第129話 あびキャン△
――それから僕達は、クライム・ハンターの巣を求めて大森林の奥地へと進んで行った。
探索は難航した。
このままでは不味いと危惧した僕は、本日中での"蟻の巣"の捜索を断念。今現在は"草原エリア"にて小休止を取っていた。
時刻は午後の8時だ。
辺りはすっかりと暗くなっており、松明が無ければ近くの物すら見る事は出来ない。
探索者のセオリーとしては、此処で一時転送区へと帰還するのが一般的なのだが――
「今日は此処で野宿をするか……」
思わず、僕はそんな事を呟いていた。
顔を見合わせる東雲と草薙。
「……俺達は構わないけれど――」
「何か理由でもあるの?」
「理由って言うか……」
言葉に出すのを少し躊躇う。理由を言うと、二人に笑われそうな気がしたからだ。
……ま、いっか。
「……星が綺麗だろ?」
『――』
驚いた様な顔を見せる二人。
うーん……やっぱり、変だったかなぁ?
でも、原作でも僕はこのエリアが好きだったんだ。転送区には帰らずに、わざわざ階層内で一夜を過ごすくらいにはね。
「……良いんじゃない? 私は賛成ー!」
「……右に同じだ。なら、さっさとテントの用意をしようぜ? 言い出したって事は、野営用品は持って来てるんだろう?」
「あ、あぁ」
「ね!? 何だか楽しみー!! お休みの日に皆でキャンプに来たみたいじゃない!?」
「知らねぇよ。そんな経験ねぇし……」
「プー! 寂しい奴ー!」
「お前だって同じだろう!?」
騒がしくする二人を見ながら、僕は不思議と懐かしさを感じてしまう。似た様な経験なんてした事ないのに……何故だろう?
「おい、石瑠! 早くー!!」
「お、おぅっ!!」
……考えても、時間の無駄か。
僕は二人に急かされながら、持ってきたテントを地面に広げ、草薙と共に組み立てた。
◆
アウトドアチェアに座りながら、小さな焚き火を囲む僕達。ブロック型の携帯食料と温めた珈琲が今夜の夜食だ。家で食べる物より質素だが、空に輝く星々が心の中を満たしてくれる。
「……綺麗だな」
「ああ……」
「ねぇねぇ、見て見てー!!」
しんみりと夜空を見上げていると、後ろ手に何かを隠しながら、東雲が俺達へと話し掛けて来た。その顔には悪戯な笑顔が浮かんでいる。
「じゃ〜〜ん! ザー○ン・ブロックッ!!」
『……』
ブロック型の携帯食料に、白濁色のハチノスの樹液を掛けた東雲は、そのままパクリとソイツを食べた。「やばっ!? 甘くておいひ〜〜♪」と悶える東雲を見ながら、俺達は何とも言えない表情をお互いに浮かべてしまう。
「情緒もへったくれも……」
「……無いんだよ。アイツには何も無い。俺の気持ちも少しは分かってくれたか?」
……まぁ、概ね。
僕は草薙に向かって同意した。
「へぇ〜? 太一君も随分と慣れたよね? 此処に来た時は『
「……別に。慣れた訳じゃねぇけど、何時迄も警戒してても疲れるだろう? 幸い、コイツが"使える"奴だって事は昼間の探索で分かったしな」
「ふぅん……? ――ねぇ。翔真君、翔真君?」
「な、何だよ……?」
笑いを堪えながら僕へと手招きをする東雲。近寄れって事か? 仕方が無いなぁ。椅子から立ち上がった僕が東雲の横へと立つと、彼女は僕の手を引っ張って、強引に隣へと座らせた。
「ふぁッ!?」
相変わらず距離感の近い女だなぁ!? 首元に腕を絡ませてきた東雲に、抗議の声を上げようとした時である。彼女はそっと耳打ちをする。
「――翔真君ってさ、何気にタラシだよね?」
「は?」
「アレ、すっっごい珍しいから。きっと君の事、気に入ったんだと思うよ?」
「……」
アレとは何を指すのか。
鈍感な僕でも理解は出来た。
特別な事はしてないと思うんだけどな?
