第118話 お見舞い① 筋肉病室


 朝からカレーってどうなんだ? ……まぁ、美味かったけどさ。翔真の好物だからメイド達が作ってくれたらしい。今までのゲテモノ料理とは違って、今度はちゃんとした奴だ。ていうか、今までは本当にワザと不味く調理していたんだな? もしや素でアレなレベルなのかと危惧していたから、昨日はちょっぴり驚いた。


 正直、絶品だったね。


 本格的なスパイスカレーと言うよりかは、野菜ゴロゴロ肉増し増しな和式カレーで、僕の好みにマッチしていた。具材が多めなのが良いよね? こんな家庭的な優しい味を、石瑠邸で味わえるとは夢にも思わなかったよ。


 麗亜の奴は、もう――マ〜ジで態度が一変したわ。うざったい位にベタベタしてくるし、滅茶苦茶僕に懐いて来ている。僕の心が狭い所為だろうか? その好意も今までの事もあって、素直には受け入れられない自分がいた。……まぁ、これも時間が解決するだろう。ベタベタしてくるのも、案外今だけってパターンかも知れないしね。その内飽きて離れて行くだろう。


 それに釣られてなのかは知らないけれど、メイド達の対応も目に見えて変わっていた。朝起こしに来て着替えを手伝いに来たり、部屋の中に居ると何も言わずに紅茶とケーキを用意してくる。極め付けは昨日だろう。夜、入浴していた時に「お背中を流しに来ました」と言って、メイド長のマリーヌがタオル一枚で浴室までやって来たのだ。はわわ! エチエチ・ナイスボディ!? 手厚過ぎるサービスに、逆に僕の中の警戒度が上がってしまったねッ!?


 なので――本日は家を出ている。


 身体の疲れは昨日一日で取れていた。就寝前の夏織のマッサージが効いたのかも知れない。振り返る度に、今までとの待遇の差に驚くわ。


 ま、それは良いとして。



「此処が、ホスピタルか」



 翔真になってからは、初めて来た。原作レガシオンじゃあイベント以外では滅多に訪れない場所だしな。外観は都会にある大きめの総合病院といった感じだ。高さは6階まである。探索区に建てられている為、外からの患者も利用する施設となっていた。当然、患者数も多く。見舞い客などの往来が盛んとなっている。


 休日だからという理由もあるだろう。駐車場には車がわんさかと停められている。外科治療に限って言えば、どの病院よりも優秀な施設だからね。そりゃあ人も集まるか。



「えーっと……確か相葉達の病室は、と」



 僕は自身の魔晶端末ポータルを取り出し、影山からの連絡メールを閲覧する。級長だからという理由で、D組の生徒達の近況を報告してくれたのだ。――まぁ、実際有難いけどね。



「現在、ホスピタルに入院しているのは――」



 僕はメール文章に目を通していく。

 送られて来たのは、以下の生徒情報である。


 相葉総司 601号室。全治六ヶ月。

 神崎歩 506号室。全治三ヶ月。

 芳川姫子 403号室。全治六ヶ月

 番馬光 202号室。全治二ヶ月。

 磯野浩介 202号室。全治四ヶ月。

 瀬川三四郎 202号室。全治二ヶ月。

 榊原冬子 403号室。全治六ヶ月。


 以上7名がホスピタルに入院しているD組の重傷者だ。内4名がPTリーダー。残りは1名がメインアタッカー。2名がメインタンクと中々に被害は甚大である。……ひょっとしなくとも、D組の戦力はガタガタだ。怪我の重い者で全治が六ヶ月だぞ? とてもじゃないが、やってけない。


 だーかーらー!

 棄権しろって言ったのにぃっ!!


 ……まぁ、今回の件は大部分が僕の所為な訳だから、余り皆を責められないけどね。


 兎に角、今日はコイツらを見舞いに来たって訳だ。慣れない事をしているのは自覚しているよ。本音を言うなら帰りたい……けれど、級長になってしまった今は、そんな事も言ってられないでしょう? 最低限の責務は果たさなきゃね……思った僕は、ホスピタルの中へと入って行く。まずは受付だ。誰かの見舞いなんて初めてだから、色々と話を聞いておこう。





 受付と話をし、入院病棟までの行き方を教えて貰った僕は、手近な病室から見舞いに行く。


 即ち――最初は202号室。


 番馬・磯野・瀬川の居る、むさ苦しいこと請け合いな病室だ。この三人とは絡みも少ないので、正直顔を出すのも躊躇うね。パッと行って、パッと帰ろう。心の中で決めながら、僕は病室の扉をノックする。



