第106話 クラス対抗戦⑥ 翔真


 通路の奥から、声が響く。


 遠くから聞こえて来るのは野卑やひで粗暴な言葉だった。肌で感じる剣呑な空気。近付くのも躊躇うけれど、一本道だから仕方が無いか。


 僕は、覚悟を決めて進んで行く。



「……も、もう止めて、止めてくれぇッ!!」


「おいおい、さっきまでの威勢はどうした?」


「まだ腕一本だぜ?」


「お前、本当に探索者か? 口だけ野郎!!」


「や、止めてくれ! ゆ、許してくれよぉ……! 何でもするぅ、何でもするからぁっ!!」


「――ぷっ、ギャハハハ!! 兄者ァ、コイツ、遂に泣き出しやがったぜ!?」


「お前その格好、観客にも見られてるって分かってんのかよ? 動画にも撮られてるんだぜ?」


「情けねぇッ! これが散々イキってた男の末路かよ!? まぁ、所詮はD組だなぁッ!!」


「う、うぅぅ……」


「おい、磯野。今度からは俺達にデカい顔すんなよ? 底辺だって事を意識して生きて行け!」


「おう兄者、許してやんのか?」


「馬鹿言え、末守まっしゅ。俺は米田達みてぇに甘くねぇよ。キッチリ両手両足ぶち折って、コイツに尿瓶生活を送らせてやる……!」


「おー怖い怖い。御愁傷様だな、磯野?」


「テメェがこんな所を一人で彷徨いてんのが悪いんだぜ? ――おおっと、そうだ。お前のPTに尻軽そうな女が居たろ? そいつを回したら骨を折んのは勘弁しても――ぐぇッ!?」


「うおぁ――ッ!! うおぉぉッ!!」


「んだコイツ!?」


「暴れやがって!! おい、殺せ殺せ!!」


「――ッ」



 物音が近くなって来た。

 どうやら、騒動の元はすぐそこらしい。



「梃子摺らせやがって、ボケがッ!!」


「がぁぁぁぁ――ッ!?」


「へへへ……足を踏み砕いてやったぜ?」


「終わりだ、クズ」


「――」



 C組の小太りの生徒が、手に持った棍棒を磯野の頭へと振り下ろす瞬間――僕が背後から、その手を掴んで止めてやる。



『え?』



 驚き、硬直する三人。


 リンチか。

 気分の良いものじゃないな。



「失せろ」



 C組の生徒三人が脱落したのは、その僅か数分後の事である。戦闘シーンは――まぁ、一方的でつまらないものだったから、割愛する。



「僕が来て良かったね?」



 倒れた磯野へと話し掛けるも、奴はもう虫の息だ。可哀想だからと、手持ちの回復薬を振り掛けてやった後は、奴の魔晶端末ポータルで【緊急脱出】を代わりに押してやった。



「――しかし、三つ子かぁ……中々ユニークな連中だったなぁ。やってる事は最悪だけど」


 凱亞がいあ折手牙おるてが末守まっしゅだっけ? とんでもないキラキラネームだよね。珍しい三人編成スリーマンセルのPTだったけど、総合力で言えばC組の中でも下位に近い。僕の敵ではなかったね。


 僕は自身の魔晶端末ポータルを取り出しながら、D組の状況を調べる。榊原・磯野と続けてあんな調子だったからな。


 他の連中は、大丈夫なんだろうか?



「――あ」



 生徒表を開いて、僕は思わず声を漏らす。


 相葉達がやられていた。



「紅羽は――いや……」



 他の面子は兎も角として、相葉PTには現時点でD組の最高戦力である東雲が同行しているんだ。酷い事態には陥っていない筈――


 多分、恐らく、そうだと、思う……。



「……チッ」



 知らず、舌打ちが出た。


 側に居ても居なくても、結局アイツは僕の心を掻き乱す。本当、厄介な女だよ――!



