第101話 クラス対抗戦② 榊原


 ――SIDE:榊原冬子――



 最悪最悪最悪最悪――! 何でこの私が全力疾走なんてしなきゃいけないのよ!?


 嗚呼、本当っ、有り得ない……! それもこれも役立たずのチームメイトが悪いんだわ!!


 C組の生徒と遭遇した。敵は小太りの男子三人組……もしかしたらアレは三つ子かしら? 不細工な外見が瓜二つで気持ち悪いったら無かったわ! 見た目からして大した事は無さそうだったから、勝ち気な椎名さんが奇襲を仕掛けたの。


 次の瞬間には、彼女は地面を舐めていた。


 あっという間だった――


 息の合ったコンビネーションで、振り下ろしたナイフをガードする者。反撃する者。止めを刺す者。一連の流れが同時に行われた。


 一瞬で、勝てないと察したわ。


 だから私は逃走した。


 脇目も振らない逃走……それが功を成したのか、あの場では私だけが生き残る事が出来た。


 菊田や鈍臭い安井は捕まったでしょうね。


 まぁ、どうでも良い事だわ。

 私は私が無事ならそれで良い。


 だから、この場も絶対に生き延びて見せる。



「もう少しで、権力が手に入る――! それまでは絶対に、諦めたりしないわ!!」



 石瑠翔真は級長として失敗した! 奴を担ぎ上げた相葉・武者小路・芳川も沈む!! 代わりに級長となるのは磯野だけれど、頭の悪いアイツなら幾らでも私が操縦する事が出来るわ!!


 そうなれば、D組は私の思うがままッ!!

 実質的な級長は榊原冬子になるのよッ!!


 もう少しなのよ……!

 もう少しで、受けた屈辱を払拭出来る……!


 あんの、ゴミぃ……ッ! 保身の為とは言え、私は自身の下着を石瑠翔真の元に晒したわ。あの下卑た視線。いやらしく緩んだ口元は、私の心に復讐の火を灯させるのには充分過ぎた!


 適当に格下を嬲っていれば満足していた私だったのに、気が付けば権力を欲していた。


 変えたのはあの男よ。

 絶対に……絶対に許さない……!!


 私が味わった屈辱を倍にして……いいえ、百億倍にして返さなければ気が済まない。


 だからこそ、退屈極まるABYSS探索も我慢が出来た。土日の自由探索も、普段は絶対にやらない様な地道なレベル上げも苦では無かった。


 己が強くなっていくという充足感は――私だけじゃない。椎名さんや、安井……普段臆病な菊田だって味わっていたと思う。



「足りなかったって、言うの……!?」



 それなのに、あんな簡単にやられて――


 私は、感情がぐちゃぐちゃになっていくのを自覚する。恐ろしさや悔しさ。悲しみや、それでも自分だけは助かったという喜びを胸に感じながら、息苦しさと共に迷宮内を走り続ける。


 そうして――遂に、見付かった。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



 ……天、使?


 通路の奥。開けた小部屋の中には金髪の男子生徒が佇んでいた。その顔は美しく、私が抱く童話の中の天使像と一致する。

 

 だからかしら? 私は思わず彼の足元へと縋り付いてしまう。一縷の望みを託す気持ち? いいえ、単純に私がそうしたかっただけかも知れない。不安と混乱の中、目の前に現れたイケメンの男子に助けて貰いたかったのかも――



「お、お願い!! 助けて!! 私、一人で逃げて来て……!! それで、心細くて――」


「一人?」



 天使が、私へと問い掛ける。



「仲間は皆やられたわ! やったのは不細工なC組の生徒……! お願い! 私を助けて! 助けてくれたら私、何でもするからッ!!」


「……何でも?」



 ――食い付いた。


 イケメンとは言え、やっぱり男よね?

 少し誘ってやれば食い付いてくる。



「何でも、何でもするわ……ッ! 貴方が望むなら、どんな事でも……!」


「何でも、か……そっか、それなら――」



 天使が蹲った私に視線を合わせる。近くで見てみると、本当に綺麗な顔をしてるわね。


 まるで、女の子みたい――


 私が思った、その時だ。



「――今すぐ死んで見せてよ」


「…………は?」



 今、何と言ったのだろう?

 私の聞き間違え?



「――死んで見せてって、言ってるの。僕の言葉、理解してる? それとも頭空っぽな欲情馬鹿女には伝わらないかなぁ?」


「ばっ……? 欲……?」


「ハハハ! 驚いてる驚いてる! 可愛い顔をした男の子から、こんな酷い事を言われるなんて想像すらしてなかった? ――馬鹿だよねぇ? そんなんだから、君は負けるんだよ?」


「ま、け――?」


「ほら来た」



 呟いた瞬間、私の身体は強い衝撃と共に宙へと打ち上げられてしまう。二転三転しながら地面を弾み、動きが止まった所で、私は漸く自身が横から蹴っ飛ばされた事に気が付いた。


 全身がバラバラになったみたい。


 苦しい……。

 うごけない。



「薄汚ねぇ雌豚がァッ!! 俺の十紀亞ときあに近付いてんじゃねぇ――ッ!!」



 怒号を放つ色黒の男子。恐らく私はあの男に蹴られたのだろう。咳き込むと血を吐いてしまい、自分が瀕死である事を自覚してしまう。



「あーあ、やり過ぎだよ伽藍がらん……肋骨が肺に突き刺さってる。下手をしたら本当に死んじゃうよ?」


「他人の男に手を出す奴は、殺しときゃ良いんだよ! 後の処理は針将がやる! 俺は知らん!」


「ふふふ……全く、がさつだね? まぁ、そんな所も僕は好きなんだけれど――」


「フッ、おいおい……こんな所で止せよ。歯止めが効かなくなっても知らんぞ?」


「僕は全然構わないけど?」


天使あまつか……」


十紀亞ときあって呼んで? いつもみたいに……」



 二人の影が、交差するその瞬間。



「いや、怪我人の前でイチャつくなよ……」



 呆れた様に。


 忌々しい声が聞こえて来た――

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