第136話 それが一番大事


 ――SIDE:草薙太一――



 時刻は夕方。転送区へと転移した俺達は、翔真の指示通りに"魔道研"と呼ばれる店を目指して行く。道中には他の探索者の姿も多く居た。スキル【擬態】が完全に解除されたシエルの今の姿を奴等に晒す訳にはいかない。アンネが機転を利かせて毛布でシエルの足を隠したが、傍目からも目立ってしまっているのは自覚していた。シエルの奴をしっかりと背負い直しながら、俺はその場を急いで行く。


 ――軽いなぁ、畜生。


 何も食っていなかったのだろう。何日をソレで過ごした? 俺が付けた傷の事もある。魔物の体を持つ俺達は、普通の人間よりは丈夫だけれど、それでも限界というのはあるんだ。



「ッ、此処か――!」



 息を荒げ、肩を上下させながら、俺は指定された店の中へと入る。外観のボロさ同様、中身もしっかりと寂れてやがる。本当に此処でシエルの奴を治療出来るのだろうか? 俺はそっちの方が不安になって来てしまった。



「……? お客さん……?」



 薄暗く。散らかった室内の奥の方から、陰気な少女が顔を出した。恐らくはコイツが道明寺だろう。女とはいえ、ちっちゃい体をしている。本当にコレで3年生なのか――?


 いや、今はそんな事はどうでも良い!!



「すみません! 私達は――」



 説明をしようとした、その時である。



「――後ろの子を奥に運んで!」


「は? え――!?」


「早く!!」


「――」



 有無を言わせぬ迫力で、少女が俺達に指示を飛ばす。急き立てられる様に店の奥へと入ると、そこは道明寺の私室となっていた。彼女は敷かれたままになった布団を指して、シエルを「此処に寝かせて」と言って来た。


 言う通りにすると、道明寺は慌てた様子で部屋の中を探って行く。出て来たのは四角いケースと小さな小瓶だ。ケースの中には一本の注射器が収められている。ソイツに針を装着すると、小瓶の蓋に突き刺しながら中の液体を吸引する。吸引し終わった後、シリンダー内の空気をしっかりと抜いた道明寺は、シエルの腕にその針先を押し当てていく。



「ま、待った! それは――!?」


「待たない。時は一刻を争う」


「あ!」



 手早く、シエルの腕に注射を打つ道明寺。



「心配ない。中身は鎮痛特化の回復薬。経口摂取が無理そうだったから、静脈注射にした」


「あ、あぁ……」


「魔種混交の子……貴方達もそう?」


『!!』


「此処に駆け込んで来たのは、誰の入れ知恵? 私の事を知っていて、此処に来たの?」


「い、いえ、私達は――」


「――悪い! 少し遅れたっ!!」



 慌てた様子で部屋の中へと入って来る翔真。道明寺は奴の姿を見ると、何かを察したかの様にして溜息を吐いた。



「石瑠翔真……コレは、貴方の差金? 今度は、私に何をさせる気?」


「先輩、その節はどうも。色々と察していると思うけど、既製品の回復薬じゃ、その子が助からないのは分かるよね? 今日貴女に作って貰いたいのはこのレシピを使用した高級回復薬さ」


「高級回復薬……?」


「便宜上、そう呼んでいる」



 言って翔真は、取り出した紙切れ一枚を道明寺に手渡した。受け取った道明寺は、内容を確認しながらも懐疑的な表情を浮かべていた。



「……材料は?」


「揃えてある。後は実際に作るだけだ」


「嘘を言ってるとは思わない。けど――」


「けど?」


「ううん、良い。作ってみてから考える……」



 のそのそとした足取りで、店舗側へと戻っていく道明寺。追い掛ける翔真に腰を浮かし掛けた俺だが「君達は彼女に着いてやりな」と言われ、そのまま大人しく座っている事にした。



「シエル……助かるかなぁ……」



 不安と共に呟くアンネ。



「此処までやったんだぜ? もう、信じるしかないだろう」


「そうだよね……うん、ごめんね……」


「……」



 目尻に溜まった涙を拭いながら、アンネが気丈に呟いた。不安なのは俺も一緒だ。さっきから足の震えが止まらない。膝を手で抑えているから、アンネには気取られていないのだろう。



「翔真は――アイツは強かったな……」



 自然と、俺はそんな事を口にした。


 20階層で見せた、あの力。あれほどの能力が有れば、たった一人で階層主を打倒したという話も納得が出来る。


 少なくとも、1学年の中では最強だろう。


 それに何より――



「翔真君は諦めなかった。私達が泣き叫ぶだけしか出来なかった状況で、彼だけは投げ出さずにシエルを救う為に行動した……」


「――そうだ。アイツが居なければ、全て終わっていた。階層主にやられて俺達は死んでいたし、シエルを救い出す事だって不可能だった」


「うん……」


「此処まで連れ来てくれたアイツを、俺は信じる。アイツの様に……諦めない」

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