第120話 お見舞い③ で? 鳩胸は?
高級回復薬の調合に必要な素材は三つだ。
まず一つは
15階層から群生する"ハチノスの木"の樹液を昆虫型の魔物"クライム・ハンター"に与え、体内で熟成させる事で採取出来る素材である。
二つ目はテイメンコウの湯だ。
15階層から出現する猿型の魔物が"テイメンコウ"と呼ばれている。奴等が水に浸かった出汁が薬液の元になっている。湯と言っても15〜20階層には温泉などは存在しない。18階層に"エイプスの泉"と呼ばれる場所があるので、そこで奴等が水浴びするのを只管に待つ。そうして採取した水を2時間程煮沸する事で"テイメンコウの湯"は完成するのだ。何とも面倒な素材だな?
そして、最後の三つ目だが――
「――おっと」
考え事をしていたら、もう目的地に辿り着いてしまった。506号室。神崎歩が入院する病室である。一先ずは見舞いを優先しよう。扉に付いた名前を見るに、此処の入院患者は神崎だけの様だ。わざわざ個室にしたのだろうか? 入院費も馬鹿にならんだろうに、良いご身分だなぁ。
思いながら、僕は病室の扉を開けていく。
「――なッ!?」
「――」
そこに居たのは、着替え中の神崎だった。入院着を脱ぎ、インナーを取り替えようとしていたのかも知れない。角張った男の体――とは違い、何処か丸みを帯びた裸体である。何よりも注目するのはその胸元。サラシを巻いているが、その膨らみだけは隠せてはいない。
まさか――神崎――?
「しょ、翔真!? 何故此処に――!?」
「神崎、お前……」
「くっ!? ……み、見るなッ!?」
慌てて胸元を隠そうとする神崎。
だが遅い。
僕はもうソレを目撃してしまったし、隠そうとする仕草が僕の予想を確信させる。
「……み、見たのか……?」
「……あぁ」
「まさか……お前に知られてしまうとはな」
「……」
「誰にも話していなかったというのに……」
そりゃあ、こんな事は話せないだろう。
誰だって信じないさ。
まさか神崎が――
極度の鳩胸だったなんて――
恥ずかしくて、誰にも話せない。
「……この事を、誰かに言うのか……?」
「――まさか。安心しなよ。神崎には借りがあるしね。今の事は僕の胸に締まっておくさ」
「……幻滅、したか?」
「はぁ? 幻滅? 何で!?」
凄い胸だなぁとは思ったけれど、その事が原因で神崎に幻滅するなんて有り得ないッ!!
「こんなの、ただの身体的特徴だろう? 神崎は神崎さ。僕にとっては何も変わらないね」
「翔真――」
「そう落ち込むなよ……って言っても、無理があるのか? 何分僕には分からない悩みだしなぁ? 人に見られたのは、初めてだったかい?」
「それは――恐らくな。誰にだって、そう易々と見せられるモノではないだろう……?」
「そっか……そうだよな?」
態々サラシで隠すぐらいだからな。
コンプレックスは大きそうだ。
「でも、いつかは克服しなきゃね? そんなの、何時までも隠し通せるものでも無いでしょ?」
「隠し通せるものじゃない、か……」
「ん?」
「……聞いてくれないか、翔真――?」
そこから語られたのは、神崎歩の過去の話である。神崎は元々は武家出身で、同じく武家の許嫁が居たらしい。アカデミーに中等部から入学していたその許嫁は、中学3年の頃に同じA組の針将仲路の策略によって亡き者とされてしまったらしい。神崎は復讐を果たす為に、アカデミーへと入学。D組に所属する事になった。
ふむ……中々にハードなストーリーだ。
――で? 鳩胸は?
疑問に思う僕だが、神崎の話は続いて行く。
「お前が仲路を倒したと聞いた時は、胸がスッとしたぞ……私では、奴に敵わなかった……」
言って、神崎は己の右脚をチラリと見た。
上半身の傷は浅いが――下半身。取り分けギプスで固定された右脚の負傷は重そうだ。
「骨折?」
「……治ったとしても、違和感が出ると言われてしまった。元の様には歩けんらしい……」
「……」
「だが良いんだ。最後に奴に一矢報いる事が出来た。それだけで私は満足している」
「……ちょっと待った。最後って――?」
「……恐らく私は、退学になるだろう」
「!」
「意識は無かったんだが……保健室に運ばれた時……教師に、私の身体を見られたと思う。この身体の秘密を……だから――」
「――だから退学だって!? 何だよそれ……そんな馬鹿な話があるかァァッ!?」
「翔真……」
「認めない……! 僕は認めないぞ……ッ!!」
男子生徒が鳩胸だからって、退学にする学校があって堪るかァァ――ッ!!
神崎ちょっと疲れてるんじゃなーいッ!?
「神崎が弱っているのは分かったよ! けれど、心配のし過ぎだッ!! そんな事まで考えていたら、治る怪我だって治りゃしないぞッ!?」
「ッ、だが、私はもう……ッ!」
「神崎は! 本当にそれで良いのか!?」
「――ッ!」
「本当はさ、自分の手で仲路の奴をぶっ飛ばしてやりたかったんじゃないの!? 手頃な所で妥協するなんて、神崎らしくないだろう!?」
「分かっている! だが、私にはもう無理なんだッ!? 万全な状態でさえ奴には太刀打ち出来なかったッ!! 脚の後遺症を抱えた今では、もう……満足に、探索する事すら……ッ!!」
「治らないと決まった訳じゃないだろう!?」
「奇跡の確率だッ! もう無理なんだよ……!」
体を抱いて、項垂れる神崎。クソッ! 何だよその様は!? いつも冷静沈着で、僕を励ましてくれた神崎は何処行っちゃったんだよッ!?
く〜〜ッ!! 仕方が無いッ!!
「……何処に行く気だ?」
「……相葉の所。面倒臭いけど、アイツも入院してるから顔ぐらいは見てやらないとね……」
「そうか――」
途端に寂しそうにする神崎を置いて、僕は病室の扉に手を掛けた。
……あ。そうそう。
最後に言っとかないとね――
「神崎」
「……?」
「――奇跡なら、起きるからな?」
「翔真……?」
「怪我だって治るし、学校だって退学しなくて良い。そんな奇跡は――絶対に起きるさ」
「――」
「起こして――みせる」
そのまま振り返らずに神崎の病室を出て行く僕。――改めて、やるしかないね。
――しかし、まさか神崎があんなにも鳩胸を気にしているなんてなぁ……?
人間というのは分からないものだ。思いながら、僕は最後の病室へと歩き出した。
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