他人の信頼か……良く分からん。
「ねぇ! 周りって誰もいないよね〜!?」
頭上を越え、後ろに居る草薙へと声を掛ける東雲。15階層という微妙な場所。それに、時間も時間だしな? 周囲には僕達以外の探索者の姿は無かった。草薙から「いない」という返事を聞き終えた東雲は、徐に自身の上着を脱ぎ出す。
「おまッ!? 何を!?」
「……少し羽根を伸ばそうと思って、ね?」
「羽根って――うぉっ!?」
真っ白いブラジャーに包まれた形の良い胸元を露出させ、東雲は宣言通り"伸び"をするかの様に己の背中に生えた羽根を大きく広げていく。
折られ畳まれた蝙蝠の様な黒い羽根は、左右の両腕を広げた位のサイズがあった。いきなりの事に目を丸くする僕。これが、魔種混交。これが、
「――綺麗だな……」
「え?」
思わず、本音が溢れてしまう。星々の煌めきを背景にした夜の一族の姿は、幻想的でとても美しかった。言ってしまって慌てて口元を押さえる僕。だが、その行動も全てが遅い。
「――プ。アハハハハ!! き、綺麗って……! 本当、翔真君ってサイコーだよね……?」
「な、何だよ!?」
「そんな事言われたの、生まれて始めてだったかも……あー! おっかしいっ!!」
尚も笑い転げる東雲。その様子に僕は恥かしさよりも戸惑いを覚えてしまう。草薙の奴は黙ってて何も言わないし、何なのかサッパリだ。
「――ずっと、醜いって言われてた」
「え?」
東雲が、己の羽根を撫でながら頷いた。
「生まれたての赤ん坊から蝙蝠の羽根が生えてたら、誰だってそう思うでしょう? 綺麗だなんて……馬鹿な事を言うのは翔真君だけだよ」
「だって……」
実際に思ったんだから、仕方ないだろう?
東雲は、話を続けた。
「私の場合はね? 親にすぐに見捨てたりはしなかったんだ。その点で言うなら太一君よりはマシだったのかも知れないね?」
「――草薙が、何だって?」
僕は振り返って草薙へと問う。アイツはやれやれと言った体で自身の事を打ち明ける。
「俺は
「……」
「ね? 悲惨でしょう? アイツに比べればまだ私は恵まれてたの。家では再生する羽根を逐一鋏で切られる位で、後は普通に暮らしてたしね」
「は、鋏って……?」
「麻酔も無しだよ? お母さんに切られてたんだけど、時々間違って背中の肉まで抉るんだ。それが私、本当に嫌で嫌で仕方が無かった……」
絶句する僕に構わず、東雲は話を続ける。
「家を追い出されたのは、お父さんに無理矢理犯された時だっけ――? お母さんは私の事を『売女』って罵っていたっけかなぁ? その後は身体を売ってスラムを転々として――お母さんの言う通り、本当の『売女』になっちゃった。最後は研究所に捕まって――身体の中を弄り回されて、死んだ方がマシだって思った時に、魔種混交の皆に救出して貰ったの」
「おい……」
言葉を遮ろうとする草薙だが、東雲は首を横に振って僕を見た。
「……どうせ翔真君は知ってるよ。アカデミーに潜伏している魔種混交なんて、誰がどう見ても怪し過ぎるでしょう? 自存派との関係がバレるのも時間の問題……なら、此方から明かしちゃっても構わないと思わない?」
「……」
――まぁ、実際知ってた訳なんですが……東雲が余りにもあっけらかんとし過ぎていて、逆にこっちがビビってしまう。
「私の正体を知ってる人と、こうして普通に話せるだなんて思わなかった。――だからね? 今回の探索、翔真君的には不本意だったかも知れないけれど、私的には目一杯楽しんでるんだ。きっと、そっちの太一君も……ね?」
「……フン」
だから、ありがとう――って話か?
やめてくれよ。
そういうのは苦手なんだ。
僕の重荷になるだろう?
「……不幸自慢はそれで終わりかい? だったら、今度は僕の番だね?」
『え?』
「夜はまだまだ長いんだ……この僕が味わって来た、艱難辛苦の一時を君達にも教えてやろうじゃないか? なぁに、魔種混交にだって負けて無いよ? 初めは……そうだなぁ。妹に土下座した話からしてやろうか? アレは酷かった――」
不幸話に花を咲かせ、夜はすっかりと更けていく。笑いあり悲しみありの思い出話……。
ま、偶にはこういうのも良いんじゃない?
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