第131話 微睡の翔真・疑惑の紅羽


 夢――


 多分、夢を見ていた――。


 ふわふわとして、輪郭の無い。非現実的な光景。自分の存在すらもあやふやで、確立していない宇宙空間。そこに僕は、気が付けば意識だけを漂わせていた。


 夢の中で夢と認識するのは子供の時以来だ。


 明晰夢めいせきむって言うんだっけ……?


 自由自在に夢を操作出来るとか……? 生憎と今の僕にはそんな芸当は出来ないみたいだ。


 肉体が無い。

 ただ綺羅綺羅とした空間に漂っているだけ。


 手も足も出ないとはこの事だろう。


 ただ――不思議と気分は落ち着いている。


 このまま寝ちゃっても良いかもなぁ。

 夢の中で寝る……かぁ。

 それって、どうなんだろう?


 まぁ……何でも良いや。

 少し、疲れた……。



『……い、……やって……んだよ!?』



 声が聞こえた。

 それも、酷く聞き覚えのある声が。


 僕は、"視点"をそちらに向ける。


 何だ――僕か。


 僕が喋ってる……?


 いいや、違う――?


 コイツは――



『……様な……格好……しやがって!……体を使ってるって……自覚……のか!?』



 コイツ、石瑠翔真か――?


 声は籠っていて、ハッキリとは聞こえない。

 何か、僕に言いたい事でもある様だ。



『しっ……ろよ! ……記憶が……してるのは……けど……しか……いないんだろう!?』



 何!?



『僕の……使ってるんだから……! むよ! ……れはを……なを、救って……れよぉ!』



 な、何と……!



『敵は……ぐうじ……きとだ! ……アイツ……注意……ろ! ……対に……るんだからな!?』


 ……。


『……分かっ……かっ!?』



 ……ぜ〜んぜん、分かりません。


 肩で息をしながら叫ぶ翔真。


 ……意気込みは買うけれどさぁ。此方に伝わらないんじゃあ意味がないよね……?


 うん――?


 そうこうしていると、空間が真っ白く照らされていく。多分、目覚める予兆なのだろう。



『……てって!? おーいッ!!』



 必死に僕を呼び止める翔真。けれど悪いね? 僕だって目覚めようと思って目覚める訳では無いのだ。話はまた今度、夢の中でしよう――



『皆……仇を……るんだろう!? ……い出せよ! ……して……救って……よぉっ!!』



 まだ何か言ってるし――?

 もう翔真の顔だって見えないって言うのに。



『好……なんだよぉ……てるんだよぉ……だから、頼むよぉっ……!!』



 ……?



『紅羽を……救ってくれよぉ……!』



 僕の意識は、ソコで急速に覚醒していく。





「あれ……?」



 声に出して驚く。僕は硬い石畳の上に寝かせられていた。ぼんやりとした視界で辺りを窺うと、周囲には探索者が張ったであろうテントが幾つも存在していた。


 もしかして、転送区……?

 アレから僕は、どうなったんだ――?



「ん……? お、おい! 気付いたのか翔真ッ!? おい、アン……じゃなかった。――歌音! 翔真の奴が目を覚ましたぞ!?」


「えー!?」



 慌ただしい様子で声を出す二人。天井の空を見るに今は夜だ。就寝している探索者の手前、彼等の声量は幾分かは抑えられていた。



「……えっと。翔真君、起きてる〜?」



 恐る恐ると言った体で、僕の顔を覗き込む歌音。背後には太一も立っていた。



「……歌音か? 僕は――どうなったんだ?」


「ご、ごめんね〜……熱くなって、ついやり過ぎちゃった……まさか、翔真君が泡吹いて気絶しちゃうとは思わなくってさ〜……?」


「このド阿保! お前は加減を知らなさ過ぎるんだよ!? 心配して戻ってみたら、全裸の翔真が気絶してるんだから、本当に驚いたぜ……?」


「ぜ、全裸っ!?」



 何かサラリと言われたけど、つまり僕、歌音や太一にも我がJr.を晒しちゃったって事か!?


 な、何たる屈辱……!!


 しかも気絶って――!? 記憶が飛んでて曖昧なんだが、一体僕は何されちゃったんだァ!?



