第99話 石瑠包囲網


 アレが、擬似ABYSS――構造体か。


 人工迷宮を目の前にしながら左からA〜D組と列を形成していた僕達は、その威容に圧巻されてしまう。スタジアムの中央には四角い磁場が形成されていた。外側からは半透明になっているその空間は蜃気楼の様に歪んでいる。目に見える範囲で言うと野球場のグラウンドと同じくらいの広さだが、見た目が全てとは限らない。


 正面には転移石の台座が置かれており、恐らくはアレを使って内部へと跳ぶのだろう。



「HEY! 漸く会えたな、石瑠翔真ァ……ッ!」



 話し掛けて来たのはC組の生徒だ。黒髪セミロングの真ん中分け。中肉中背のいかり肩。昼間でありながら真っ黒いサングラスを掛けた空気の読めないミュージャン風の男は、ダメージ加工の施された改造制服を身に纏い、厚底のブーツの踵を鳴らしながら僕の方へと向き直る。


 げぇっ!? 早速ですか――ッ!?


 他教室から何かしらの接触は有るとは思っていたけれど、トップバッターはお前かよ!?


 ――C組の級長・通天閣歳三。



「会いたかったぜぇ……病室で魘されながら、テメェの面を何度想像したか……こんなにも恋焦がれたのは、12の時の初恋以来だぜ……!」



 ひぇぇ、熱烈ゥ!?


 血走った眼で僕に向かってそんな事を言う通天閣だけれど、此方は全く嬉しくないッ!!



「そ、そうですか……へぇ、初恋か〜? 早熟だったんですね〜? 僕、恋愛事とか良く分からないんで、もう行っても良いですかね〜……?」



 言った瞬間「ファァック!!」と叫び、手元のエレキギターを掻き鳴らす通天閣。


 1響き渡るけたたましい音に、C組以外の全生徒が蹲って耳を塞ぐ事態となってしまう。


 うるせぇぇぇ――ッ!!


 もう何なんだよ、コイツ――ッ!?

 帰りてぇ――ッ!!



「見ろ!! この俺のビーナスを! テメェの所為で三日も握れやしなかった!! この俺が! 三日もだぞッ!? 分かるかァ、この意味がッ!!」


「い、今は握れてる……!」


「Sharap‼︎ Kill You Buster‼︎《黙れ、ぶっ殺すぞ、この野郎!!》」


「ひぇっ……!」



 何なんだよコイツ、怖えぇ……!

 日本人なんだから日本語使えよ……!



「慟哭する魂!! Broken My Heartを癒すには哀れな仔羊の生贄が必要! 喜べよ石瑠翔真ァ、今宵はparty night‼︎ この俺の信者と共にテメェを黄泉の国ゲヘナへとEscortしてやるぜェェ!!」


『YEAaaaa――ッ!! Rock! Rock! Rock!!』


「な、何だコイツら……!」


「これがC組!?」


「う、うるさ……ッ」



 C組のコールに困惑するD組の面々だが、その声も奴等の声量と勢いに掻き消されてしまう。


 誰だよ、通天閣を善良だとか言った奴!!

 滅茶苦茶、難ありじゃないかッ!?


 僕は思わず頭を抱えた。



「――黙りやッ!! いちびって騒いどんちゃうぞ、おどれらァッ!! こんクソボケがッ!!」


『!!』



 騒ぎを沈静化したのは、これまたドスの効いた方言の叫びであった。


 ――げげぇッ!?


 声を発したのはB組の女子生徒だ。ボブカットの銀髪が特徴的。左目には呪符の書かれた包帯を巻いており、同じく腕・足にも巻き付けている。身に付けた白いセーラー服は特注品で、襟元には陰陽寮出身の証である土御門の印が入った銀バッジが刺されている。上背は無いが、その貫禄や迫力は本物だ。平常時なら近付く事すらしたく無い陰陽術の鬼才――幽蘭亭地獄斎。


 ――B組の級長が、目の前にいた。



「チンカスがァ……ッ! ピーチクパーチクと駄弁りおってクソがァ!!アンタらそんなに死にたいんやったら、今すぐウチが冥土にでも送ってやろかァッ!? ――あぁんッ!?」


「ひっ!?」


「こ、怖えぇ……」


「綺麗な顔してる癖に、何て迫力だ……!」



 囀るD組の生徒達を「あん!?」と、一睨みで黙らせる幽蘭亭。あー嫌だ嫌だ。こういうシンプルに圧強めのタイプ、苦手なんだよ本当に。


 でもって、やっぱり近付いて来たし!



「おんどれが石瑠翔真か? ……よーやってくれたのぉ? アンタの所為でウチの可愛い式神ちゃんは2体も潰されてしもうたわ。ホンマ、笑えん。笑えんこっちゃなぁ……これは……」


「……いや、そ! ……あ、あわ、あわわ……」



 ――いかん!


 余りの圧の強さに、久々に"素"が出てしまっている!! このままでは不味いッ!!


 幽蘭亭の左手が、僕の頬を優しく撫でる。右手は心臓に。僕は硬直して動けない。



「この落とし前は必ず付けさせて貰うで? 生きたまま苦しめる方法は幾らでもあるんや。チンカスがホンマに"カス"なるくらいには苦しめたるさかい。精々楽しみにしとき、石瑠翔真……」



 ――ひぇぇッ!? もうカスでも何でも良いんで、許して欲しいですぅぅ――ッ!!


 思わず泣きそうになる僕だが……しかし! 災難はこれで終わりじゃなかった!!



「逃げずに来たか――」


「ひッ!?」


「……くっくっくっ……」



 僕の顔を見るや否や、顔に含み笑いを浮かばせる金髪の男子生徒。針将仲路。何を言われるよりも、その態度こそが恐ろしい。もはや問答無用という事だろう。例え命乞いをしたとしても、奴は笑顔で僕に止めを刺すに違い無い。


 ……本当に、殺されるかも……?


 一応、保険として魔晶端末ポータルには例のを用意しておいたけれど、何処まで役に立つかは分からない。


 結局は、出たとこ勝負という訳だ。



「――それでは、今からクラス対抗戦を開始する。各クラスの生徒は魔晶端末ポータルを取り出し、転移する準備を行なってくれ」



 A組の教師が宣言する。


 僕も、覚悟を決めなきゃな……!!

 

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