第115話 翔真の帰宅 麗亜の謝罪


 ――はぁ、疲れた。


 D組の連中に揉みくちゃにされた後、軽い順位発表が行われ、クラス対抗戦は終了した。本日の授業は此れで終わりだ。祝勝会だとか何だとか騒いでいたけれど、面倒臭がった僕は周りの連中に捕まる前に、そそくさとその場を後にする。帰る場所は――石瑠邸だ。


 これ以上、神崎の世話になるのも悪いしね。クラス対抗戦も終わった事だし、一区切りとして、そろそろ帰宅しても良い頃合いだろう。



「……麗亜が僕の事を心配してるとか言ってたけど、まさかねぇ?」



 考えながら歩いていると、直ぐに石瑠邸へと到着した。実に1週間振りの帰宅になるか? この世界に来てまだ日が浅いというのに、不思議と帰って来たという感覚を抱くな? この身体が翔真のものだからだろうか?


 悩んでいても仕方が無いか。

 合鍵を使って石瑠邸の中へと入る。



「……たっだいま〜」



 玄関口で口にするが、返ってくる声は何も無い。……ま、いつも通りって奴だな。靴を脱いで、家の中へと上がると、僕は無駄に長いリビングまでの通路を歩いた。


 途中、出会したのはメイドのマリーヌだ。


 普段冷静で何を考えているのか分からない年長のメイドなのだが、僕の顔を見た時は、目を見開いて驚いていた。……もしかして、石瑠翔真はもう帰って来ないとか、彼女達に思われていたのかも知れないね。期待を裏切ってしまったのなら、申し訳ないわ。



「翔真様……ッ! 今、帰宅したのですか!?」


「見れば分かるだろー?」



 何を大袈裟な。



「心配していたのですよッ!? 各メイドに報告を……! いえ、一先ずは麗亜様が先決か……急ぎ、御食事の準備を致します……!!」



 はぁ? 食事ぃー!?

 また例のクソマズ嫌がらせ料理かな?


 今までは食う物が無かったから我慢して食べてたけど、神崎の手料理の味を知った僕の舌には合わないね。丁重に断らせて貰おう。



「食事なんていらないよ。良い加減、昆虫食も食い飽きたしね? 報告とかもいらないから、このままゆっくり部屋で休ませてくれ」


「あ、いえ! 今度はちゃんとした――!?」



 はいはい。分かった分かった。


 本当、面倒臭い。マリーヌとの会話を途中で打ち切り、僕はリビングの扉を開いていく。


 ……何か、暗いな?


 窓には分厚いカーテンが締め切られており、電気の一つも点いていない。はて? 節電だろうか? 疑問に思いつつも、僕は壁際のリモコンを操作して、部屋の明かりを点けてみた。



 パッと、明るくなる室内。



「うぉッ!?」


「――」



 リビングのソファーには、膝を抱えたまま死にそうな顔を浮かべる麗亜が座っていた。


 な、何やってんだコイツ……?


 ……えぇ? もしかして、真っ暗な部屋の中でずっとこうやって座っていたのか?


 なにそのホラー?

 病んでる?



「………………兄様?」


「あ? あぁ……」



 ――こっわ。まるで幽霊でも見た様な表情で此方を見詰める麗亜。いや、言っとくけどお前の方が幽霊だからな? 頬も痩けてるし、何だその目は? まるで連日泣いていたかの様な腫れぼったい目で、且つ、寝不足の様な隈も出来ている。正直言って、マジで怖い……!



「本当に……兄様……? 幻じゃ……ない?」


「――すまん、間違えたわ」



 扉を閉め、元来た場所を引き返そうとしたその時だ。背後から来たマリーヌが僕の肩をガッと掴んだ。流石は元探索者、意外に力強い!?



「行ってあげて下さい……!!」


「い、嫌だよッ! 何か怖いし!?」


「ずっと、翔真様を待ってたんですよッ!?」


「は、はぁ?」


「翔真様がお戻りになられなくなってから、ずっと貴方を待っていたのです……! お嬢様は慣れない御料理までされて、貴方に――ッ!」


「知るかそんなことッ!? 料理っつったって、また例の昆虫入りのドロドロなゲテモノだろう!? ――んなもん食えるかバカッ!!」


「……ッ! その時の事は謝ります! 謝って済む問題とは思っていません! それでも誠心誠意、謝り続けますから! だから、今だけは麗亜様に会って下さい!! 会って、話しをッ!!」


「〜〜ッ!!」



 何だコイツ、強情だなぁ!?

 僕が麗亜に会って、何話せってんだよ!?



『マリーヌ!? それに……翔真様ッ!?』



 騒ぎを聞き付けたメイド達が、僕達の所へと集まってくる。……クッソ、ワラワラと〜!?



「翔真様ッ! 今まですいませんでした!!」


「お嬢様に会ってあげて下さいッ!!」


「お嬢様、翔真様が戻って来るまでずっと、御食事も喉を通らない様子で――」


「お願いします、翔真様ッ!!」


『――翔真様ッ!!』


「……く、ぐぐぐッ……!」



 大勢のメイドに詰め寄られる僕。苦手なシチュエーションだ……何だって、家の中でまでこんな思いをしなきゃいかんのだっ!?



「……会えば良いんだろう! 会えばッ!!」


『!!』



 僕が言ってやると、メイド達一同は顔を綻ばせた後に深々と頭を下げるのだった。


 ……くそ、こんなん貧乏籤じゃん。


 恐る恐ると、再びリビングの扉を開ける僕。


 其処には、憔悴した様子の麗亜が立っていた。先程までの話を聞いていたのだろう。今は落ち着いてるし、何なら少し落ち込んでいた。


 ……本当、世話の掛かる奴。



「で? 何か言いたい事、あるんじゃないの?」


「……」



 麗亜は黙って俯いてしまう。


 ……何だかなぁ? 嫌な構図だ。まるで僕が小さな女の子を虐めてるみたいじゃないか。気不味いし、早く済ませたかった僕は、仕方が無しに麗亜へと言葉を続けてやる。



「お前さぁ……痩せてんじゃん。それに寝れてないって――何? 何で僕が数日いなくなっただけで、お前はそんな風になってんの? 元々お前は僕を石瑠家から追い出そうとしてたんだろう? 念願が叶ったのに……何だそのザマは?」


「……ごめんなさい」


「……いや、謝られても……」



 気不味く視線を逸らす僕だが、麗亜の謝罪はそれで終わりでは無かった。


 何度も何度も「ごめんなさい」を連呼する麗亜。見てて気持ち悪かったが、そこはぐっと堪えて、妹の次なる言葉を僕は待った。

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