第139話 揺れ動く心の紅羽


 ――SIDE:鳳紅羽――



「はぁ……」



 久しぶりの学校。久しぶりの自分の席に座りながら、私は深い溜息を吐いてしまう。


 ゴールデンウィークと言っても、やる事なんて何もなかった。対抗戦前は連休中にABYSS探索を進めようなんて話も出ていたけれど、総司や歩があんな状態じゃあ探索なんて出来っこないわ。どうしようかと困った私は、歌音にメールをしてみたんだけれど、こっちもこっちで反応は無し。連休中だし忙しかったのかしら? 返信くらいは返して欲しかったけれど、向こうの事情もあると思うし、仕方が無いわよね?


 手持ち無沙汰になった私は、何をするでもなく一人で転送区をぶらついていた。そんな折に、まさかあの人と再会するなんて――



「神宮寺秋斗さん……かぁ……」



 思い出す度に、頭が惚けてしまう。


 プロ探索者の神宮寺秋斗さん。彼はABYSSで公式放送を撮影する為に転送区へとやって来ていたらしい。思わず近寄ってしまう私。多くのファンにサービスをしていた彼は、遠目に見ていた私の事を見付けると「久しぶり」と、優しく声を掛けてくれたわ。


 覚えていてくれたんだ……!!


 私はその事実だけで胸がいっぱいになっていたのだけれど、あろう事か彼は私に自身の連絡先を教えてくれたの。『探索者の先輩として、協力出来る事があったら言って欲しい』――ですって。手渡されたメールアドレスは宝物だわ。怖くて、まだ連絡は出来ていないけれど。


 何であの人は、私みたいな小娘を気に掛けてくれるんだろう? 優し気な瞳の中に映る確かな情熱。それを感じ取った私は――


 私は――どうするんだろう?



「……」



 脳裏に浮かんだのは、許嫁である翔真の顔だわ。男としては秋斗さんとは比べ物にならないわね。馬鹿でスケベで口も悪い。そもそもが家同士で無理矢理決められた相手だもの。恋愛感情なんてある訳が無いわ!!


 大体、それはアイツも一緒でしょう!?


 いつもいつも、顔を合わせれば喧嘩ばかり。こんな二人が上手く行く訳が無いわ。


 だったら私は――


 ……だったら?



「ッ!!」



 ゴンと、私は目の前の机にオデコを打ち付ける。思い浮かんだ言葉を、掻き消す為だ。


 思い上がりも甚だしい……!!


 私は何様よ!? たかが連絡先を貰っただけの小娘が、プロの探索者に気に入られてるなんて思い上がりも甚だしい!! 秋斗さんは親切心で私に連絡先を教えてくれたのに、下心を出すなんてサイテーだわッ!!


 ……うん、決めた。

 ……私は探索者として、大成する。


 秋斗さんだとか、翔真だとか――


 男に依存する様になっちゃ駄目。私は彼等と並び立てる様な探索者になるのっ!!



「せめて、アイツよりは強くならなくちゃ」



 そうしなければ、私はきっと先に進めない。


 大丈夫。


 昔から私の方が優秀だったんだもの。


 きっと、すぐに追い付ける――


 追い越せる。


 そうすれば、この胸の痛みだって――



「皆ー! 相葉達が来たぞーっ!!」


「――え!?」



 廊下から聞こえた鈴木の声に、私は思考を中断する。――総司!? でも、数日前に御見舞いに行った時は、退院はずっと先だって!?


 考える私だけれど、身体は勝手に動いていた。教室内に居た他の生徒達も一緒よ。私達は落ち着きの無い様子で教室の外へと出ると、此方へと歩いて来る数人の生徒を目撃したわ。



「――総司!! 歩ッ!!」


「芳川さん……ッ!!」


「おいおい……不死身かよ、ダンナぁ!?」


「瀬川……本物?」


「え!? 冬子……無事だったのっ!?」


「うわ!? 浩介、本当に生きてるしっ!?」



 思い思いの言葉で出迎える私達。そこに居たのは紛れも無い私達の仲間。入院していた筈のD組の主力達だった。見た感じ、歩や総司も無理をしている様には思えない。 


 だったら、本当に完治したって事!?

 嬉しいけれど、どうやって!?



「……皆、心配を掛けたな? 色々と聞きたい事もあると思うが、一先ずは教室に入らせて欲しい。詳しくはそこで事情を話そう」



 ……歩がそう言うなら仕方が無いわね? 迅る気持ちを抑えながら、私達はD組の教室へと戻っていく。退院した生徒のPTメンバーは、それぞれに談笑をしながら喜びを分かち合っている。


 当然、私も同じ気持ち――



「号外、号外!!」



 教室へと戻る途中、報道部の2年生が廊下にビラを巻いている所に遭遇する。何とはなしにその一枚を手に取った私は、記事に書かれていた内容を見て、驚愕してしまう。



【速報!! 石瑠翔真、20階層攻略!!】



「は、はぁぁぁ!? な、何よこれぇぇ!?」


「……」



 食い付く様に記事の内容を読みながら、思わず叫んでしまう私。


『1-Dの石瑠翔真が、魔道研部長・道明寺草子と共同で重傷者に即効性のある"高級回復薬"を開発。試作試験として入院中の1年生に試し、効果を実感。生産強化の為に本日から魔道研より素材採取クエストが受注される。詳細は魔晶端末ポータルの掲示板にて。探索者は奮って御参加を』


 高級回復薬……?

 それって、まさか――



「……俺達は、またアイツに救われたらしい」


「歩……」


「翔真め。飯の礼にしては大き過ぎるぞ……」


「……」


「……その、総司はどうかしたの?」



 普段とは違って無口な総司。隠していたのかも知れないけれど、同じPTメンバーである私にはコイツの不調が分かってしまった。心配して声を掛けてみるも、その反応は芳しく無い。歩の方もそれが分かっているのか、総司については深く触れない様にしているわ。



「……行こう、二人とも」


「え、えぇ」



 総司は何も語らなかった。コイツが今考えているのは、翔真の事かも知れない。


 20階層――


 1-Aでさえ、まだ攻略出来ていないのに。アイツは一体、何処まで先に行くんだろう?


 あーもうっ!! 分かんない!!

 頭が混乱して来たわ!!


 総司の様子もおかしいし、翔真の奴が教室に来たら、絶対に取っちめてやるんだからっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る