「……どうぞ」



 声は番馬のものだった。


 チッ、起きてたか。


 寝ているなら止めておこうと考えていたのに、仕方が無い……。


 僕は意を決して病室の中へと入った。



「ぐぇッ……」



 扉を開けた瞬間、雄のえた臭いがプンプンと鼻腔を突き刺した。換気とかしないのだろうか? 全く以って気分が悪い。最悪だ。


 其処に居たのは、筋骨隆々な上半身裸の男が二人。何方も両手にダンベルを持ち、汗だくのまま己の上腕を上下運動で鍛えていた。筋肉達磨に囲まれながら、中央のベッドでは包帯をグルグル巻きにされた男が寝かせられている。飛び散る汗が包帯男の衣服に引っ掛かり、所々に滲み跡が出来ているのが哀れだった。


 うーーーん、これは酷い……。



「――おぉ! なんじゃ石瑠か!? 儂等の見舞いに来てくれたのか!?」


「フッ……! 律儀な……! 奴だ……ッ!」


「ま、まぁね……」



 ……つか、会話してる時くらい、そのダンベルの上下運動は止められないのだろうか? 見ててすっごい気が散ってしまう。



「……そっちの包帯男は?」


「がはは! なーにを言っておる? ほれ、磯野じゃ! コイツも儂等と同じ病室だったんじゃ!」


「怪我の度合いは……俺達よりも酷いがな」


「……だろうね」



 瀬川から飛び散った汗が、包帯男・磯野の顔に付着する。まさかコイツに同情する日が来るとはね? 人生っていうのは分からないもんだ。



「その調子じゃあ、身体は大丈夫そうだね?」


「心配か? らしくない……」


「儂等はこの通りピンピンじゃ! 医者は完治には数ヶ月掛かるとか抜かしよるがのぉ!」


「見えない所にもダメージは蓄積する。医者の言う事は聞いておいた方が賢明だよ?」


「……同じ事を、武者小路も言っていたな」


「武者小路? 此処に来たのか?」


「つい、先日な……」


「さっき、卜部達も来おったぞ。酷く傷心しておったのぉ。逆にこっちが気を遣ったわ」



 よく見たら、ベッドの横には見舞い用のフルーツの盛り合わせが置いてあった。……しまったな。僕も何か持って来るべきだったか? 社会常識が欠けているから、こんな事になる。



「卜部達は、もう帰ったのかい?」


「どうじゃろなぁ? 儂等の方が終わったら、姫子さんの見舞いに行くと言っていたが?」



 だとすると、鉢合う可能性もある訳か。



「……石瑠。武者小路達を救ってくれた事、改めて礼を言わせて欲しい……ありがとう」


「え?」


「おぉ! そうじゃそうじゃ! 卜部達もお前のおかげで助かったと言っておったぞ! 流石は階層主を倒した男じゃ! モノが違う!!」


「い、いや、そんな……」


「謙遜しなくて、良い……あの絶望的な状況下で……D組を勝利に導いたのは……間違い無くお前の功績だ……」


「そうじゃそうじゃ! 胸を張れぃ、石瑠!!」


「あ、あぁ……」



 どうしよう。


 こんな時、どんな顔をしたら良いのか分からない。褒められ慣れてないからか、実に苦手な暖か空間が出来上がってしまったぞ!?



「――ん? なんじゃあ? 磯野の奴もお前に言いたい事があるみたいじゃぞ?」


「近寄って……聞いてやると良い……」


「……まぁ、別に良いけど」



 包帯越しに、口をモゴモゴとさせる磯野。促されるままに僕は奴のベッドへと近寄った。



「……っ」


「は? 何だ? 小さくて聞こえないんだが?」



 もしかして、喉をやられているのか? 磯野の声は掠れてか細い。仕方が無しに、僕はずいっと奴の口元へと耳を近付けてやる。



「……びょ……病室を、変えてくれ……っ!」


「……」



 聞こえたのは、切実な懇願だった。



「何か言っておったかー?」


「……賑やかな病室で、嬉しいってさ」


「!!」


「ほぉ? 何じゃ磯野の奴も弱っておるのぉ?」


「ならば……熱く盛り上げてやろう……!」


「がはは! 筋肉祭り開催じゃな!? どれ! 身体も温まって来た事だし、儂等の本格的なトレーニングを磯野に見せてやろうかのぉ!?」


「筋トレなら……負けはしない……!!」



 ババっと、下半身に掛かっていたシーツを取っ払う瀬川と番馬。臭いの篭ったソレは、身動きの取れない磯野の顔に引っ掛かる。


 ――さて、そろそろ僕はおいとましようかな?


「むーむー!」と、唸る磯野を放置して、次なる病室へと歩いていく僕。


 ――本当、地獄。


 僕は心の中で、磯野に黙祷を捧げた。

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