第146話 ノルマ達成の良い口実
「たっだいま〜……」
小声で呟きながら、僕は石瑠邸の自室へと気怠げに直行していく。肉体年齢が16歳だとは言え、中身は27歳のおっさんだ。毎日学校生活を送るというのは中々にしんどいものだった。
しかも、此処最近は慣れない事までやっているから尚更だ。ソロ専の僕が他人の為に一から編成を考える羽目になるとは思わなかったよ。
此処に来て、少しは社交的になって来たのだろうか? ……でも駄目だな。やはり人前に出ると疲れてしまう。根本的に僕はソロしか出来ない人間なんだ。今は頑張って無理をしているだけ。暫くしたら元の生活に戻るんじゃない?
「D組の編成か……念の為、相葉の奴は数に入れないでおかないとな。相葉・卜部・武者小路PTの総合力上位の面子を核として、磯野・榊原・三本松PTの弱い部分をカバーさせる……対策さえ覚えさせれば、全員がイーフリートを攻略するのは不可能じゃない筈――」
ブツブツと呟きながら部屋の扉を開けると、中にはクッションに座った麗亜の姿があった。僕の顔を見るなり、麗亜の奴は顔を輝かせて此方へと駆け寄って来る。
「兄様! おかえりなさいっ!!」
「あ、あぁ……」
「本日のアカデミーは如何でしたか? 兄様の事ですから、さぞや御活躍をしていたと思いますけれど――? あ、鞄をお持ち致しますね?」
「え? あ――」
早い。何かを言う前に、僕から鞄を奪い取る麗亜。ニコニコとした笑みを浮かべながらクローゼットの中へとソレを仕舞うと、再び麗亜は僕の方へと近寄って来る。
その目は、何かを催促している様な――
あ、そうか。
「……えーっと、さ、サンキューな……?」
「!!」
言いながら頭を撫でてやると、麗亜の奴は心底嬉しそうに目を細めた。反応と反射。態度には態度で返すと僕は言ったが――早速、後悔しそうだね? 最近はずっとこんなやり取りだよ。
本当、どうしてこうなった?
溜息を吐きながら、制服の上着を脱ぐ僕。物欲しそうにする麗亜を見て、僕は仕方が無しに脱いだ上着を麗亜に渡した。再びクローゼットを開けて上着をハンガーに掛けていく麗亜。
このままでは、さっきの二の舞いになる。
頭を撫でると言っても、慣れて無さ過ぎて何だか無性に小っ恥ずかしいんだよなぁ……?
他のもので代用出来ないだろうか?
考えた僕は、一つ閃く。
「おい、麗亜」
「はい、兄様!!」
「……随分と甲斐甲斐しくなったじゃないか? 今までは頭を撫でるだけで済ませて来たけれど、それじゃあ流石の僕も申し訳なくってね? 麗亜には別の褒美をやるよ」
「そ、そんなっ! 此れは私が好きでしている事ですので、兄様が気を遣う事ではありません! どうか、そのまま――」
「いいや、駄目だ!! それとも何かい? 麗亜は僕の御褒美が受け取れないのか〜い!?」
「そ、そんな事は! でも、まだ早いかと……」
麗亜は顔をポッと赤らめながら、頬っぺたに両手を当てつつ、身体をもじもじとさせてしまう。……早い? 早いって何だろう?
まぁ、いっか。
「それじゃあ麗亜には先にベッドに行って貰おうかな? 初めてかも知れないけれど、大丈夫。ちゃ〜んと上手くやるから、安心して僕に身を任せておきなよ……?」
「し、翔真兄様……」
赤面しながら、こくりと頷く麗亜。
本人の許可は取れた。
さぁ、今宵は宴じゃあァァ――ッ!!
◆
――SIDE:マリーヌ=ラレス――
――どうやら、お嬢様は御帰宅なされた翔真様と遊んでおられる御様子。2階からの物音を聞きながら、私は自然と顔を綻ばせた。
一時はどうなるかと思いましたが、無事、仲良くなられた様ですね?
