第127話 第15階層① 翔真


 12階層の転移石は簡単に見付かった。道中には他の探索者の姿も散見しており、"稼ぎ"に来ている連中も多い様だ。故に、魔物との戦闘も此方には余り回って来ない。湧いて来た魔物はあっという間に彼等に狩られてしまうからだ。


 そんなこんなだから、転移石までの道程も先を行く探索者の後を追って行けば自ずと辿り着いてしまう。気分は休日のハイキングかな? 消費した時間は2時間。僅かその程度の探索で僕等は階層更新を行った。


 その次も。その次の次も同じだ。


 ただ黙々と歩くだけ。時折二人の何方かが会話を振って来る事もあったけれど、基本的には歩くのを優先し、無駄な会話は殆ど無かった。


 僕としては有難いね。


 そうして、気が付けば15階層だ。


 午前8時20分から出発して、現在時刻は午後5時30分。約9時間の探索で此処まで到達出来たんだから、上出来な成果だと言えるだろう。



「もう目的地? 案外簡単だったね?」



 肩透かしの様に東雲が言う。不謹慎ではあるが、正直言うと僕も同感だった。


 見晴らしの良い草原エリアでは此方からちょっかいを掛けない限り魔物は襲っては来ない。道中すれ違ったのは"ホーンラビット"や"ビッグボア"。"コボルト"などの魔物だったが、そのどれもが少し迂回するだけでやり過ごせた。


 階層内に居る探索者の数が多過ぎる弊害だろう。経験値稼ぎに素材取集。目的は違えどやっている事は一緒だしな。原作のレガシオンでは魔物のリポップは10分だったが、此方ではそんなゲーム的なエフェクトは存在しない。倒せばそっくりいなくなるのだ。魔物達がどう繁殖しているのかは知らないけれど、この調子で毎日狩っていたら、その内、階層内の魔物を絶滅させてしまうんじゃないのかな?


 妙な心配をしながら、道中を歩く僕。隣では東雲の奴が興味深々な様子で周囲の風景を眺めていた。黙々と歩いている草薙とは対照的に、コイツの場合は少し動きがうるさいな。



「……東雲は、15階層に来た事はあるの?」


「無いよー。でも、他の人にくっ付いて上の階層に転移した事はあったかな? 見た感じ15階層の魔物なら私一人でも対処出来ると思うな」



 その見立ては正しい。


 ――というか、東雲達のレベルが高いのって自存派のメンバーに"キャリー"されたからなんだろうな? LV.20オーバーの探索者が10階層の敵に苦戦する筈は無いでしょ。



「そりゃあ心強い事で……ベッドでひぃひぃ言ってる相葉達にも、聞かせてやりたいよ……」



 皮肉を言って、僕は話を打ち切った。彼女の言う事が確かなら、クラス対抗戦も相葉達の負傷を減らす事だって出来た筈だ。神崎なんて、今は傷痍探索者になりかけているんだぞ?


 心が痛まなかったのか……?


 そう言った意図を、言外に含ませてやる。



「……一応言っておくけど、私は努力はしたよ? 事実、紅羽ちゃんは軽傷だったし、悪いのはデュラ――そこに居る、太一君だよっ!」


「……」


「……どういう事?」



 ギスる二人に、問い掛ける僕。



「……今回のクラス対抗戦。互いに重傷を負わない様、裏で東雲と情報交換をしていたんだ」


「A組を裏切っていたって事かい?」


「……裏切り? ハッ、笑わせるな。元より俺はアイツらの仲間なんかじゃない。俺が魔種混交なのは知っているだろう? 潜入先で情に惑わされるのは、その女だけで充分なんだよ」


「何、その言い草……!? 太一がもっと早く位置情報を降ろしてくれれば、こっちは余計なリスクを背負う事も無かったんだよッ!?」


「ハッ!! 全部俺におんぶに抱っこかよ!? 冗談じゃない……! こっちは針将仲路の目を盗みながら、メールを打ってやってたんだぞ!? 情報を活かせなかったお前が悪い!!」


「――私が怪我をしていたら!? 入院する程の大怪我をしていたらどうしたの!?」


「その時は精密検査に掛けられて、魔種混交だと発覚してたかもな!? 俺は晴れてお荷物とはオサラバだ!! 良い事尽くめじゃないか!?」


「――あのぅ……」


「最ッ低! そんな事を考えていたの!? だからシエルの事も簡単に斬り捨てられるのよ!?」


「アンネ……ッ!! それは禁句だぞ!?」


「――そ、そのぉ……」


「何よ!? 始めたのはデュラドでしょ!?」


「だから!! その名で呼ぶなと――っ!!」


「先に言ったのは――!!」


「何をぉ――!?」


「……あぁ、もう駄目かぁ……」



 ドーンという音と共に、背後から猪型の魔物・ビッグボアの突進を喰らう二人。


 ……一体、何をやっているんだか?



「……進も」



 溜息を吐きながらその場を後にする僕。背後からは魔物との戦闘音が聞こえて来たが、気にしてなんていられないよ。



「これだから素人は……」



 呟きながら、僕は探索を再開する。ハチノスの木が群生しているのはこの階層からだ。可能ならば今日中に金蟻蜜は入手しておきたい。


 六角形が集合した様な幹の表面。楕円形で黄色と、ハチノスの木の外見は特徴的だ。少し歩いただけでも、すぐに発見する事が出来た。



「さて、と――」



 次元収納から取り出した採取用のナイフで木の表面を削って行く。すると、中からは白濁色のドロッとした液体が溢れた。見た目は完全にだが、栗の花の匂いがする訳じゃない。別物だ。僕は取り出した瓶容器に樹液を注いで行く作業を繰り返した。


 数分経過した辺りだろうか。



「それが金蟻蜜か?」


「……へぇ? そんな色してるんだ?」



 東雲達が戻って来た。

 戻って来なくて良かったのに……。



「……これはハチノスの木の樹液だよ。金蟻蜜はコイツを加工して作るんだ」



 念の為、予備の分も採取しておこう。探索区の道具屋に売れば、そこそこの値段で取引出来た筈。僕はせっせと作業に従事した。



「ソレ、他に何かに使えたりするの?」


「樹液だからね。水分を飛ばせば香水にもなる。代表的な使い方は調味料じゃない?」


「……食べれる代物なのか?」


「メープルシロップの亜種だと思えば良いさ。焼いたトーストにそのまま掛けて食べるのが一般的らしいよ? 何なら後で試してみたら?」


「いいじゃん! 面白そう!」


「得体が知れないな……俺は、止めておく」



 此処でも両極端の二人。


 下手な物を食べると、腹を下すからね?

 草薙の懸念は最もだ。



「――それで? 加工はどうする?」


「それなんだけど、クライム・ハンターの巣を見付ける必要がある。奴等にコイツを喰わせて、体内で樹液を熟成させるんだ」


「って、言う事は――」


「――そう。目の前に広がる大森林。この先を進んで行く必要があるって事さ」



 ハチノスの木の奥には青々とした森林が広がっていた。15階層からはこの"森林エリア"と"草原エリア"の二つの環境で構成されている。


 当然、出現する魔物も違って来る。

 後半戦による難易度の上昇だ。


 あれだけ居た探索者達も、"森林エリア"の周辺には誰一人として存在しない。


 分かってる奴は、分かってるんだ。


 此処からが10階層の魔境だって事をね……?

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