第147話 悩みの種がまた一つ
いやー、昨日は思わずはしゃいじゃったね?
麗亜があんなにも喜んでくれるなんて思わなかったよ。年相応に可愛い所もあるじゃない? 反応が良いから、やってる方も楽しくなっちゃったよ。[道化師]の
さて、今日で5月10日か。水曜日……刻一刻と2年生のクラス対抗戦が近付いて来ているなぁ。
ま、今回は僕関係無いし。
観客として姉さんの活躍を見守っておこう。
アカデミーの登校中にそんな事を考えながら、僕が通学路を歩いているとだ。
「おや、奇遇だねぇ?」
苦手な先輩と出会ってしまう。
「文字坂白嶺……先輩?」
報道部の部長を務める2年生の先輩は、芝居掛かった所作で僕へと相対した。ボーイッシュな顔立ちをしているが、一応女なんだよな……? 報道部には散々煮湯を飲まされたからな。正直、この人の事は苦手だった。
「まさか登校中に翔真君と出会えるなんてね? これも神の御導きって奴かな? 丁度良い……君には色々と聞きたい事があったんだ」
「こっちは用なんて無いですけどー?」
「冷たいね? でも、良いのかな? 話は君のお姉さんが関与している話題なんだけれど?」
「……姉さんが?」
「どうだい? 話を聞く気になったかい?」
「……いや、別に。姉さんが何かしたとしても僕には関係が無いんで、当然この話題も興味はありません。どうぞ、他を当たって下さい」
何を言い出すのかと思えば、石瑠藍那についてのニュースか。大方、対抗戦に関わる情報なのだろう。大して興味なんて無かった。
スタスタと、先を歩いて行く僕。
「――そうか。じゃあ、藍那君が我道竜子と決闘をするという話も興味はないんだね?」
ピタリと、足が止まってしまう。
文字坂の言葉に、振り返る僕。
「どういう事ですか?」
言った瞬間、文字坂は唇の端を持ち上げる。何か、腹が立つな? 僕は奴の説明を苦々しくも聞く事になる。そうして、2-B教室で起こった騒動。その全てを文字坂の口から説明された。
「今回の件は、明らかに藍那君を狙い撃ちにしたものだった。そのやり口は我道らしからぬ迂遠なもの。僕は思うんだけれど、今回の決闘には誰かの思惑が入ってるんじゃないかなぁ? 我道竜子と目的を同じくした誰かは、彼女に入れ知恵をした上で今回の決闘を取り付けた」
「……回りくどいな。目的は何だよ?」
「強者を追い求める我道君が、明らかに興味が薄そうな藍那君に突っ掛かる理由なんて、一つしか無いだろう? 彼女は、君を挑発する為の体の良い生贄にされたのさ」
「挑発? 姉さんと我道が決闘して、何で僕が怒らなきゃいけないのさ? 関係無いじゃない?」
「そうかな? 君と藍那君の関係は姉弟という事しか分からないけれど、一般的に家族に危害を加えられるのは気分の良いものではないだろう? それに、彼女はこの決闘に"家紋章"まで賭けてしまったんだ。石瑠家の次期当主としては見過ごせないんじゃない?」
……家紋? あぁ、家紋章ね。
そんな設定も有ったなぁ? その家が武家である事を証明する四角い鉄札の事だ。此れを家紋章と呼び、武家は代々受け継ぐみたいだね?
基本的には、その家の当主が所持する物らしい。確かに、原作の藍那は家紋章を肌身離さず持っていたっけね? 翔真に持たせておくと、何を仕出かすか分からないから正解だ。家紋章自体に法的拘束力がある訳ではない。此れを失くしたからと言って、当主に成れない訳でも無いし、石瑠家が武家じゃなくなる訳でも無い。公的なペナルティは何一つ無かった。……まぁ、昔は何かしらあったのかも知れないけどね? 現代では全てを書面でやり取りされている訳だから、必然的に家紋章の存在価値は消えていた。
とはいえ、失くすのはヤバいかな……?
先祖代々受け継がれて来た家紋章を他家に奪われたとあっては、末代までの恥だ。石瑠家の親類が黙っちゃいないだろう。次期当主である翔真ならブチ切れられるだけで済むかも知れないけれど、今回やらかしたのは姉さんだしな? 当主でも何でも無いし。まず間違い無く石瑠家から追放されるだろう。
そうなったら、アカデミーも退学だ。
「君が動かなければ、石瑠藍那は破滅するよ? 僕は君の姉さんの事を近くで見て来たから良く分かる。アレは不器用な女だよ。一人で生きていくのは不可能じゃない? アカデミーで出来た友人達も立場が違えば次第に交流は消えて行く。果ては路上生活かな? 食うに困って身体を売り出すかも知れないね?」
「流石にそこまでは――」
「しないと思うかい?」
「……」
我道に敗北し、捨て鉢となった姉さんなら或いは……という気持ちが浮かんでしまう。
「……アンタは、僕に何をさせたい訳?」
「特には何も」
「はい?」
「僕は報道部だからね。情報を伝えるのが僕の役目なのさ。それを受けて、君がどうするかは僕の関与する所では無いよ」
それはまた随分と――
「勝手な奴だな……っ」
僕は、歯に絹を着せずに言った。文字坂の奴は言われ慣れているのか、到底気にした素振りは見せなかった。
遠くの校舎から、始業の鐘が鳴り響く。
「残念。長話が過ぎたみたいだね?」
言って、文字坂は話を切り上げる。
まぁ、遅刻してまでする話でも無いしね。
「……先輩!」
「ん? 何だい?」
「……今度の対抗戦、頑張って下さいね?」
傍観者気取りの男女に、僕は皮肉たっぷりに言ってやる。散々遊ばれて来たんだ。この位の嫌味は御愛嬌と言った所だろう。
言葉を受け取った文字坂はキョトンとした表情を見せて、次に、女殺しの笑みを浮かべた。
「――任せておきたまえ。君の応援があれば、僕の力は百人力さ」
……嘘か本当かは分からないが、文字坂白嶺はそう言ってこの場を後にした。
僕も急がないとな。
姉さんの件は引っ掛かるが、今は兎も角、天樹院と連絡を取るのが先決だろう。気は進まないが、昼休みに3年生への校舎へと足を運ぼう。
「相葉の件もそうだけど、姉さんの件についても、アイツに少し相談してみるか」
十中八九、狂流川が裏で糸を引いていると思うんだよな? そうしてソレに我道が乗ったと。本当、やりたい放題過ぎるだろう、アイツ。
出来れば天樹院に怒られて欲しい。
そんな他力本願な事を考えながら、僕は一足遅れて校舎の中へと入るのだった。
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