第137話 探索終了


 魔道研のカウンター奥には道明寺草子の工房があった。店側の散らかり具合と同様に、此方も酷い有様だった。怪しげな大量の小瓶に釜から吹き溢れた紫色の液体。天井には干からびた蝙蝠が吊るされており、まるで絵本に出て来る様な魔女の部屋そのものである。



「ん」



 錬金釜の前に立つと、何も言わずに僕へと手を出す道明寺。……高級回復薬の素材を催促されているのだろう。意を汲んだ僕は、採取した素材を次元収納内から取り出した。


 金蟻蜜。

 テイメンコウの湯。

 アラクネの粘糸。


 これら素材を釜の中へとぶち込み、木べらで丹念に掻き混ぜる。道明寺が指を鳴らすと、釜の下からは炎が上がり、熱した素材から湯気が昇る。ぐつぐつと煮立った釜の中を見下ろしながら、彼女は己のスキルを行使した。


 スキル【調合】だ。


 主に薬品生成に用いる生産系スキル。生産職のみが修得するスキルで、レアリティは低いが習熟するとなると難度は高い。


 レベルが低ければ生成できるアイテムの品も限られるし、成功率だって変わって来る。★3で覚えているネームドキャラは、僕が知る限り道明寺以外には存在しなかったと思う。


 彼女は他にも特殊アイテムを生産する【錬金】や、装備品の【作成】も覚えている。謂わば生産職の頂点と言っても良い人物だった。


 道明寺ならきっと、期待に応えてくれる筈。



「――出来た」



 木べらで釜の中を掻き混ぜていた道明寺は、中の水色をした液体を掬うと、そのまま口元に運んでいく。ぺろりと一舐めをした瞬間――



「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「ど、道明寺!?」



 突然、恍惚とした表情で叫び出す。心配して声を掛ける僕だが、道明寺はソレを手で制した。



「す、凄い……コレが高級回復薬……今までの物とは効き目が違う……!」


「ど、どう違うんだ……?」



 僕が使用していたのはゲーム中での事。実際に試した道明寺に感想を聞いてみたかった。



「まるで、翼を授かった様な――?」


「……分かった。もう良い」



 ある程度の効果を察した僕は、道明寺からの説明を切り上げて、近くにある空の小瓶に釜の中の高級回復薬を注いでいく。


 急いで、持って行ってやらないとな――!





 シエル=ネットへの高級回復薬の処方は何事も無く終わった。土気色をしていた顔も、今ではほんのりと赤みが戻っている様に感じる。


 取り敢えず、峠は越したと見て良いだろう。



「此処、使って良い。暫くは安静にして」


「あ、ありがとうございます!!」


「礼は彼に言って。私は指示通りにしただけ」



 頭を下げる太一に、無感情のままにそう告げる道明寺。指示通りと言っても、彼女のスキルが無ければシエルは助けられなかった。アカデミー内で魔種混交への理解があるのもこの人だけだ。本当に、助かったよ……。



「翔真君っ!」


「おわっ!? ななな、何だ、いきなりっ!?」



 ガバっと、僕へと抱き付いてくる東雲。

 いや、歌音だったか?

 やっぱり、名前呼びは慣れないな。



「ありがとう。君のおかげで、シエルの事を助けられた。本当に何て言ったら良いのか――」


「べ、別に僕は――ぅ」



 答えようとした瞬間、歌音が僕の頬に軽く口付けをした。――不意打ちだ。



「少しだけど、今日のお礼……」



 照れた顔をしながら、此方を上目遣いで見詰める歌音。これは中々……可愛いんじゃない? 少しだけ心がぐらっとしてしまった。



「――あー、その子の容態が安定したのは良いんだけどさ。根本的な解決がまだ済んでないんじゃない?」



 自身の気持ちを隠す様に、僕は話題を真面目な方へと変えて行く。



「魔種混交の血の事か?」



 流石は太一。話が早い。



「血が濃くなって、暴れ出したって言っただろう? 怪我が治ったとしても同じ事を繰り返したんじゃあ意味が無い。彼女が眠っている内に、何か対抗策を考えなきゃ――」



 僕が言った、その時だ。



「その必要は、無いと思う……」



 話を聞いていた道明寺が、横から口を挟んでくる。……必要が無い? それは一体どういう事だろう? 皆が道明寺へと注目した。



「魔種混交の血は、元を辿れば体内に吸収された魔素の事。体表から血中にまで浸透した魔素は、身体中を駆け巡って肉体を異質な物へと変化させる……つまり、彼女が血を濃くした理由は魔素が原因。此れを取り除く事が出来れば、魔種混交の魔物化。並びに"暴走"は起こらない」


「じゃ、じゃあ……その、取り除くのは、どうやってやるんだ!?」


「……スキル【スキャン】を使った結果。既に取り除かれている事が分かった」


『!?』


「逆に貴方達に問いたい。彼女に何をした?」


「何をって――?」


「魔種混交の体内から魔素が取り除かれる。そんな状況はアカデミーの研究室に居た私でさえ見た事はない。何か、特別な事をした筈……」


「特別な事と言われてもな……?」



 話を僕へと振って来る太一。


 体内に吸収された魔素が取り除かれた原因?


 魔素……吸収……。


 まさか――



「――マキシマイザーか……?」


「……? マキシ……?」



 道明寺はピンと来ていない様だ。[道化師]の職業ジョブチェンジアイテムを作ってくれたのは彼女だけど、その際も聞いた事がない職業ジョブだと驚いていたっけ。知らないのも無理は無い。僕は自身が使ったスキル【マキシマイザー】の効果について皆へと説明した。


 アラクネに密集された時、僕は狭い空間で彼女達の攻撃を捌いていた。あの中にシエルが居たとしたら? 擦過判定で攻撃力を吸収した際に、同時に彼女の肉体から"魔素"を吸収していたと考えられないだろうか?


 言い終わるや否や、道明寺は僕の胸元に手を置くと、スキル【スキャン】を行使した。


 いや、良いんだけどね……?


 せめて一言くらいは断って欲しい。


 スキル【スキャン】は医療知識が必要なスキルだ。持っていたとしても、使い熟せる術者は限られる。とっつき易さは【鑑定】などの方が上だろう。だが、気付き難い不調や身体の病気等を早期に発見出来るというメリットがある。


 密度が低い物を透過出来るのがX線だとすれば【スキャン】は透過物を自由に選択出来、且つ、精細に眼球へと映す事が出来るらしい。正直、使った事が無いから良く分からない。



「……確かに、君の中に"魔素"が溜まってる」


「え?」


「……変貌していない所を見るに、今すぐの問題は無いと思う。安心して良い」


「そ、そうなのか……?」



 何だかちょっぴり、怖いんですけど。



「元々人間の体内には数%の魔素が入り込んでいる。母親の胎内にいる時に体細胞と触れ合って、過敏に反応してしまったのが魔種混交と呼ばれるモノ。肉体が出来上がってからは、少しの魔素程度なら人体に影響は無い」


「因みに、影響が出るラインって言うのは?」



 気になった太一が、横から訊ねる。



「魔素によって、肉体が崩壊するレベル。でもそれは、普通に生きてたら有り得ない。気にしなくても良いと思う」


「……成程ね」


「難しい事はこの際良いよ! 兎に角、シエルは正気を取り戻すって事で良いんでしょう!?」



 歌音の問いに、道明寺はこくんと頷いた。


 次いで「やったー!」と、無邪気に喜んで太一とハイタッチを交わす歌音。彼女達の喜ぶ姿を眺めながら、僕も漸く今回の探索が一段楽着いた事を実感するのだった。

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