「……他の連中を探すか」



 気を取り直して、今出来る事をしよう。


 もう大分手遅れ感はあるし、だから言ったのに! とか。分かってたのに対処出来なかった自分のコミュ症加減とか色々と苛立つ事はある。


 それら全部を引っ括めて――今は行動する。



「それが、レガシオン・プレイヤーの責務だ」



 ……などと、格好付けて宣言した時である。



「ハァッ、ハァッ、――翔真!?」


「うわ、石瑠がいる!? 良かった……!!」



 息を乱しながら駆け込んで来たのは、武者小路と宇津巳の二人だ。鈴木一平と番馬光の姿は無い。確か、彼等はもうリタイアしちゃったんだっけ? メイン盾がやられて大変だなぁ。


 ――ま。無事、合流出来て何よりだ。


 探しに行くつもりではあったが、間に合わない可能性の方が大いにあったから助かった。


 あれ?


 でもコイツら、何に追われてたんだ?


 疑問に思ったのも束の間――


 その答えが通路の奥より、けたたましいギター音と共にやって来た。



「会いたかったぜぇぇ……石瑠翔真ァァ……」


「げぇッ!?」



 現れたのは通天閣歳三だ。C組の級長! 御丁寧にPTメンバーも御一緒だっ!!



「ヒャッハー! 大将首! 大将首!」


「やっぱりダーリン、冴えてるジャン!!」


「……」



 世紀末の雑魚キャラみたいな言動をする、頭の弱そうなトゲトゲパンクファッションなピンク髪ツインテールが恋沼打鬼こいぬまだっき。ドラマーだ。


 まるでゲーミングアイテムの様なサイケデリックなレインボーヘア。首にチョーカーを巻き、目元に黒いアイシャドウを入れた地雷系女が山田鱈子やまだたらこ。ベースを担当している。


 無口にエレキギターを掻き鳴らす、サングラスをしたアフロの髭男。西園寺六朗さいおんじろくろう。……通天閣のは実はエアギターだから、本当は奴が後ろで音を鳴らしていたりする。ギター担当だ。


 コイツらが全員揃って、カリスマバンドチーム"Gehennaゲヘナ"が完成する。インディーズ・バンドだが、熱狂的信者を多数抱えるチームだ。その影響力は馬鹿には出来ない。



「申し訳ありません、翔真。私達――」


「話は後だ。兎に角、今は僕の背後に」


「は、はい!」


「ごめんね……石瑠……」



 武者小路達の状態は、満身創痍と言っても過言では無かった。此処に来るまで敵の追撃を受け続けて来たのだろう。戦闘に参加するのは不可能だ。まぁ……仮に戦闘行動が可能だったとしても、邪魔だから要らないや。



「良くぞ生き残っててくれたなァ、石瑠翔真。俺はてっきり、テメェなんかは直ぐにやられちまうと思ってたよ。Thanks God……!」


「生き残ってても意味ないジャーン! アンタなんか、私のダーリンが一発ジャン!!」



 はぁ〜〜〜、うっっざい!


 武者小路達を逃がさなきゃいけないし、此処は一発、翔真節をかましてやるか〜〜?



「――じゃんじゃん、じゃんじゃん、うるせぇじゃ〜〜ん!? 雁首揃えてD組の女子二人を削りきれなかった連中がぁ!? 良ぉ〜く吠えたもんだね〜〜!? 何がカリスマバンドだ、この音痴連中がッ!! 僕だったら、恥ずかしくてヘソ噛んで死んでるよぉ〜!? 本当、恥って概念が無い奴は、羨ましくて仕方がないねぇ〜!?」


『……あぁんッ!?』



 一斉に此方にヘイトが向く!!


 ひえぇ〜〜!?

 相変わらず効果は抜群だっ!!



「宇津巳、武者小路! 緊急脱出だッ!!」


「え、でも!?」


「馬鹿! この状況でお前らに何が出来る!? いいからさっさと、どっか行け〜〜!!」


「くっ! わ、分かりましたわ……」


「気を付けてね、石瑠!」


「――翔真、御武運を!!」



 消えていく二人を見送る前に、僕は既に駆け出していた。――馬鹿らしい。あんな連中、真正面から相手してられるかァァ――ッ!!

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