第04章 ゴールデンウィーク編
第117話 苦悩する姉
――SIDE:石瑠藍那――
呼吸は常に乱れていた。
上下する肩。
震える手。
臆する心――
「ッだよ、この程度かよ――」
信じられなかった。例え教室が違っていたとしても、同学年・同い年の人間だぞ――?
私達と一体、何が違う?
何故、此処までの差が発生するのか――?
「しけてやがんなぁ……」
退屈そうに肩を回しながら、奴は私へと振り返る。仲間達の返り血を身に浴びながら、心底どうでも良い存在の様に私を見下ろしていた。
「う、ぁぁッ」
獣の様な眼光に怯み、気付けば私は喉の奥から悲鳴の様な叫び声を上げていた。一心不乱に構えた太刀を、上段に振り上げ――
「――遅せぇよ、雑魚」
「!!」
振り下ろすよりも先に、獣は私の口元を左手で鷲掴んだ。硬く握られた右拳。その渾身の威力を想像し――私は――私はただ――!!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」
瞬間――布団を跳ね除け、飛び起きる私。
此処は……私の部屋か?
そうか――
「また、あの時の夢か……」
1学年のクラス対抗戦を観戦した事により、あの頃の記憶を呼び起こしてしまったのだろう。
最近では、悪夢なぞ見なかったのだがな。
まだ、克服は出来ていない――か。
「我道、竜子……ッ」
ギシリと。奥歯を噛み締める。
2年生の対抗戦の日は近い。
次こそは必ず。
必ず、貴様を超えてやる――!
◆
4月30日、日曜日。
ゴールデンウィーク突入。
学校は
私の予定は言うまでもなく、ABYSS探索だ。
休日だからこそ気を緩ませず、自己鍛錬に励むのが肝要なのだ。いつも通りに早起きをして日課のトレーニングを行っていた私は、
結局、昨日と今日も翔真とはトレーニングを共にしなかったな。……まぁ、奴も対抗戦が終わって疲労が溜まっている様だしな。予定もあるみたいだし、無理強いは出来んだろう。
……しかし驚いた。まさか麗亜が翔真の奴をあんなにも庇うとはな? 妹と同衾したと勘違いをした私が、翔真を折檻しようとした時、麗亜は誤解だと言って必死に私を宥めて来た。今までの麗亜なら考えられない事だろう。
雨降って地固まる、か。少しばかり戸惑ったが、兄妹仲が良い事は悪い事ではないだろう。
「――ふぅ」
日課のランニングを終え、家の玄関前まで帰って来た私は、そのままの足取りで家の中へと入り、風呂場までの通路を歩いていく。
……む? 何やら食堂が騒がしい様な?
気になった私は進路を変更して、食堂の方へと向かって行く。ふむ? 随分と賑やかだな。この声は……翔真と麗亜か? 思いつつ、扉を開いた私は、朝から意外な光景を目撃してしまう。
「だぁぁぁぁ!! 暑っ苦しい!! 流石に引っ付き過ぎだろう!? 飯食えねぇっつーのッ!?」
「だから! 私が翔真兄様に食べさせてあげるって言ってるのっ!! ほら、あ〜〜ん!!」
「ッ、何が悲しくて小6の妹に『あ〜ん』なんてされなきゃならんのだッ!? 行動で示せっつったが、お前は色々と極端なんだよォォっ!!」
「くッ、抵抗するなら――ッ! マレーヌ! 夏織!! ……翔真兄様を抑えておきなさい!」
「おォォい!? それは狡いぞォッ!?」
「……え〜っと、すいません翔真様……」
「お嬢様の為、御覚悟を」
「ぬわぁぁぁぁぁッ!?」
――な、何をやってるのだ、翔真達は?
メイド二人に羽交締めにされ、麗亜に嫌々カレーを食べさせて貰っている翔真。側から見ていると、イチャついてる様にしか思えない。
私の存在にも気付いていない様だし、此処は触れずに立ち去るのが最善だろう……。
「――全く、暫く前なら考えられん光景だ」
ぼやきつつ、私は脱衣所の扉を開けて、汗で湿った自身の体操着を籠に入れていく。
「少し臭うか? 早くシャワーを浴びよう……」
呟きつつ下着を脱ぎ、ブラジャーを籠の中に入れ――首に掛けた銀の印。石瑠家の"家紋章"を手に取り、私は物思いに耽って行く。
「石瑠家の家紋……当主の証、か――」
時が来た時に、翔真へと渡して欲しいと父上から託された物だ。以来、私は肌身離さずこの家紋章を身に付けていた。
クラス対抗戦で見せたあの活躍。あの強さ。今の翔真ならば、この家紋章を託すだけの資格は有しているだろう。
だが――
「……」
何故だろう? 複雑だ……。
私は翔真を石瑠家当主に相応しい男として成長させようと躍起になっていた。
その思いが成就しようとしているのに――
何故だ――?
「……
先送りにする決断。頭に浮かんだ雑念を祓うべく、私は冷水を浴びに行くのであった――
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