第130話 火スペ石瑠探検隊
5月2日、火曜日。
15階層で一夜を明かした僕達は、さっそく朝から行動を開始していた。テント周辺に魔物除けの香料を散布していたとはいえ、
此れには理由があり、昨日探索した15階層には、クライム・ハンターがそもそも存在しないんじゃないかと思い至ったからだ。
クライム・ハンターとは、本来はもっと上の階層から出現する魔物である。つまり、15〜20階層に出現する連中はレア個体なのだ。昨日出会わなかったのは、乱数調整で外れを引いてしまったからなのかも知れない。
――再び抽選をやり直す必要がある。
思った僕は東雲達と16階層への転移石を目指し、約1時間後に目標へと辿り着く事が出来た。
それからは持久戦だ。
階層更新をしたら、森林エリアを目指す。森林エリアで蟻の巣を探して、無かったならまた次の階層へ。道中遭遇する魔物達との戦闘を熟しながら、僕達はまた一歩。また一歩と森林の奥地へと進んで行った。
そうして――18階層、森林エリア。
「あ、アリだァァァァァァ――ッ!!」
黒々とした鎧の様な外骨格。二本の触角に尖った牙。針金の様な六本脚を持った全長1.5m程の昆虫は、正しく僕達が探し求めていたクライム・ハンター!! 蟻の魔物である。
遂に……遂に見付けたぁぁぁッ!!
「ど、どうすんだよ、翔真ッ!?」
「落ち着きなよ、太一。単独で活動するクライム・ハンターは、此方から仕掛けない限りは襲って来ない。今は様子を見るんだ……!」
「わ、分かった……!」
因みに、僕等は互いに呼び方を変えさせられていた。歌音の発案が切っ掛けだ。何でも、こうすれば"仲間感"が出るらしい。――何だそりゃ? 正直、名前呼びだなんて小っ恥ずかしくて嫌だったんだけれど、拒絶したら歌音に玉を潰されたので、渋々と受け入れた次第である。
これで僕もコミュ症卒業かな?
な〜んてね。
「様子を見てどうするの!?」
焦った歌音が、僕の背中を引っ張った。
服が伸びるから止めて欲しい。
「このまま距離を取りつつ、クライム・ハンターの後を追うよ。蟻の巣を見付けたら、近くに樹液を設置する。時間を置いて戻って来たら、体内で樹液を熟成させたクライム・ハンターを倒せば良い。それで金蟻蜜は出来上がりだ」
「じゃあ……これで、やっと一つだね?」
「長かったな……」
「……蟻が移動を開始した。きっと巣に戻るんだろう。
「了〜解っ!」
元気よく返事をする歌音。
クライム・ハンターの後を追った僕達は、森林の中心に大きな蟻の巣を発見した。遠目から地面にぽっかりと空いた穴を眺めながら、それ以上は近付かず、蟻が通るであろう道の数箇所に樹液の入った小瓶を封を開けたまま放置する。
これで準備は完了だ。ハチノスの木の樹液を摂取した蟻は、体の表面が白くなる。巣の近くに居る完全に真っ白な個体を討伐すれば、体内に溜めた金蟻蜜を採取出来るだろう。
「熟成まで約6時間だったかな……? ただ待っているのも勿体無いから、このまま次は"テイメンコウの湯"を探しに行くよ?」
「場所は分かってるんでしょう? なら、簡単だね♪ 早く行こうよっ!」
歌音はそう言うけれど、現地で猿が浸かっているかどうかは運次第。エイプスの泉はテイメンコウが居なければ唯の泉だからなぁ?
まぁ、心配してても仕方が無いか。
「それじゃあ、出発しよう。此処からなら1時間も歩けば目的地に着くんじゃないかなぁ?」
「また森の中か?」
「残念ながらね……」
肩をガックリと落とす太一。その気持ちは非常に分かる。道中で歌音が虫に大騒ぎしないよう祈りつつ、僕等はその場を後にした。
◆
午後1時。昼休憩を取らずに探索を続けた僕達は、その甲斐あってか、思ったよりも早くにエイプスの泉に辿り着く事が出来た。
しかも、"猿付き"で。
「や、やった……!」
茂みに隠れながら、猿の親子の入浴を見守る僕達。絵面としては微妙だが――今回は運が良い。恐る恐る泉に近付きながら、用意した蓋付きの水瓶に泉を汲んでいく僕。
……出来た! 後はコイツを煮詰めてやれば"テイメンコウの湯"は完成するぞ!!