「ま、まさかお前……僕の童貞を……!?」


「――あ、それは大丈夫」


「へ?」


「しっかり我慢したし。流石の私も紅羽の許嫁を喰っちゃったりはしないよ〜?」


「……」


「……まぁ、20発くらいは絞ったけど……」


「――何か言ったァッ!?」


「何も何も!! 聞き間違いじゃな〜い!?」



 白々しく笑う歌音。この淫魔族サキュバスめ……! 他人の体で好き放題しやがって……!!


 ……他人の体、か――



「……」


「あれ? もしかして本気で怒っちゃった?」


「いや――」



 さっき見た夢の事を考えてしまった。この世界に"石瑠翔真"として転生してきてしまった僕だけれど、それってつまり、元居た翔真を殺して置き換わったって事なのかなぁ……?



『紅羽を……救ってくれよぉ……!』



 翔真の悲痛な言葉が、脳裏に過ぎる。


 アイツ……まだ紅羽の事が好きなのかよ? あの女が、お前に振り向くなんて事は有り得ないのに。一途というか、何というか……。


 しかも、救うって何からだよ……?


 今の僕には、何も分からない。


 分からないから、今は分かる事に頭のリソースを割いて行こう。その方が建設的だ。



「……僕が気絶してからの状況は?」


「金蟻蜜なら手に入ったぜ? ほら、この黄金の蜜がそうなんだろう?」



 言って、太一が蜜入りの瓶を手渡してくる。パッと見は蜂蜜に近いけれど、良く見ると輝きが違う。仄かに発光するソレは、正しく僕が求めていた金蟻蜜であった。



「蜜入りの瓶は、後四つある」


「なら、数は充分か――」


「それと、翔真君が気絶している間に19階層まで到達したよっ!」


「お前が威張るなっ! その間、翔真を背負って移動してたのは俺だからな!? ったく、余計な手間を増やしやがって……ッ!」


「ひどーい!? 太一が大変だったから、道中の魔物は全部私が相手してたのにー!?」


「それくらいして当然だ!! 一体、誰のおかげでこんな目に遭ったと思う!?」


「はぁ!? 覗きなんてして来たのは太一達じゃない!! 普段私の体なんて興味無いなんて言っちゃってた癖に……サイッテー!!」


「ばっ!? アレはその、翔真に言われて……」



 止めろよ太一ィィッ!?

 そこで僕に話を振るなァァ――ッ!?


「本当なの!?」と、ズイッと寄って来る歌音に「さ、さぁ?」と、冷や汗を掻きながら惚ける僕。両者の言い合いは続いていき、面倒臭くなった僕が、視線を逸らしたその先である。



「――」



 転移石の近くに、紅羽が居た。

 それも、男と二人っきりで。


 思わず、息を止める僕。



「どうしたの、翔真君?」


「い、いや……」



 おかしい。何を動揺しているんだ? 紅羽が男と一緒に居たからって、ソレが何だって言うんだ? そんなの僕には関係無いじゃないか?


 あの尻軽ビッチ。やはり裏ではやる事をやっていたって訳だ。別段驚く事じゃ無いね! むしろ予想通り! ゴールデンウィークなんだもんな!? そりゃあ男と出掛けたりはするさ!?


 はははは!! これで堂々とアイツの事をビッチ呼ばわり出来るよ〜!? ザマーミロだね!!


 気分爽快!! ハイ・テンション!!


 ……だって言うのに……。


 ――何でだ?


 ……胸が、苦しい……。


 締め付けられる様な、胸の痛み。


 これはまさか――"石瑠翔真"の――?



「……あれ? 紅羽ちゃん……?」


「ん? 知り合いか?」


「ま、まぁね……でも、アレって――」



 紅羽と男は此方に気付かぬまま、探索区方面へと消えて行ってしまう。



「こんな時間に、女と二人――?」


「思い出した!」


「あぁ?」


「男の人の方。アレ、八尾比丘尼やおびくにの神宮寺秋斗さんだよっ! 紅羽ちゃん。確か昔、あの人に助けられた事があるって――」



 何だソレは? 初耳だ。神宮寺秋斗と紅羽の接点――そんなものは原作には無かった筈だぞ? そもそも、アイツは何者なんだ? 本当にプレイヤーなのか? だとしたら僕は――


 僕は、どうしたら良いんだ……?

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