、声を合わせて出迎えた。
「何かつまむ物を取ったら僕は部屋に戻るから、ゆっくりしていなよ」
気を遣わせたら悪いからね。
僕は予めそう言った。
「……でしたら、私共がお持ち致します。翔真様は先に部屋で休んでいて下さい」
「そう? なら、そうしようかな」
……逆効果だったかな? まぁいいや。相手の好意を無碍にするのはどうかと思い、僕はマリーヌ達の提案を受け取った。
「……そう言えば、夏織もマリーヌも元は探索者だったんだよね?」
「ええ、昔の話ですが」
「レベルはいくつ位だったの?」
僕が訪ねると、夏織とマリーヌは一瞬、顔を見合わせてから言葉を返した。
「私がLv.27で――」
「私がLv.22ですっ!」
……一人称が一緒だから分かり辛いが、マリーヌが27で、夏織が22ね。プロの探索者と言っても、有名所でなければソレくらいか。
「階層主は倒したの?」
「20階層まででしたら一応。……ですが、もう二度と階層主には挑戦したくありませんね」
「マリーヌの部隊も半壊。私も仲間が三人死にました。
おべっかで言われても嬉しくは無いけどね? 僕は夏織の言葉を適当に聞き流した。
「……君達から見て、姉さんの仕上がりはどうだい? 対抗戦、行けそうだと思う?」
「――はい! 藍那様でしたら、必ずや良い成績を残すと思いますっ!!」
元気よく返事をする夏織だけれど、僕が欲しかったのはそんな当たり障りの無い言葉じゃない。元探索者からの厳しい観点が欲しいのだ。
「姉さんが、クラス対抗戦の最中に決闘をするっていう話は聞いているかい?」
「――いえ」
「相手は生徒会副会長を務める我道竜子。君達に分かり易く言うとLv.40のS級アタッカーさ。率直な意見が欲しいんだれど、姉さんに勝機はあると思うかい?」
「それは――」
「……」
沈黙する二人。
彼女達の表情が、答えを物語っていた。
と、その時だ。
「――勝てる勝てないではない、勝つのだ」
「姉さん……」
「……」
麗亜の手を引き、居間へとやって来たのは藍那姉さんだった。何時の間に帰宅して……? いや、そんな事はどうでも良いか。どうやら、今の会話を聞かれてしまったらしい。面倒な事になって来たかも知れないな?
「精神論の話をしている訳じゃない……我道竜子との決闘は取り止めなよ。今の姉さんじゃ、アイツには勝てないよ」
「勝てない? 翔真、お前はまだ知らないと思うが、探索者にとってレベル差とは然程意味のあるものではない。大事なのは経験と判断力を複合した総合値であり、私はそれを――」
「――だから、勝てないって言ってるんだよ」
「……何?」
「経験も判断力も技量もセンスも、何もかもが劣っている! 何を言われたのかは知らないけれど、安い挑発に踊らされて決闘するなんて馬鹿げている! 無駄に怪我をするだけさ!!」
「しょ、翔真は……私が敗れると思っているのか……? 我道竜子に、劣っていると……!?」
悲しそうに呻く姉さん。辛いだろう。屈辱だろう。――だが、良い機会だ。僕は敢えて姉さんに現実を突き付けてやる!!
それがきっと、姉さんの為なのだッ!!
「勝てないよ!? 何を寝惚けてるんだい!? 勝てる訳無いだろう!? 今言った条件の中で一つでも姉さんが優れている部分があったかい!? 無いよ! 一つもない!! 絶対に勝てない!! 猪武者だから現状を把握出来ないのは仕方がないけれど、他人の言葉に耳を貸すくらいの事はしなよ!? 姉さんは基本、不器用で才能も無くて、せっせと雑魚狩りをしながらレベルを上げて来たタイプなんだから、常に強者と戦い続けて今の位置にいる我道とは天と地ほどの差があるんだよ!? 前々から思っていたけど、何を勘違いして我道と対抗してるんだよ!? 頼むからポンコツは家だけにしてくれァァ――ッ!」
叫ぶ、僕。
今までの鬱憤を晴らすかの様に、全身全霊で石瑠藍那の勘違いを正してやる。
――流石に、弟から此処まで言われたなら、姉さんの頑固な心にだって響くだろう?
どうだ?
決闘を止める気に――
「ひぐっ! ……ぐす……っ……うぅ……!」
「……へ?」
藍那姉さんは泣いていた。
それも、号泣だ。
思わず、たじろぐ僕。
「……わた……私だってッ!! 頑張っているんだァァ――ッ!! 劣っているとか、そんな酷い事を言うなァァッ!! そんな言葉、聞きたくなァいッ!! 弟から……聞きたくなぁぁいっ!」
「あ、ちょ!? 姉さーーんッ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁんッ!!」
泣きながら階段を昇って、部屋へと引き篭もってしまう姉さん。
まさか、こんな事になるなんて――
『……翔真様?』
「……兄様?」
残った三人の視線が痛い……。
僕、悪くないよねぇ……?
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