「どうだ、翔真……?」
「バッチリ。運が回って来たんじゃな〜い?」
くっくっく、と。思わず悪役スマイルを浮かべてしまう僕。太一の奴はソレに若干引きながら、水浴びをする猿達へと目を向けた。
「意外と襲って来ないもんなんだな?」
「見れば分かるけど、アレは生後間もない赤ん坊を沐浴させてるんだよ。滅多な事じゃあこっちに危害は加えて来ないさ」
「へー……間違って攻撃したら?」
「母親猿の強さをその身で知る事になるね。念の為に言っておくけど……絶対にやるなよ?」
「わ、分かってるよっ!」
慌てて頷く歌音。
……本当か? 此処数日で僕のコイツに対する認識は大きく変わっているぞ? 流石に此処まで脅しを掛ければ大丈夫だとは思うけれど――
「魔物とはいえ、赤ん坊を攻撃するなんて、出来る訳ないでしょうっ!?」
頬を膨らませながら「心外!」と言って怒る歌音。まぁ、此処まで言うなら信じてみよう。
「――さ。時間も余った事だし、昼休憩を挟みながらクライム・ハンターの巣に戻ろうか?」
僕の提案に異論は無いのか、歌音は渋々と。太一は呆れながら頷いた。昼休憩と言っても転送区に戻る訳ではないから、食べる物は昨日と一緒だ。手頃な場所にアウトドアチェアを置くと、僕達は携帯食料と水で腹を膨らませた。
「……あれ? 歌音は?」
背凭れに身を預け、文庫本を目隠しにしながら午睡を取っていた僕は、騒がしい女の不在に気が付かなかった。近くに居た太一に聞くと、答えは簡単に返ってくる。
「砂で汚れたから、水浴びだとよ」
「はぁ……水浴び?」
という事は、歌音の奴はエイプスの泉に戻ったのか? あそこまで口酸っぱく忠告してやったんだ。流石に猿親子を挑発する様な真似はしないと思うけれど――
「!!」
――その時、僕の脳裏に電流が走る!!
水浴び……だと……!?
「お、おい……翔真?」
「……なぁ太一? これはチャンスじゃないか? 歌音には色々と世話になったからね? 此処いらでそのツケを返して貰おうじゃないか……?」
「お前、まさかッ!?」
太一の方も合点がいった様だ。
驚愕した表情で僕を見詰めている。
「あぁ、そうさ――僕は覗く!! ABYSSの件だけじゃない。アイツは僕の"息子"を随分と可愛がってくれたからね!? お返しをしなきゃ気が済まないんだよォォォォ――ッ!!」
「お、お前……」
「止めたって無駄さ! 僕は行く!! そして覗くッ!! これは決定事項だッ!!」
決意を込めて叫んでやると、何やら太一の方の顔付きも真剣味を帯びていく。
「フン、
「太一!!」
「俺もやるぞ……アイツの裸体にゃ興味は無ぇが、報復になるなら構わねぇ……」
「太一……」
「翔真……」
気付いたら僕達は互いに硬い握手を交わしていた。こんな時、男に言葉は不要なのだ――
そうと決まれば話は早い。
最速でテントを片付け、エイプスの泉に向かう僕達。森林を進み、ターゲットを近くに感じると、僕等は互いに目配せをしながら、音を出さぬ様、慎重に茂みの中を進んで行く。
――おぉ!! あ、アレが歌音の――!!
ご丁寧に衣服を全て脱ぎ去った歌音は、想像通りの形の良いおっぱいを晒しながら泉の中に浸かっていた。下半身は見えなかったが――正直、もう充分!! 水も滴る良い女っぷりを、これでもかと眺めさせて貰ったよっ!!
「おぉ……アイツ、あんなに……」
目の前の光景に気を取られ、うっかりと前に出て来てしまう太一。
馬鹿ッ!
そんなに前に出たら見付かるだろう!?
思った僕は、咄嗟に腕で太一の行手を遮ろうとして――ポキッと。小枝を踏んでしまう。
「――誰ッ!?」
「あばばばばばばば――ッ!?」
いかーーんッ!?
バ、バレたァァァ――ッ!?
「太一、早く逃げ……って、もういない!?」
「南無三……ッ!」
見ると奴は、とっくの昔に僕を置いて逃げ出していた。何が南無三だ、ボケェェェッ!?
「この、裏切りモンがァァァァッ!!」
叫ぶ僕だが、状況は何一つ好転せず――
「……へぇ? 覗き? この御時世に、そんなイケナイ事をしちゃうんだ、翔真君……?」
すぐ後ろに歌音の気配を感じる……!
万事休すか!?
ええい、ままよ――ッ!!
「……ご、御時世が何だァァ!? 大人しくしてりゃあ"蛙化"とか"ぬいペニ"とか男を馬鹿にする癖にぃッ!! 僕達は家畜じゃないぞォ!? 死せる餓狼は自由を叫ぶんじゃぁぁいッ!!」
「……何を言ってるのかサッパリだけど、まぁ良いよ? そんなに溜まってるなら、好きなだけ出させてあげる――」
「へ?」
……あれ? 流れ変わった?
「もう1週間以上もオアズケしてたもんね? どれだけ出せるか……耐久テストしよっか♪」
「は? ……はぁぁぁ!?」
「それじゃあ翔真君……だーしーて?」
我がJr.が意思とは無関係に怒張する!?
お前……この間まで、ウンともスンともしなかった癖にぃぃ――ッ!?
や、やばい――!!
「ア――ッ!!」
森林エリアに、僕の叫びが木霊する。
森の奥には、未知の怪物が存在したんだ。決して暴いてはいけなかった……! 僕は今回の探索で、身に染みてソレを実感するのだった――
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