第105話 クラス対抗戦⑤ 卜部


 ――SIDE:卜部正弦――



 クラス対抗戦開始から約40分が経過。未だ半分にも満たないというこの時間が信じられない。疲弊した肉体を押しながら、俺は芳川さんや高遠の殿を勤めながら通路を移動していた。



「まさか、こんな事になるなんて……」



 芳川さんが弱気に呟く。いや、想像はしていた筈だ。敵は強い。俺達よりも一歩も二歩も上を行く連中だ。分からなかったのは、俺達が甘かった所為だろう。



「結局の所、現状を正しく認識していたのは、石瑠だけだったという事か……」


「正弦……」


「自戒、ですよ。――己の選択を悔いてはいません。ただ、彼の意見も、もう少し精査するべきだったと思っただけです」


「……そう、ね……」



 ――瀬川三四郎がやられた。


 敵の戦力を削るという意見は俺達の間でも提案はされていたが、敵にやられるとは思ってもいなかった。此方のPTの【タンク】狙い……接敵した敵は逃げる俺達に目もくれず、足の遅い瀬川を総攻撃して崩しに掛かった。


 その意図を理解した時には、全てが遅く――



『姫子さんを連れて、逃げろぉぉ――ッ!!』



 叫ぶ瀬川の気迫に押されて、俺達はその窮地を脱する事が出来たのだ。


 ――交戦?

 いいや、磨り潰されるのがオチだ。


 瀬川もその事を理解したのだろう。アイツは敵の攻撃を全て自分で受けながら、倒れていった。正に【タンク】の仕事を果たしたのだ。


 俺は――俺には何が出来る――?


 悲観した時に、俺の懐から魔晶端末ポータルの通知音が鳴り響いた。



「セイ君、その音は……?」


「D組の生徒表が更新された時、通知音が鳴り響く様に設定しておいたんです。……こうすれば、何かあった時に直ぐに確認出来るでしょう?」


「それで――今度は誰がやられたの?」


「……」



 高遠に促され、俺は自身の魔晶端末ポータルを取り出して1-Dの生徒表を確認した。


 目に飛び込んで来た、この情報は……!



「そん、な……、まさか――」


「――誰? 誰がやられたの、セイ君ッ!?」


「……ッ」



 俺は震える手で魔晶端末ポータルの画面を二人へと翳して見せた。


 画面には、こう記載されている――


 ① 01.[ディフェンダー] 相葉総司 LV.10 ☆

 ① 02.[サムライ] 神崎歩 LV.10

 ① 03.[メディック] 東雲歌音 LV.9

 ① 04.[シューター] 鳳紅羽 LV.9



『――ッ!』


「D組の……トップPTがやられた……残っているのは……【タンク】を失った第2PTの俺達と、番馬・鈴木を欠いた武者小路の第3PT……後は単身で生き残っている磯野と、石瑠だけだ……」



 ……絶望が、場を支配する。


 戦力的に言えば、残っているD組の中では俺達が一番まともだというこの状況。とてもではないが、打破出来るとは思えない……ッ!!


 ……石瑠が棄権をしなかったのは、有難い事だったが、結局は全て同じこと。



「――なんや? もう、諦めたんか?」


『!?』


「そら残念やなぁー? 折角ウチが絶望に叩き込んでやろうと思ってたんに。もうぽっきり折れてるんやもん? なんや、やる気も下がるわー」



 現れたのは、方言使いの銀髪の女。傍にはPTメンバーであろう三人の生徒が悠然と此方を見据えていた。……あの女には見覚えがある。対抗戦開始前に、石瑠にちょっかいを掛けていたB組の級長――幽蘭亭地獄斎ッ!!


 最悪だ!!

 最悪の奴に見付かったッ!!



「OH? じゃあ見逃してあげるデース?」



 褐色肌の異国系ハーフの女性が幽蘭亭へと問い掛けた。男性をも凌ぐ大柄な体格。肩に担ぐ骨柄の大剣は身の丈よりも大きかった。



「馬鹿を言うな、セレスティア。地獄斎がそんなタマか。弱った敵を甚振るのが趣味の拷問サディスト女だぞ? 1-Dの生徒には悲惨な未来しか訪れないさ……」



 答えたのは、打って変わって矮躯の少女。中華風の御団子頭が特徴的か。幼い外見とは裏腹に、その眼光はPT内の誰よりも鋭かった。



「剣呑、剣呑……いやだねぇ、僕はもっと平和に行きたいよ。それこそ試合なんて放っといちゃってさ。皆でのんびりお茶でもしたいね〜」



 制服の上着を肩に掛け、着流しの様にするボサボサ頭の黒髪の男。薄い一重が特徴的で、腰には日本刀を佩いている。のんびりとした言葉とは裏腹に、彼も隙が無い。他三人と同様に油断のならない強者だろう。



「セレスティナに鈴! それに風太郎も……くっちゃべってんなや! コイツらの相手はウチがやる。三人は邪魔が入らんよう警戒しときっ!」


「分かりましたデース!」「フン、了解」「やれやれ、仕方がない。か……」三人はそれぞれの返答をしながら、周囲へと分散する。


 本格的に、やる気なのだろう。


 だが。俺達だって、ただ、やられる訳にはいかない――ッ!!



「……いいさ、逃げ続けて鬱憤が溜まっていたんだ。鍛錬の成果を見せてやるッ!!」


「良いの? 正弦?」


「どのみち逃げられないだろう。なら、後はぶつかって散るのみだッ!!」


「二人共……援護は任せてッ!!」


「芳川さん――よし、行くぞォッ!!」



 幽蘭亭へと向けて、駆け出す俺達。



「はしゃぐなや。三下が……」



 次の瞬間――俺達は見た事もない様な"怪物"に襲われた。魔物? いや、あれは"式神"という奴か? 今まで戦ってきた魔物が、雑魚の様に思える程の圧迫感。その強さに――瓦解した――

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