お嬢様の元気な姿に、メイドである私も安心してしまいます。元来、麗亜お嬢様は内気で御優しい性格をしておりました。仏蘭西の学校では混血を理由に同級生に虐められ、それが原因となって私達が護衛として付けられた背景があります。麗亜お嬢様の母君は奔放なお方でしたので、娘の事については私達に任せ切り……彼女は、ネグレクトを受けて育ったのです。親の愛情を知らなかった――だからこそ、初めて会った藍那様に、あんなにも懐いていたのでしょう。
そして、今は翔真様にも――
私は銀食器の上に二つのショートケーキと紅茶を乗せ、2階の階段を昇って行きます。
細やかながらの感謝の気持ちです。
翔真様――
どうか今後もお嬢様を――
「あっ! あっ! 凄い!! 兄様ッ!?」
「ははは! どうだ、このテクニック!? こんな……事も! 出来るんだぞォォッ!!」
「――ふぇ!? そ、そんな激しくッ!?」
「そらそらそら――!!」
「だ、駄目兄様ッ!! そんなにしたら!!」
「したらぁ!?」
「お、落ちちゃう! 落ちるぅぅ――ッ!?」
……騒がしい室内の音を聞きながら、私は扉を4回程ノック致します。お嬢様方からの返事はありません。
……随分と、お楽しみなご様子ですね?
「兄様……凄い、凄過ぎるぅ……ッ」
「どうだ! 凄いだろー!? 格好良いだろー!」
「格好良い……、格好良いよぉ……♡」
「ははははははッ!!」
何とも激しい物音です。
お嬢様のお身体は大丈夫なのでしょうか?
私はそっちを心配してしまいます。
声の感じから察するに、同意の上で行われている事だと思いますので、メイドである私がとやかく言う問題ではないでしょう。
しかし、まさか兄妹でとは――
……邪魔をするのも無粋かと思いましたが、羽目を外し過ぎるのも救育上、宜しくはありませんね? 不肖の身ではありますが、この私が手解きをしつつ、お二人には健全なプレイを楽しんで頂きましょう。
心の中でお二人に謝罪をしながら、私は扉のドアを開いていきます。
「……何をやってるんですか、貴方は――?」
『へ?』
思わず、素でツッコミを入れてしまいました。
ベッドに腰掛けるお嬢様の前で、玉乗りをしながらジャグリングを高速で行う翔真様。
想像の斜め上を行く光景に、この私ですら状況が上手く飲み込めません。
「マリーヌ、紅茶を持って来てくれたの?」
「……ええ。ですが、コレは――?」
「兄様が、私の為に玉乗りとジャグリングを披露してくれたのよ!? 本当に上手なんだから! マリーヌも一緒に観ましょうよっ!」
「……差し障りがなければ」
「ま、仕方無いねー」
言いながらも、満更では無さそうな翔真様。
そうして始まった、翔真様のジャグリング。成程、確かにお上手。お嬢様がはしゃぐのも納得な出来でした。しかし、この光景――傍目から見たら、とてつもなくシュールなのでは……?
私が危惧した、その時です。
「居るか翔真? 少し相談事が――」
「ふぇ?」
「あ、姉様!」
「――」
自室で玉乗りジャグリングをする翔真様を目撃した藍那様は、そのまま何も言わずにスルスルと後退して去って行きました。
「……どうしたんだろう、姉様?」
「さぁ? まぁ、大事な用だったら後で声を掛けて来るんじゃない? 今はこっちに集中さ!」
「キャアアッ!? また高速で回してる!?」
「行くぞォォォ! 超・エキサイティンッ!!」
お二人はお気になさりませんでしたが、私は藍那様の様子に引っ掛かりを覚えてました。
何事も無ければ、宜しいのですが――
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