第128話 第15階層② 草薙


 ――SIDE:草薙太一――



 自分でも、おかしな事をしているという自覚はある。此方の素性を知る人間ノーマルとのABYSS探索。それがどれだけのリスクを生む事なのかは頭の悪い俺にだって理解は出来た。


 シエルは俺達と同じタイミングで自存派に保護された仲間だった。同じ釜の飯を食い、語り合い、笑い合った……掛け替えの無い家族だ。


 それがまさか――多少血が濃くなったからと言って、俺達に襲い掛かって来るとは思わなかった。見境を無くしたシエルを見て、俺は以前研究所に居た人間ノーマルから言われた言葉を思い出す。


 俺達は爆弾だ。

 何時起爆するのか分からない爆弾……。


 だから人間ノーマルの連中は俺達を恐れ、閉じ込め、解剖しようとするんだろう? 血も涙もない連中の気持ちなんて理解したくもないが、それでも何となく察する事はある。


 俺達はと共存出来ない。


 だって言うのに、この女は――!



「ギャァァァァ――ッ!? 背中に何か引っ付いてますぅぅぅッ!?」


「キャハハハ!! いも……! 芋虫……!! 翔真君、デッカい芋虫が付いてるよ〜〜!?」


「ひェェッ!? 誰か取ってェェ――ッ!!」


「あは、あはははッ!! お、お腹痛い……!」


「……」



 背中に巨大な芋虫を乗せ、泣き叫ぶ石瑠。それを指差して笑うのは一応同胞のアンネ=リンクスだ。アンネの奴は、森に入ってから終始この調子で巫山戯ている。人目が無くなったからか、遠慮無く素を見せてやがる。


 素、か――

 人間ノーマルの前で、良くこんな――


 ……うん――?



「――おい。楽しそうに笑っているが、お前の肩にも虫が付いているぞ?」


「へ?」


「ほら、そこに百足ムカデが――」


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「――ブッ!?」



 肩に引っ付いた百足を、泣き叫びながら俺の顔面へと思いっ切り投げ付けるアンネ。


 痛ってぇ……何すんだこのバカ女ッ!!


 思ったのも束の間――



「ッ? 何だ――!?」


「森が――」


「騒めいて――って! これは――!?」



 鳥や蟲達の騒めきの後、茂みの奥から現れたのは、巨大な大百足オオムカデであった。全長約8mはあろう程の巨体である。うねうねと蠢く数百の手足。ソレを見たアンネは、顔を青くしてその場から飛び退ってしまう。着地点は石瑠の後ろだ。アイツ、眷属を盾にしやがった……!



「ちょっ、離せって!?」


「無理無理無理無理!! アレは無理――!!」


「お前が始めた物語だろォォ――ッ!?」


「いやぁぁぁ!! 何とかしてー!!」



 泣き喚くアンネ。

 相変わらずだな、あの我儘女ッ!?


 俺は次元収納から愛用のバルディッシュを取り出すと、そのまま大百足へと肉薄していく。


 図体はデカいが……たかが15階層の魔物だ。

 LV.28の、俺の敵じゃない――!!



「トァァァァァァッ!!」


「あ、待っ――」



 石瑠が何かを言い掛けていたが、気にする暇は何処にも無い! 渾身の一撃を大百足の体表面へと振り下ろし――



「なァッ!?」



 叩いたのはだ。

 大百足の体には切っ先は届いていない。


 属性スキル!?

 こんな虫ケラがッ!?


 驚いたのも束の間。


 風船の様に膨れ上がった風の球体が目の前で破裂し、圧縮された風が暴風の様に俺の体を吹き飛ばした。背中を海老反りにしながら空中で身を捩る俺。百足は目の前へと迫っていた。



「よ、鎧召喚!! ――ぐあぁぁぁぁッ!!」


「デュラドッ!?」


「――チぃッ!」



 瞬時に"首無し騎士デュラハンの鎧"を装着する俺。咄嗟に防御を固めるが、直後、大百足の突進により俺の身体は上下左右が分からぬ程にシェイクされてしまう。軋む鎧と吹き飛ぶ身体。大百足に踏み潰されながら、長い長い転倒を繰り返す。


 叫ぶ喉が限界を迎え、開いた口からは砂と血が混じり合う。擦過する地面の枝が突き刺さり、目が回り、平衡感覚がイカれたその時――突然、大百足はその蠕動ぜんどうをパタリと止めた。



「カハッ……」



 口内の砂を吐き出しながら、回る視界の中で大百足の体の下から這い出て行く俺。


 神経が固まってしまったかの様にピクリとも動かない大百足。怪訝に思いながらも、俺は頭部の方へと向かって行き、額に突き刺さった細剣を見付けた事で、漸く事態が飲み込めた。



「……お前が、やったのか……?」



 細剣を投擲したであろう目の前の人間ノーマルを指して、俺は分かり切った事を呟いた。



藤原秀郷ふじわらのひでさとの百足退治の伝説は知っているかい? 三上山に棲みついた大百足は彼の降魔の矢によって眉間を貫かれて退治されたんだ」


「……」



 石瑠は大百足に突き刺さった細剣を回収しながら、俺に向かって講釈を述べた。



「矢には唾が濡られていた……分かるかな? 陰陽道では唾には破魔の力が宿ると云われている。"眉唾"という言葉の語源も此処からだね。実際に試してみたら――ほら、この通り。哀れ龍神一族を追い詰めた大百足は、何の変哲もない学生に退治されてしまうのでした――と!?」



 突然、アンネが石瑠の背中を押した。その顔には明らかな不服の表情が浮かんでいる。



「……だったら、な〜んで私に剣の切っ先をしゃぶらせたのよっ!? 翔真君が自分でやれば済んだ話だったじゃない!?」


「……いやだって、汚いし――」


「はぁあ!?」



 プンプンとむくれるアンネと、それを必死に宥めようとする石瑠。二人の間には人間と魔種混交といった隔たりは無い様に思えた。


 ……本当に、不思議な奴……。


 俺は改めて、そう思う――

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