第140話 少年は孤独を好む


 諸君、僕は一人が好きだ。


 部屋の中に一人で居る時が好きだ。食事を摂る時に、一人で黙々と食べるのが好きだ。他人と肩を並べて食べるのは悪趣味の極み。唾棄すべき悪習だ。人は一人で生きられるのだから、完結しているのだから一人で良い。だから"人"という字も嫌いだ。一と一が支え合って"人"という字になるのだという……この説教臭さが鼻に付いて腹が立つ。"一"が人間を指すのなら、もうそれ普通に"ひと"と読んじゃえよ!? 訓読みなら"ひと"だよ? みたいな、揚げ足取りは止めてくれ。僕は"ひと"を"ひと"の意味で読んで貰いたいだけなんだ。


 ……長々と語ってしまったが、つまり何が言いたいのかと言うと――!!



「ふんふふ〜ん♪」


「……」



 何でゴールデンウィーク明けに、"東雲"と一緒に登校しなきゃいけないんだって話である!


 今まではこんな事は絶対無かったのに!!


 まさかコイツ……謀ったのかッ!?

 僕を待ち伏せしていた!?


 眷属化しているから、東雲には僕の居場所が感覚で分かるらしい。まるでGPSでも取り付けられた様な気分だ。自由が無くて息苦しい!



「……良い加減、暑いんだけど?」



 身体を過度に密着させる東雲を見下ろしながら、僕は冷ややかに呟いた。



「こういうの、嬉しくな〜い?」


「――」



 むぎゅっと。胸の谷間を腕に押し付けながら、東雲は上目遣いで僕に問う。……実に良い感触だ。最高と言って良いだろう。


 ただし。人目が無ければ、だが――



「……いいかい? 僕の一番嫌いな行為は"目立つ事"なんだ。アカデミーの登校中、朝っぱらからこんなベタベタされたら、通行人にも無駄に注目されちゃうだろう!? もう良いから、離せよ! 歩き難いったらしょうがないッ!!」


「きゃッ!? ……折角サービスしてあげようと思ったのにー」


「いらんわ!」


「ぶーぶー。翔真君のいけずー。あんな事があったんだもん。少しくらいは仲良くしてくれても良いのにー」


「フン、ABYSS探索の事かい? あんなのは特別に思う事じゃないさ。困っている人間を助けるのはランカーとしては基本だからね」


「ふぅん……"人間"、ね?」


「何だよ?」


「えへへ♪ べーつに! 何でもないよー♡」


「……変な奴」


「ね、ランカーって何? 翔真君って、時々本当に意味の分からない事を言うよね? 案外、それが君の強さの秘訣だったり――?」


「さぁね。勝手に思っとけばー?」


「あ、ちょっ!? 待ってよぉ〜〜!」



 これ以上、東雲のペースに惑わされて堪るものか。僕は早歩きをしながら校舎までの道程を急ぐのだった――





「……なーに、これ……?」



 校舎へと入ると、まず散乱したビラが目に入った。中身を確認するのを脳が拒否するが、仕方が無い……今は諦めて目を通そう。


 えーっと、なになに……?



「……石瑠翔真大勝利? 希望の未来へレディ・ゴー? ……何だ、この不穏過ぎる見出しは? 中身……中身は……あっ――!」


「ぷふ……っ」


「こ、高級回復薬を共同開発ゥッ!? う、嘘だろう!? あの話は内緒にしてくれって言っといたじゃないかァァ――ッ!?」



 絶叫しながら、ビラを破る僕。背後では東雲の奴が腹を抱えてけらけらと笑っていた。



「お前ェェ、まさかァァ――ッ!?」


「だってー! 殆ど翔真君が頑張ったんだよ!? 私達の手柄になんて出来ないよっ!! 第一、説得力が無いしっ!!」


「説得力って……!」


「ほら。私の魔晶端末ポータルの到達階層数。まだ[6]って出てるでしょう? コレは翔真君の転移にタダ乗りしたから、私の方は更新されなかったの! こんな数字じゃあ、誰も20階層まで行って、素材を取って来たなんて信じないよ!?」


「ぐぐぐ……!? し、しかし、何も僕の名前を出さなくっても……!?」


「鶯君にも薬をあげたんでしょ? これを切っ掛けにA組からの敵視は無くなるかも知れないじゃん! だったら、公表した方がお得でしょ?」


「お得……かも知れないけどもぉ……ッ!」



 そこは損得じゃないだろう!?


 折角、格好付けたのに……僕が助けてやりました。イエ〜イなんてやり方は、正直したくなかった。何というか……ダサいし。目立つし。良い事なんて一つも無いと思ったからだ。


 しかし、D組のヘイトが高まったのは紛れも無くなく僕の責任だろう。僅かにでもソレが解消されるなら、我慢するしか無いのかなぁ……?


 くそ、級長なんかに成ってなければなぁっ!


 撒き散らされたビラを踏みしめながら、僕達はD組の教室へと向かっていく。


 その、途中である。



「石瑠翔真――」



 道を塞ぐ様に、針将仲路・幽蘭亭地獄斎・通天閣歳三が並んでその場に立っていた。彼等のその手には、白いビラが握られている。



「――これは、事実か?」

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